💘23 それを聞いて安心した
突き落とし事件のあった翌日。
あたしは昼休みを利用して農林学系棟である人物を探していた。
真衣からの情報では、彼女は農林学部の三年生らしいから、確かに昨日のあの時間にこの建物の中にいたとしても不思議ではない。
『正面切って階段から突き落としたのかと尋ねても、白を切られるだけかと思いますが』
今日は珍しくカツカツと黒革靴の足音をさせているリュカが、やれやれと言った感じでぼやいている。
「見つからないね……。この建物にはいないのかなぁ。
リュカ、ちょっと空を飛んで構内を探してきてくれない?」
あたしのお願いに、リュカの端正すぎる顔が途端に引きつった。
『あっ……えっと、その。
ぶ、武道館にいるんじゃないですかね?
すぐ隣の建物ですし、飛ぶまでもなく見てきますよ!』
バタバタと走り去る後ろ姿にため息が漏れる。
まったく、こういうところは不器用なんだから……。
やっぱりリュカは昨日階段から落ちたときに、翼を折ってたんだ。
あたしを庇って背中から落ちてたし、ミシッて変な音も聞こえてたし。
それでもあたしが気づいていないと思って、下手な嘘をついて隠そうとしてる。
めんどくさいけど、今回はその嘘にのってあげることにした。
👼
リュカの後を追って外へ出た。
農林学系棟と武道館との間にちょっとした植栽スペースがあるのだけれど、そこに差しかかったときに鮮やかな赤色が視界の端にちらりと映る。
立ち止まって視線を向けると、それはムエタイのタンクトップとトランクスの出で立ちで、奥まった花壇に腰掛け俯いている彼女だった。
周りにリュカの姿はない。
彼女を見逃して武道館の中に入っちゃったのかな。
とりあえず声をかけようと、植栽の間を数メートルほど続く小径に足を踏み入れた。
「スパポーン」
名前を呼ぶと、黒髪のポニーテールを揺らして彼女がはっと顔を上げた。
あたしを捉えた眼差しが攻撃的な色に変わるけれど、瞳に閉じ込めた光がゆらゆらと揺れているところを見ると、また今日も涙ぐんでいたに違いない。
「こんなトコに、何しニ来たのヨ」
苦々しげに顔を背けるスパポーンの横に座ると、あたしは言葉を選びながら彼女に話しかけた。
「また大山先輩に何か言われたの?」
彼女の顔がますますそっぽを向く。
「アンタには関係ナイでショ」
「関係ないけど、気にはなるよ。
……あたしも大山先輩が好きだから。
こないだみたいな冷たい態度を取られたら、すっごく辛いだろうなぁって。
しかもあなたは二年間も先輩にアプローチし続けてるんでしょ?
大山先輩への思いは、きっと誰にも負けないくらい強いんだろうなってリスペクトしてる」
あたしの言葉に、スパポーンがこちらを向いた。
大きな瞳を吊り目にして、キッとあたしを見据える。
「そうヨ。ワタシは誰にも負けナイくらい、マスのことヲ求めてル。
だかラ、アンタが空手部ニ入部してモ無駄だと言ったノ。
どんなにマスに断られてモ、ワタシの気持ちハ変わらナイ!」
真っ直ぐにこちらへ向ける眼差しを見て確信した。
やっぱり彼女のはずがない。
大山先輩へ向ける彼女の思いはとても真剣なものだ。
そんな彼女が、あたしを階段から突き落とすなんて姑息なことをするはずがない。
「……それ聞いて安心した」
「エッ?」
挑戦状を叩きつけられた側のあたしが微笑んだから、スパポーンがきょとんとした。
「あなたはとても強くて真っ直ぐな人だよね。
あなたのおかげで、あたしも先輩に真っ直ぐぶつかっていく勇気が持てた。
先輩に振り向いてもらえるように、自分自身が努力することだけを考えるよ!」
嫌がらせに負けるもんかと思う一方で、心のどこかではまた何かされたら……っていう怖さがあった。
でも、スパポーンは自分の思いをぶつけることに一生懸命で、周りの目なんて気にしていない。
あたしも彼女の強さを見習いたいって思った。
「……なんかワタシのこと誤解してるみたいネ。
でも、まあいいワ。ワタシはマスに振り向いてもらうマデ思いヲ伝え続けルだけだカラ」
スパポーンはそう言って立ち上がると、小径を渡って建物間を結ぶ歩道に出ていった。
スレンダーな体躯を赤いムエタイの戦闘服に包み、黒いポニーテールを揺らしながら背筋を伸ばして歩く姿は一輪の椿のようで、その凛とした美しさには何者をも恐れないしなやかな強さが宿っている。
彼女がライバルでよかった。
そんな思いで見送っていると、武道館からリュカが出てきた。
彼の方へ向かって歩いてくるスパポーンを認めると、慌てた様子でキョロキョロとあたりを見回している。
あたしを探しているのだろうと、立ち上がって大きく手を振ったそのとき――
あたしを見つけて駆け寄ろうとしたリュカが
『うわぁっ!!』
つんのめって前に倒れそうになったその先に、ちょうどスパポーンが歩いてきて……。
「きゃあっ!!」
「โอ๊ย!!」
リュカが倒れ込んだ瞬間に起こった悲劇に、あたしとスパポーンはほとんど同時に悲鳴を上げた。
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