💘13 オタクな堕天使は心強い

「どうぉ?女の子がやる型はきれいでしょ?」


 いくつかの型を練習した後で、床に体操座りをしたあたしにツインテールの田川さんが話しかけてきた。


 正直、あたしの視界のほとんどは凛々しい大山先輩(白フン姿の妄想イメージ映像付き)が占めていたんだけれど、時折発せられる女子部員の甲高い声に意識を弾かれて視線を向けると、確かに凛とした美しさがとても印象的だった。


 だからって、自分ができるとは到底思えないんだけど。




 昨年の入学後まもなく、各サークルの新入生勧誘が盛んに行われていた時だって、「サークルなんてめんどくさいだけ」とどこにも見学に行かずにアパートでダラダラしていたあたしだ。

 よりによってこんな練習のきつそうな体育会系部活動に今さら参加できるわけがない。




「すごくカッコいいとは思うけど、あたし運動音痴だし……」


 やっぱり無理!

 そう言って断ろうとしたとき──




『ちえり。あちらにいる男性部員が足をひねったようです』


 そう囁いたリュカの視線の先を追うと、苦痛に顔を歪めて足を引きずる部員が目に入った。


「田川さん! あの人足を怪我しちゃったみたいですけど」

「えっ?」


 田川さんと二人で駆け寄ると、その人は「階段蹴りの着地に失敗しちゃって」と、座り込んで足をさすり出した。


「救急箱取ってきます!」

 田川さんが用具室に向かう。

 男性部員のすぐ横に座り込んで彼の足首をしげしげと見つめていたリュカが顔を上げた。


『ちえり。誰かにタオルを一本借りてください。

 ひねったばかりでまだ腫れていない。

 今のうちに圧迫して血流を止めた方がいいようです』


 リュカの言葉に無言で頷き、様子を見に来た他の部員にタオルを借りて足に巻く。

 リュカは田川さんが持って来た救急箱の中身を覗き込みながら、湿布や固定用のテープ、サポーターなど、必要なものをあたしに指示し、使い方を細かく伝えてくる。


 いつもだったら「だあぁっ!めんどくさいっ」と口ごたえするのだけれど、目の前の彼は痛そうだし、他の人に見えていないリュカに向かって暴言を吐くわけにもいかないしで、あたしは黙って従った。




「これで固定できましたし、応急処置はすみました。

 後は早めに病院に行くことをおすすめします」


 リュカの言葉をそのままなぞってあたしがふうっと息をつくと、いつのまにか出来ていた人だかりから「おおっ」と歓声が上がった。


「へええ。そうやって患部を圧迫すると腫れが抑えられるんだ。

 固定の仕方も上手いし、なかなかやるもんだな」




 大山先輩が感心したようにあたしを見ている。

 リュカの健康オタクが思わぬところで役に立ったんだ!




 その時、あたしの頭の中でピコーン!とあることが閃いた。




「あのっ……よかったら、あたしをマネージャーとして入部させてもらえませんか?

 自分が空手をするのは無理そうだけど(大山先輩を)見てるのは好きだし、こうやって(大山先輩の)お役に立てたら嬉しいのでっ!」




 このあたしが部活動をするなんてまったくの想定外だけど、とりあえず空手部に入部すれば先輩との繋がりは持ち続けられるし、お近づきになるチャンスも生まれるはず!




 大山先輩は、「今までマネージャーなんていたことなかったんだけど」と困惑気味だったけれど、怪我をした部員や他の人が「こういうケアができる人がいるのは心強い」と後押ししてくれたおかげで、「そういうことなら、よろしく」と握手を求めてきた。




 ぎゅっと握った骨ばった手の感触に、暴漢から助けてくれた時に手を繋いだドキドキがリアルに甦る。




「藤ヶ谷ちえりです!

 マネージャー頑張ります! よろしくお願いします!」

 湯気の出そうな頭を下げて、練習に戻る先輩達を見送った。


「そっかぁ! 藤ヶ谷さん入部するんだねっ!

 じゃあこれからはちえりちゃんって呼ばせてもらうね♪

 私のことも “有紗ありさ” って呼んでね!」


 握手の余韻が残る右手を、有紗ちゃんがぎゅうっと握って上書きしてきた。

 い、意外と力強いのね。


「よろしくねっ!」


 ニコッと微笑んで練習の輪に戻っていく有紗ちゃんを見送ると、隣にいたリュカがため息を吐いた。


『随分と大胆な提案をしましたねえ。

 いくら白フンの君の傍にいたいとは言え、ちえりにマネージャーなんて務まるんでしょうか』


「きっつい練習に加わるよりはマシでしょ?

 それに、あたしには心強い味方がいるもんっ」




 リュカの方へ向き直り、彼の両手を握りしめる。




「あなたが幸せに導いてくれるんでしょ?

 あたしの堕天使さん♡」




 料理オタクで、健康オタク。

 細かいことまで気を回して、あれこれ何でも世話を焼く。

 結構ウザいし、あたしのための全力投球がたまに大暴投になるけれど。


 それでもリュカと二人三脚ならば、あたしの中で何かが動き出しそうな気がしてる。





『やれやれ。ぐうたらなちえりだけではとてもマネージャーなんて務まりそうにありませんからね。

 ちえりのために、僕もひと肌脱ぐことにしましょうか』




 過保護なあたしの堕天使相棒は、嫌味な言葉とは裏腹に花のように柔らかく笑った。

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