💘08 認識の擦り合わせ以前の問題
『今回の件は、そもそも僕とちえりの間で白フンが相応しいのはどんな風貌の男なのかという認識の擦り合わせが不十分だったことが原因だと思うのです』
「認識の擦り合わせ以前の問題でしょーが!
リュカが見つけてくるのは二十代前半のイケメンっていう前提条件すらクリアしてないじゃないっ」
この一週間、白フンの君候補を見つけたと言ってはあたしを連れ回したリュカ。
けれども、彼が見つけてくるのはアメコミに描かれる日本人のイメージさながらに糸目出っ歯の男か、40代以上のオジサンばかり。
うら若き乙女のハートを射抜いたイケメンというそもそもの前提条件がクリアできていないのだ。
先ほどもキャンバス内で候補を見つけたというからわざわざ工学部まで見に行ったのに、リュカが示したのは“棟梁の源さん” という呼び名がぴったりの白髪混じりの角刈り頭をした教授だった。
「確かに捻りフンドシ締めて角材担いでいそうな人だったけど、そういうんじゃないのっ」
ぶつくさ言いながら学食へ行くと、ちょうど友人の真衣と渚が空席を探してうろうろしている。
「真衣!渚!ちょうどよかった!
あたしもランチに混ぜて♪」
「ちえり!二限の講義に出てないと思ったらどこに行ってたのよ」
「ま、ま、それはいいから座れるとこ探そ!」
木曜日の学食はなぜかいつも混んでいる。
できれば明るい窓際でおしゃべりに花を咲かせたいねと、ぐるりと食堂を見回している時だった。
「あっ!!」
黒の短髪、きりりとした眉、切れ長で鋭いのに少し垂れて優しさを醸し出す目──
見つけた──
白フンの君……!!!
なんて運命っ!
彼はこの大学の学生だったんだ!!
一人トレイを持って外の芝生に出ようとしている彼をロックオンしていると、あたしの視線の先を追った真衣が声をかけてきた。
「ちえり、大山先輩のこと見てるの?」
「大山……先輩?」
「うん。空手部主将の理工学部3年、
私合気道同好会だから、武道場でよく見かけるよ」
そっかぁ。空手部の主将だったんだ。
だからあんなに強かったのね。
『あれが白フンの君ですか?』
背後にいるリュカからの問いかけに、真衣や渚に気づかれないよう僅かに首を縦に振る。
「ちえりはその先輩と知り合いなの?」
「知り合いってほどじゃないけど……」
「じゃ、なに?見蕩れてたとか?
まあ、背はそんなに高くないけどイケメンだもんね。
めっちゃ強いし、格闘技系サークルの女子の中ではすごい人気だよ?
“赤フンが似合う日本男児” って」
「赤フンじゃないよっ!!」
真衣の言葉に思わず反応してしまった。
みんなわかってないっ!
大山先輩に似合うのは赤フンじゃない!
勇壮かつ神々しい白い
「真衣、渚、悪いけど席を取ってて!
あたし、大山先輩にお礼を言わなくちゃ!」
「えっ!? あ、ちえり……」
赤フン全力否定からの猪突猛進に呆気に取られる二人を残し、あたしは白フン……いや大山先輩の後を追って芝生へと出た。
リュカもあたしの後ろを追ってくる。
『ふむ。ちえりの認識では、彼こそが白フンの似合うイケメンということになるのですね。後学のために覚えておきます』
「そうよ! 彼よ!やっと見つけた!」
池に面した芝生の上で胡座をかき、その上にトレイをのせて両手を合わせる大山先輩。
一人きりなのに「いただきます」をする礼儀正しさにキュンキュンと高鳴る胸を押さえつつ、思いきって声をかけた。
「あのっ! 先日はどうもありがとうございましたっ」
「ああ、こないだの。
同じ大学だったんだ」
こちらを向いた先輩。
少し照れ臭そうに口の端を上げたけれど、すぐに目を逸らされる。
「先輩、空手部の主将だったんですね。さっき友人が教えてくれました」
「ああ、まあ」
こないだみたいにぶっきらぼうで、それ以上は話しかけるなって言われてるみたいだ。
「先日のこと、大袈裟じゃなく命の恩人てくらい感謝してて……」
「そんな大仰に扱われちゃ俺が困る。
本当にもう気にしなくていいから」
先輩は、話はおしまい、とばかりにトレイの上の生姜焼き定食を食べ始めた。
次の一言を出したらさすがにしつこいと思われそう。
どうしよう。
このままじゃ何も始まらないうちに終わっちゃう……!
その時、立ちすくむあたしの横を、すい、と真っ黒な影が通り過ぎた。
胡座をかいた先輩の目の前にリュカが立つ。
先輩には見えてないはずだけれど、彼の唐突な行動に嫌な予感がぞわりと背中を駆け上がる。
リュカ、大山先輩に何をするつもりなの──!?
何も気づかずに生姜焼きを食べている先輩の鼻先に触れんばかりにリュカが近づき、『これがちえりの認識する白フンの似合うイケメンですか……』とジロジロ観察している。
整った横顔を突き合わせる二人。
これは──
よもや東西イケメン対決!?
いや、もっと言ってしまえば黒ブリーフVS白フンの東西メンズアンダーウェア頂上決戦と置き換えても差し支えないほどの……
パシャッ!
「えっ……!?」
混乱のあまり思考回路がアンダーウェア方面へと迷走していたあたしの胸の辺りを、つうっと何かが冷ややかにつたった。
我に返って胸元を見ると、オフホワイトのカットソーのレース部分から水が滴り落ち、濡れて濃くなった部分がじわじわと広がっている。
何が何だかわからずに顔を上げると、同じく何が何だかわからないといった顔でこちらを見ている先輩と、空になった紙コップを片手ににこやかに微笑むリュカがいた。
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