💘32 win-winの目標に向かっているはず
まばゆい光が消えたのを見届けてタモさんサングラスを外すと、それは光の粒子に姿を変え、砂が落ちるようにさらさらと零れて消えた。
リュカも私も紡ぎ出すべき言葉が見つからないまま、薄暗くなった部屋に佇んでいた。
『……さあ、夕食の準備をしましょうか。
ジャージに着替えたら、カットソーは洗濯カゴに入れて、スカートはハンガーに吊るしてくださいね』
心の整理がついたのか、いつもどおりの声色に戻ったリュカが部屋の明かりを点ける。
「リュカ……」
今の天使は、リュカの恋人なの?
リュカは彼のために、一日も早く天上界に戻ろうとしているの?
喉まで出かかった問いかけを飲み込んだ。
答えはきかなくてもわかっている。
あたしへの過保護は、贖罪のため。
あたしへの優しさは、天上界へ戻るため。
あたしへの微笑みは、あの
『あれ? 鶏の照り焼き、美味しくなかったですか?
こないだと同じ味付けのはずなんですけど、おかしいなぁ』
箸の進まないあたしの隣で、リュカが首をかしげる。
答えに詰まって俯くと、しばしの沈黙の後リュカの口から『あ』と短い声が漏れた。
『さっきのラファエルの話、やっぱり気になりますよね?
……ガブリエルのこと黙っていてすみませんでした。
僕が天上界に戻ると彼はまた使い魔として下級悪魔に酷使されるそうで、それが嫌で僕の贖罪の邪魔をしてくるんです。
これは僕と彼の問題なので、白フンの君に思いが届くよう頑張っているちえりを余計な問題に巻き込みたくないと思っていたんですが……。
ちえりの友人への接触が続いているとなると、そうも言ってられませんね』
リュカの言葉で、我に返る。
そうだ。
あたしは大山先輩が好きで、先輩に振り向いてもらえるようにマネージャーを頑張っているはず!
先輩に振り向いてもらえるようにリュカが協力してくれるのはあたしにとってもメリットのはず!
あたし達はwin-winの目標に向かっているはず!
だから、まずは目の前の問題をリュカと一緒に片づけなくちゃ──
自分にそう言い聞かせると、あたしはこのモヤモヤを押し込めるようにお茶碗のご飯をかきこんだ。
「そうだったんだね。
……あたしの友達ってことは、ガブリエルが接触しているのは赤フン同盟ではないってことかな。
今のところ、友達の中で怪しい動きをしている人は……」
回転が鈍いままの頭を叱咤激励して意識を巡らせたときに思い浮かんだのは――
「真衣……。
そう言えば、最近彼女、あたしに何か隠し事をしているような感じだった」
『そうでしたね……。鳩達からは真衣さんの自宅付近でガブリエルを一度見かけたと聞いたんですが、ガブリエルは僕の与り知らないところで動いているようですし、真衣さんに何度も接触している可能性はありますね。
とりあえずは彼女の行動に僕も注意を払いますし、ガブリエルとも一度ちゃんと話をしてみようと思います』
真衣があたしを裏切ろうとしている――?
自分で口に出したものの、そんなことはとても信じられない。
彼女は昨年の春、学科の新歓パーティで仲良くなって以来、渚と共に親友と言える人物だ。
テンション若干低めで感情の振り幅も小さめだけれど、しっかりしていて裏表がなくて信頼できる子なんだ。
「ごめん、リュカ。せっかく作ってくれたけど、やっぱり今日は食欲がわかないよ……。ごちそうさま」
『仕方ありませんね。ショックだという気持ちはよくわかりますから。
今日はお風呂にアロマオイルを入れておきますから、ゆっくりと浸かって気持ちを落ち着かせるといいですよ。
僕がついています。
ちえりは心配しないで。きっとうまくいきますよ』
抱えていたトレーをラグマットの上に置くと、リュカは膝を進めてふんわりとあたしを胸に抱いた。
いつもなら、リュカにそうやって励まされると心がすうっと落ち着いていくはずなのに――
どうしてだろう。
今日のあたしの心臓はきゅうっと切ない音をたて、ドクドクと傷口から血が流れ出るかのように熱く強く脈を打っていた。
👼
「真衣。
こないだあたしに話そうとしていたこと、今聞いてもいいかな?」
翌日の月曜日、思いきって真衣に声をかけた。
一限の講義が終わり、あたし達二人を見つけた渚が「おはよー!」と歩み寄ってくる。
切れ長の瞳に一瞬動揺を見せた真衣だったけれど、渚の方をちらりと見てから曖昧な笑みをあたしに向けた。
「ん。そのことについては夜にでもLIN〇するよ」
「え、うん……。わかった」
渚がいたら話しにくいことなのかな?
あたしや渚とは違う講義室に移動する真衣に手を振り、渚と二人でおしゃべりしながら文学部棟の二階廊下を移動する。
ふと窓の外を見ると、中庭に植えられた大きな木の葉の隙間から真っ黒な塊が見えている。
リュカだ。
あたしが講義を受けている間はよく抜け出す彼のことだから、そこで時間を潰していたんだろう。
あたしの時間割と行き先はわかってるはずだから、ほっといてもいいか。
そう思って通り過ぎようとしたとき、同じ木の枝に一羽のカラスが止まっているのが見えた。
ガブリエルだ!
「ちょっと用事思い出した!
講義遅れるかもだから先に行ってて!」
「へ? り、りょうかーい」
渚にそう言い残すと、あたしは慌てて階段を下りて中庭へと飛び出した。
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