💘42 あたしは身勝手だ
「えっ……!?」
大山先輩の言っている意味がわからない。
あたしが男湯の脱衣所に入った?
あたしが先輩の脱衣かごにメッセージカードを残した?
そして、あたしが先輩のパンツを盗んで――
代わりにふんどしを……置いた――!?
まったく状況が呑み込めずに呆然としていると、先輩が手荷物から一枚のカードを取り出す。
「これが、そのメッセージカードなんだが……」
手渡されて見てみると、水色のポストカードの右下に確かに “藤ヶ谷ちえり” の文字がある。
活字で印刷されたそれにはこう書かれていた。
【大山先輩へ】
私からのプレゼントです。受け取ってください!
絶対に締めてもらえるように、先輩の下着はお預かりしました。
ふんどしを締めたら、私だけにこっそり見せてくださいね♡
藤ヶ谷ちえり
「こ、これを!? あたしがっ!?」
ヤバい。卒倒しそう。
なんなの!? このふざけたカードは──!?
思考が完全にストップし、カードを持つ手が震えてくる。
そうこうしているうちに、女湯から有紗ちゃん達が出てきた。
「あれ? 皆さん何してるんですかぁ?」
甘ったるい声で有紗ちゃんが近づいてきて、あたしが持つカードを覗き込む。
「ん? それなぁに?
……えっ? ちえりちゃん、大山主将にふんどしプレゼントしたの!?」
驚いていつもよりワントーン高い声を出すもんだから、女子の先輩達まで「えっ? どういうこと?」と近寄ってきた。
「ううん、これは──」
濡れ衣を晴らそうとしたあたしを、屈託のない笑顔で有紗ちゃんが覗き込む。
「うふふっ! そう言えばちえりちゃん、一緒に買い物に行った時に “大山主将には白フンが似合う” って力説してたもんね!」
い……いやあぁぁぁっ!!
有紗ちゃん、このタイミングでなんてことを暴露するのっ!!?
「確かに、主将の脱衣かごに入ってたのは白フンだったな」
「ふんどしと言えば、普通は赤フンだろ? 白フン好きなんてマニアックな趣味の奴はそうそういないよな」
男子部員がひそひそと囁き合う。
まずいっ!
これはすぐに否定しないと――っ
「ちょっと! “普通は赤フン” って誰の価値基準よっ!?」
し……
しまったあぁぁぁっ!!
あたしってば、テンパって何てことを口走ってるのぉぉぉーーーー!!!
慌てて口を押さえたけれど、周囲の空気はぴきぴきと音を立ててダイヤモンド並みに固まった。
「ちえりちゃん、ほんとに白フン好きなんだ……」
「随分大胆なプレゼントよね……」
普段は優しい女子の先輩達からの奇異の眼差しが痛すぎる。
「みんなして何やってんすかー?」
次の順番の後輩部員達までやってきて、いよいよ騒ぎが広まりそうになったとき──
「お前らいい加減にしろよ! こんな
大山先輩が鋭い声で一喝した。
「とにかくっ! こんなくだらないことに構う必要はない。騒げば騒ぐほど犯人を喜ばせるだけだ。
ほら、散れ散れ!」
「お、おっす!」
大山先輩に睨まれた部員たちは、蜘蛛の子を散らすように動き始めた。
「せっ、先輩……っ!!」
先頭を切ってスタスタと廊下を歩き出した先輩の後ろ姿を追いかける。
あたしを庇ってくれたけど、もしかして先輩も本当はあたしがやったと思ってはいないだろうか。
「あのっ! このカードも白フンも、本当にあたしじゃ……」
「そんなことはわかっている」
皆から距離ができたところで立ち止まると、先輩は目尻の少し下がった切れ長の瞳を細めていつもの笑顔を見せてくれた。
「俺が藤ヶ谷を疑うわけがないだろう?
……ただ、なぜ藤ヶ谷が悪戯のターゲットになったのか、それが気がかりだ。
何か心当たりはないのか?」
「それは……」
“あたしが先輩に近づきすぎたせいで恨みを買ったんです”
そんなこと、先輩に伝えていいんだろうか?
先輩がそれを知ったら、自分のせいだと思ってあたしを避けるようになるかもしれない。
そしたら、あたしの恋の成就は遠のいて──
リュカの贖罪も遠のいて──
リュカは――――
…………
「心当たりがあるとすれば、大山先輩に憧れてる誰かに恨みを買ったんじゃないかと思うんです。
空手部のマネージャーとして、あたしが先輩に近づきすぎたから……」
「そうか……」
あたしの言葉に、先輩は “やっぱりな” と苦笑した。
「実は、“赤フン同盟” って呼ばれるグループがあることは俺も知っている。メンバーに誰がいるかがわからないから、俺からも注意ができなくて困っていたんだが……。
誰が見ているかわからない以上、俺も不用意に藤ヶ谷に近づくことは控えるようにするよ」
先輩の表情に残念そうな雰囲気を感じるのはあたしの思い上がりなんだろうか。
ちくりと心が痛む一方で、少しほっとしている自分がいる。
「とにかく藤ヶ谷もあまり気にするな。
ただ、また何か嫌がらせがあったときには俺にもちゃんと教えてくれ」
「ありがとうございます。そうします」
宿泊部屋に戻る皆の声が近づいてきて、先輩は再び背中を向けて早足で去っていった。
あたしは身勝手だ。
大切なリュカを幸せにするためにも、大山先輩との恋を実らせようと改めて誓ったはずなのに──
リュカともっと一緒にいたいがために、リュカの幸せを遠ざけた。
ごめんね、リュカ。
天上界に──
もう少しだけ延ばさせて──
👼
部屋の入口まで戻ると、二つ隣の部屋の前にリュカが立っていた。
あたしを見つけて、いそいそとこちらへ駆け寄ってくる。
『ちえり。こちらは大丈夫ですよ! 真衣さんは部屋に入った後、どこにも出かけてません。
悪いことは何も起きていないはずです!』
何も知らず自信満々のリュカを前に、罪の意識で胸が詰まりそうになる。
けれど、そんな表情を彼に見せるわけにはいかない。
あたしは無理に眉根を寄せて、わざとらしいジト目をつくった。
「リュカ。残念ながら、悪いことは既に起こったよ」
『ええぇぇっ!? どういうことですかっ!?』
「詳しいことは後で話すけど……。あたし達が外に行っている間に真衣が仕掛けたかもしれない。
とにかく真衣と話をしてみようと思う」
あたしはお風呂道具を片づけると、リュカを連れて真衣の部屋のドアをノックした。
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