💘15 堕天使よりも頼りになりそう

 空手部の練習が始まった。


 準備体操が終わると全員が整列して正座し、精神統一のために目を瞑って黙想する。


 皆に合わせてあたしも正座で目を閉じた。




 瞼の裏に浮かぶのは、ワイクルーを舞う先ほどのスパポーン。


 真衣が気をつけろと言ったのは彼女のことなのか。


 昨日の今日であたしが入部したことを知っているなんて、随分と情報が早い。

 やっぱり “赤フン同盟” と繋がっているということなのかな──




「黙想やめ!」の号令に弾かれて目を開けた。

 部員たちは礼をして立ち上がり、突きや蹴りの基本練習に入る。

 あたしはスポドリの入ったジャグと保冷剤を入れたクーラーバッグの横で、体操座りに足を崩した。


「ちょっと……リュカ?

 なんであなたまで空手の練習を始めてるの?」


 隣に立ち、燕尾服のままで細い腕をひょろひょろと前に出し、正拳突きをしているつもりらしきリュカに突っ込んだ。


『先ほどのムエタイ戦士ですが、僕の見立てではかなりの手練てだれです。

 赤フン同盟も危険ですし、万が一ちえりが襲われた時には僕が守らなければいけませんからね!』


 彼の心持ちを嬉しくないとは言わないけれど、その非力な突きではスパポーンに一発KOされるのはまず間違いないだろう。

 あたしの方がまだ抵抗できそうな気がする。


 かと言って、そう言い返すのもめんどくさい。

 リュカのやりたいようにさせておこうっと。




 ところで、大山先輩は今日も白フンの似合う精悍さが素敵だ。

 きびきびした号令を第二武道場に轟かせ、道着の衣擦れの音も鋭く、空気を切り裂くように突きや蹴りを繰り出している。




 あの厳しい眼差しが女性に向けて和らぐ時ってあるんだろうか。




 これまでのぶっきらぼうな応対からして、先輩は女性が苦手そうだ。

 中高生時代に男子の間で必ず盛り上がる “学年で可愛い女子トップスリー” にいつも名前が挙がっていたあたしにもまるで興味がないみたい。


「大山先輩って、どんな女の子が好みなんだろう……」


 ぽつりと呟くと、健康オタクのくせに慣れない運動でフラフラになっていたリュカが反応した。


『ぼくっ……リ、サーチ……しま……ハァッ……』


 膝に手を置き、前かがみで息を切らせるひ弱な堕天使が頼りになるとは思えない。


「真衣に協力を頼んで自分で調べるからいいよ。

 リュカに頼むとかえってめんどくさくなりそうだし」


 そう言って横目で見やると、膝に手を置いたままの姿勢でリュカがムッとした。


『元て……んしのっ……情報収集能力を……見くびらないで、くだ、さ……っ』


「白フンの君を探すのに、全然役に立たなかったくせに」


『あれはっ……ちえりとの、認識……の擦り合わせがっ』


「認識の擦り合わせ以前にフンドシが似合う以外の条件が全く合ってなかったじゃないっ!」


「フンドシがどうかしたの?」


 横から滑り込んできた甘ったるい声にハッと我に返ると、額に汗を滲ませた有紗ちゃんが不思議そうに首をかしげてあたしを覗き込んでいた。

 基本練習を終えた部員達が休憩に入ったところのようだ。


「あっ、ううん! 何でもないの。こっちの話!」


「こっちの話って……。

 大きな声で独り言を言うなんて、ちえりちゃんって面白い人なんだねっ」


 無邪気な笑顔の有紗ちゃん。

 あたしが見えない堕天使と話してたなんて気づくはずないよね。

 とりあえず笑顔で取り繕いつつスポドリを紙コップに注いで渡すと、「ありがと」と一気飲みした彼女が耳打ちをしてきた。


「ちえりちゃんが口に出した “フンドシ” って、もしかして “赤フン同盟” のこと?」


 その一言にドキリとした。


 有紗ちゃんも赤フン同盟を知ってるんだ。


 もっともあたしが口に出したのは、赤フンじゃなくて白フンの方なんだけど。

 とりあえず話を合わせておこう。


「あ、うん。実は合気道サークルの友達に、空手部のマネージャーやるなら “赤フン同盟” に気をつけた方がいいって言われてね」


 誰に聞かれてるかわからないから、あたしも有紗ちゃんの耳に顔を近づけて小声で話す。

 内緒話を聞き出そうとあたし達の間に首を突っ込んでくるリュカが超邪魔なんですけどっ!


「そぅかぁ。ちえりちゃん、“赤フン同盟” のことはもう知ってるんだね……。

実は私も、入部当初に “赤フン同盟” に目をつけられたことがあるの」


「えっ!? 有紗ちゃんが!?」


「うん……。同盟の存在を知らなかった入部当初、大山主将カッコイイ!って無邪気にはしゃいじゃってね。

 それがメンバーの耳に入ったみたい」


 当時を思い出したかのように、有紗ちゃんの小さな肩がぶるっと震えた。


「それで、有紗ちゃんは赤フン同盟に何かされたの?」


「闇討ちにあったわ」


「『闇討ち!?』」


 リュカと声を合わせて聞き返してしまった。




 さすが格闘技系女子で構成される赤フン同盟。

 随分物騒なことをするじゃないの!




「その時の私は格闘技の経験がなかったから抵抗できずに、全治二週間の怪我を負ったの。

 今思い返すと、あの攻撃は日本の武道の技じゃない。鞭のようにしなる脚はまるでムエタイのキックのようだった」




 有紗ちゃんの言葉に、先ほどあたしにグローブを突きつけたスパポーンの姿が目に浮かぶ。


 やっぱり彼女は “赤フン同盟” のメンバーなの──?




「私、将来は国家スパイになりたくて、大学で空手始めたの。

 情報収集にかけては相当自信あるんだけど、その私が一年かけても “赤フン同盟” のメンバーの正体はほとんど割り出せていないんだ。

 だからちえりちゃんも大山主将と接する時には誤解されないように十分気をつけてね!」


 真顔でスパイになりたいと言い切る有紗ちゃん。

 ものすごいツッコミどころだけど、この場ではスルーするべきだろう。


「ありがとう、有紗ちゃん。

 でも、気をつけるって、何をどうすればいいのか……」


「とにかく、主将に色目を使ってるって周りに思われないことかな。

 私の手持ちの情報によると、大山主将の好きなタイプはズバリ田中千恵子や倍賞裕子よ。

“昭和の女” 感を前面に出すと大山主将に気に入られちゃうかもしれないから、なるべくイマドキっぽさを出していった方がいいかも。

 まあ、ちえりちゃんはイマドキ美人だし、そんな心配いらないかなっ♪」


 有紗ちゃんは茶目っ気たっぷりにウインクすると、紙コップをゴミ袋に入れて型の練習へ参加していった。


『その二人が好みとは。

 さすが白フンが似合う日本男児だけありますね』


 ようやく息の整ったリュカが変に感心している。

 その横で呆然としていたあたしは思わず呟いた。




「田中千恵子と倍賞裕子って……


 誰!!?」


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