💘29 自分の嗜好を曝け出すところだった

 日曜日。


 有紗ちゃんとは駅の改札前で待ち合せてから、近くの大きなショッピングモールに入った。

 ここにはスポーツ用品店やランジェリーショップ、雑貨店などの大型店舗がいろいろ入っていて、合宿に必要なものは部活用も個人用も一通り揃えられそうだった。


「去年の合宿では、体育館を他のサークルが使ってるときは海岸の砂浜で練習したりしたんだよ。裸足にかなり砂がつくから、足拭き用の雑巾を多めに用意した方がいいかもだね!」

「そっかぁ。じゃあ、預かった部費から雑巾とスポドリ粉末を買っておこうかな。

 ……あっ、花火も私が買うように大山先輩から頼まれてるんだった! 有紗ちゃん、一緒に見てくれる?」

「もちろんだよっ♪ じゃああそこのおもちゃ屋さんをのぞいてみよっ!」



 買い物をしてると、合宿に向けてのテンションもうなぎ上りになってくる。

 明るい有紗ちゃんとおしゃべりしながらお店を回っていると、楽しさも倍増だ。

 そんなウキウキ気分のあたしの横では、ウザいくらいにそわそわキョロキョロと周りを見回す黒ずくめの堕天使が一人。


『え~。もうこの売り場離れちゃうんですか? あっちに並んでいたル・ク〇ーゼのコーナーが見たかったのに……。

 あっ、ちょっとあそこのダ〇ソーを見てきてもいいですか?

 こないだテレビで紹介されていた便利な調理器具をチェックしたいんですよねっ』


 明らかにあたしよりテンションがダダ上がってる。

 横にいてもうるさくてめんどくさいだけだし、単独行動をしてもらった方があたしも買い物に集中できそうだ。


(あたしは先におもちゃ屋さんに行ってるから、後でちゃんと来てよね)


 有紗ちゃんに気づかれないように小声でリュカに伝えると、彼は花のように可憐に顔を綻ばせる。


『もちろんですとも! ちえりが迷子にならないように、すぐに追いつきますっ』


 いや、迷子の心配があるのはむしろリュカの方だけど。


 あたしがそう突っ込む前に、リュカはぴゅうっと人ごみの奥へと消えて行った。


 通りかかりの店先のディスプレイを有紗ちゃんと冷やかしながらおもちゃ屋へ向かう。

 歩きながら携帯をチェックした有紗ちゃんがふと足を止めた。


「あっ! ちょっと用事を思い出した!」

「うん? どうしたの?」

「うちのお父さん、もうすぐ誕生日でね。毎年妹と二人でプレゼントを贈ってるんだけど、今年は面白いパンツにしようって話になって、その買い物を頼まれてたんだ。

 悪いけど、あそこにあるメンズアンダーウェアショップに付き合ってもらえる?」

「え……?」


 有紗ちゃんの指さした方を見ると、目の前の通路を奥へと進んだ先にカラフルなビキニパンツやトランクスがディスプレイされた下着専門店が確かにある。


 リュカにはおもちゃ売り場に来るように伝えたけれど、100均大好きなリュカのことだからすぐには来ないだろうし、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だよね。


 何より、あのお店、あたしもちょっと覗いてみたいっ!!



「うん。いいよ。行ってみよ!」

「ありがと! ちえりちゃんも一緒に選んでくれたら心強いなっ!」


 乙女ひとりではなかなか入りづらいけど、二人でキャッキャとはしゃぎながら入れば恥ずかしさも軽減するはず。

 有紗ちゃんに付き合うていで、あたしは売り場にディスプレイされた様々なデザインのアンダーウェアに大山先輩の姿を重ねながらじっくりと堪能した。



「あっ! ちえりちゃん見て見て! “FUNDOSHI” だってぇ! こんなのも売ってるなんてすごいねっ! キャハハッ!」


 奥のディスプレイ棚を見ていた有紗ちゃんが、あたしを手招きして呼び寄せた。

 そのワードに魅かれて歩み寄ると、男性の腰の部分だけを切り取ったような浅黒い肌のマネキン二体が、それぞれ赤と白の捻りフンドシを着けてディスプレイされている。


「うわー。パッケージはお洒落だけど、これはフンドシだよねぇ……」


 本物のフンドシを目の高さにまざまざと見せつけられ、あたしの鼓動は大袈裟なくらいにドキドキと音を立て始める。


「本物のフンドシ、アリサ初めて見たよ!」


 興奮気味にそう言った有紗ちゃんが、何かを思い出したようにぷぷっと吹き出した。


「そう言えばさ、赤フン同盟って、大山主将が赤フン似合うからってことでそう呼ばれてるらしいじゃない? 名前のセンスはどうかと思うけど、確かに大山主将は赤フンが似合いそうだよね?」


 有紗ちゃんの言葉が、先輩の白フン姿を絶賛妄想中だったあたしの耳にちくんと障った。


「そ、そうかな……」


 有紗ちゃんになら、ちょっとくらい本音を漏らしても平気だよね?


「あたしは、大山先輩に似合うのは断然白フンだと思うんだけどなぁ」


「えー? そう? 赤フンの方が主将のキリッと引き締まった体に似合うと思わない?」

「引き締まった体だからこそ、穢れなき白が勇壮に映えるんだよ!

 硬派で爽やかな先輩の魅力を余すところなく体現するのは白フンの方だと思うけどなぁ」

「え……。ふ、ふーん。そうかな……」



 しまった! 有紗ちゃんがちょっと引いてる!!


「そ、それより、お父さんのパンツ、いいの見つかった?」

「あ、それそれ! そっちにあったアメコミ柄のトランクスか、“野獣” って文字の入ったビキニパンツかのどっちかにしようと思うんだけど、ちえりちゃんはどう思う?」

「お父さんにプレゼントするのに、“野獣” は微妙かもねぇ。 あたしならアメコミ柄のトランクスにするかなっ」

「ありがと! じゃあそうするね! ちょっとレジに行ってくるっ」


 有紗ちゃんが商品を取りに行くのを見届けて、ほうっと息が漏れた。

 あやうく自分の嗜好を曝け出すところだった。


 とは言え、せっかく白フンの実物を拝めたんだもの。妄想用にしっかりとメモリに刻みつけなきゃもったいない。


 あたしは有紗ちゃんのいない隙にこっそりじっくりマネキンの雄姿を目に焼きつけ、それから店の外に出て有紗ちゃんを待つことにした。

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