過保護な堕天使、ズボラなあたし。【本編】

侘助ヒマリ

第一章 過保護な堕天使と動き出すあたし

👼 プロローグ

 街路樹のケヤキが枝を伸ばし、車道に細やかなシルエットを描いている。


 眼下を歩くのは、藤ヶ谷ちえり、十九歳。


 時おり新緑の枝葉に隠れて姿が見えなくなるが、彼女は今日もいつもと同じ時刻に大学に向かって歩いている。


 マロンブラウンのゆるふわパーマを規則的に弾ませながら、ライムグリーンのパンプスで舗道のタイルを軽やかに打ち鳴らす。オフホワイトのフレアスカートは春風と戯れながら踊るように裾を揺らしている。

 うら若き乙女という我が世の春を存分に謳歌し、その華やかな美しさは天真爛漫に咲き誇る桜のようだ。

 ……もっとも、彼女の自堕落な私生活を知った者はその賞賛にいささかの疑念を抱くであろうが。


 ──ん?


 五十メートルほど先の歩道にいるのはカラスのガブリエルではないか。

 嘴に咥えていた石をぽとりと路上に置くと、ちえりが向かってくるのを一瞥してばさりと飛び立った。


 さてはちえりを転ばせて災いをもたらすつもりなのであろう。

 そんな小細工をが見過ごすはずが……


『危なーーーーいっ!!』


 ちえりが小石の数メートル手前に近づいたとき、突然彼が大声で叫んだかと思うと、艶やかな黒い翼を大きく羽ばたかせ彼女の前へ飛び出した。


 と思うや否や、今度は長身痩躯の体を縮こまらせて、ちえりの眼前でうずくまったのである。


「きゃあっ!」


 数メートル先を見据えて颯爽と歩いていたちえりは彼にしたたかにぶつかったかと思うと、台上前転(中学校体育で行う跳び箱の上で前転するあの技である)さながらにゴロンと彼の背中の上を転がりアスファルトに尻を強打した。


「いったぁー……いっ!!」


『ちえり! 大丈夫ですかっ』


「大丈夫じゃないわよっ! 突然飛び出して目の前に蹲るなんて危ないじゃないっ」


『いや、危なかったのはこの小石ですよ。このまま歩いていたらちえりは間違いなくこの石に躓いて膝をすりむいていたはずです』


「パンツ見せて派手に尻もちつくくらいなら、石に躓いて転んだ方がマシだったわ!」


『石に躓いて転んでもパンツは見えていたとは思いますが』


「うるさいっ!そういうことを言いたいんじゃないのっ」


 まあ、ちえりが怒るのも無理はなかろう。

 彼女を守護し幸福をもたらすために現れたはずの堕天使が、過保護すぎて逆に災厄をもたらしているのだから。


 やれやれ、我が愛しきリュカが贖罪を終え天上界ここへ戻ってこられるのは、一体いつになることやら──


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