第三章 過保護な堕天使と考えるあたし

💘28 体育会系に夏の合宿は鉄板だった

 今日もまた空手部の活動時間になった。 


 いつものように輪になって準備体操をし、整列して黙想する。

 礼をした後、部員達と一人向かい合って正座する大山先輩から、皆に連絡事項が伝えられた。


「毎年恒例の夏合宿だが、昨晩体育会部長会で合宿所の利用日程を調整し、我が空手部は7月28日から30日の二泊三日になった。

 なお、調整の都合上、合気道同好会と同じ日程で合宿所を利用することになったので、同じ武道系サークル同士、有意義な合宿にしたいと思う」




 が、合宿……!?




 完全にノーマークだったけど、そうだよね。

 体育会系に夏の合宿は鉄板よね。




 これは大山先輩とさらにお近づきになるチャンスと見るべきか。

 あたしのズボラさが露呈する危険を孕んだ罠だと見るべきか。




 悶々とするあたしの横で、リュカはキラキラと瞳を輝かせる。


『新聞記事で読んだことのある体育会系の合宿を体験できるなんて感激です!

 当然飯炊きはマネージャーの仕事ですよね!?

 一度に三十人分のカレーを作るとか、考えただけでワクワクしますっ』


 それを聞いて、ユラユラと不安定に揺れていたあたしの心の天秤は一気に振り切れた。



 いくら大山先輩と一緒にいたくてもそんなの絶対無理っ!!




「藤ヶ谷」


 整列から離れ、武道場の隅の定位置に戻ろうとしたあたしを大山先輩が引き止める。


「はい?」


「合宿のことだが、藤ヶ谷はマネージャーだから参加は自由でいいぞ」


「あ、そうなんですね。じゃあ不……」


「食事は合宿所で用意されるし、コインランドリーがあるから洗濯は部員が各自でするし、マネージャーの仕事は特に必要ないからな。

 まあ、花火やったり、海水浴したり、練習の合間にそういうお楽しみもあるから、興味があったら参加してくれてかまわ……」


「もちろん参加しますっ!! めちゃくちゃ楽しみですっ!!」


 飯炊きや洗濯、掃除をしなくていいなら、大山先輩と二泊も一つ屋根の下にいられる合宿はパラダイス以外の何物でもないじゃないっ!

 しかも、花火や海水浴!?

 ぐっと親しくなれるまたとないチャンスだっ!!


「お、おう、そうか。じゃあ参加人数に藤ヶ谷も入れておく」

「はいっ! お願いします!」




 拳を握りしめて秘かにガッツポーズを決めるあたしの横で、リュカはひどくがっかりしたように肩を落とした。


『ええ~……。食堂にあるような大鍋を一度使ってみたかったんですけどねぇ。

 炊事洗濯が必要ないならわざわざ合宿になんて行かなくてもいいんじゃないですか?』


(あのねぇ、どんだけ本末転倒なのよっ! 大山先輩と距離を縮められるまたとない機会でしょーが!)


 炊事洗濯は必要ないとは言っても、あたしが目指すのはずばり “献身的なマネージャー” だ。

 合宿中に大山先輩にさらにアピールできるように、この頼りない堕天使と何か作戦を立てなくちゃ!



 👼



 合宿中にどうやって “昭和の女” をアピールするか、リュカと話し合うもなかなか良い案が浮かばないまま週末をはさみ、月曜日に大学へ行った。


 すると、最近ちょっと様子のおかしかった真衣が休み時間に話しかけてきた。


「ちえり。夏休みの合宿、空手部とうちの合気道同好会が同じ合宿日になるんだってね」


「えっ!? そうなの?」


 そう言えば、大山先輩がそんなことを言っていた気もするけれど、合宿というこれまで縁のなかったワードに気を取られてすっかり聞き流していた。


「じゃあ合宿中は真衣ともしょっちゅう顔を合わせられるんだね! 花火や海水浴も一緒にできるのかなぁ」


「そうね。空手部やうちのサークルみたいに人数が少ないとこは、大抵どこかのサークルと合同で合宿所を利用することになるのよ。そうなると、イベントごとはせっかくだからって合同でやることも多いみたい。

 ……ところで、合宿に行く前に折り入ってちえりに話したいことがあって」


「え? 何?」


 合宿で真衣と一緒にいられるのは心強いけれど、やっぱり真衣には悩み事があるんだろうか。

 意を決したように私を見据える真衣の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「ずっとちえりに言おうか悩んでたんだけど。

 実はね、私――」


 躊躇いがちに真衣が口を開いたときだった。


「ちえりちゃぁーんっ♪」


 真衣の言葉を緊張して待っていたあたしの耳に、明るく甘ったるい声が飛び込んできた。


「あ、有紗ちゃん」


 真衣の肩越しに、人懐っこい笑顔をしたツインテールの小柄な女の子がこちらに手を振って歩いてくるのが見える。


明瀬あきせサンも、こんにちはぁ」

「あ、こんにちは……」


 同じ武道系サークルだから顔見知りなのか、話の腰を折られて微妙な顔をしている真衣にも笑顔を向ける有紗ちゃん。


 あたしとしては真衣の話が気になるけれど、とりあえず有紗ちゃんがこの場を去らなければ続きを話してもらえなさそうだ。


「ちょうどいい所で会えたぁ! 後で話そうとと思ってたんだけどねっ、合宿の前に今度一緒に買い物に行かない?」


「買い物?」


「うんっ! ちえりちゃん、空手部の合宿に参加するの初めてでしょ? 必要なものを一緒に買い物に行った方がいいかなっと思ったんだぁ」


 有紗ちゃん、合宿初参加のあたしのために気を遣って買い物に誘ってくれてるんだ。

 確かに、合宿中の練習に何が必要かは有紗ちゃんに聞くのが確実だし、一緒にショッピングするのも楽しいかも!


「うんっ! 行きたいっ!」


「よかったぁ♪ じゃ、今度の日曜日はどう?」


「うん、大丈夫だよ!」


「じゃ、待ち合わせ時間とかはLI〇Eで決めよっ! また連絡するね~」


 無邪気に手を振り去っていく有紗ちゃんの後ろ姿を見送って、改めて真衣に向き合った。


「で、真衣。さっきの話の続きだけど……」


「あ、うん。……やっぱりまた今度でいいよ。じゃ、私、次は社会学部棟だから行くね」


「えっ……。そ、そう。じゃ、またね」


 結局真衣はどこか引っかかるような笑顔を顔に貼り付けたまま、そそくさとあたしから離れていった。


「真衣、あたしに何か言いにくいことでもあるのかなぁ」


 呟いたあたしの横で、リュカが首を傾げた。


『どうなんでしょう。

 真衣さんとの接触は一度きりのようですし、魔力をかけられてるようにも見えませんが……』


「接触って? 魔力にかけられてるってどういうこと?」


『あっ、いえ、何でもありません! ちえりの気のせいかと思いますし、心配し過ぎはよくありませんよ』


 いつもあたしのことを心配し過ぎるリュカに言われてもまるで説得力がない。

 けれども、あたしも講義室の移動を急がねばならず、リュカを突き詰める暇もなく廊下を歩き出したのだった。

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