第19話 3人の姫

東の市場は商品を売買する商人や店主に加え、今日訪れた来賓客目当ての市民でいつも以上に溢れかえっている。

「お二人とも人気なんですね」

市場の一角にある関係者の事務室の片隅で3人の女性が座っている。市場にやってきた他国の商人や物資、船舶などの管理業務にあたる市場の事務員はほとんどが男性なので、3人の存在はとても浮いている。滅多にお目にかかれない彼女らが気になってか、男性陣の目線も頻りにあちこちを泳いでいる。

「そんな…お二人に比べたら私なんて。それに、申し訳ありません。こんな場所しか用意できなくて」

街の責任者である商工会長の愛娘・システィが対面に座る2人の女性に深々と頭を下げる。システィは来賓である2人に市場を案内していたのだが、人が集まりすぎてしまったので慌ててこちらへ避難することになった。

「頭を上げてください。私が市場をゆっくり見て回りたいとお願いをしてしまったばかりに迷惑をかけしてしまったんですから」

白のワンピースを着た女性、アイシーラ国の皇女・メレディアがシスティの頰に右手を差し伸べる。それに反応してシスティも顔を上げた。

「本当です。姫殿下もご自身の人気をわかっておいででしょう。無茶な注文をしないで下さい。本来、ここではあなたの来訪を秘匿にする予定だったのに」

すると、その隣に座るスーツ姿の女性 『戦姫』 こと、イリスが険しい表情で口を挟む。

「私の人気なんて宗教しか心の拠り所のなくなった味気ない人達から寄せ集まった砂の城みたいなものですから、たいしたものじゃないです。誰かが横槍を入れたら簡単に崩れちゃう」

「本当、メレディア様は相変わらず歯に衣着せぬ発言をするんだから…」

自国民を『味気ない』と評価する王女に呆れ気味のシスティ。


アイシーラ国の正式名称は『アイシーラ聖教皇国』である。元は小国が集まったことでできた連合国家で、国の統率を図るために当時、権力を持っていたアイシーラ一族が、この世界を築き上げたとされる女神『アイシーラ』を祖とした宗教、『聖教』を立ち上げた。

 今では国民のほぼ全てが信奉者となっており、女神の末裔といわれるアイシーラ一族が国を巨大宗教の基に治めている。


「もちろん、愛を持って私を接してくださる方々をそうは思っていませんよ、あくまでも一部のことです」

 そんな強大な支配国家の皇女であるメレディアは微塵も気にせず、それこそ女神のように優しげな笑顔で受け答えする。

「ところで、張り紙を見ましたよ。この街の少女とライブで対決するんですね。ついに、この街の数少ない汚点に風穴を開ける方が現れたのですね。これから、増えるといいですね」

 システィはその言葉に頬をピクリと振るわせる。

「ということは、メレディア様はやはり知っていたんですね。私の父が、とんでもない親バカだったということに」

 メレディアとイリスは、2年前にアスティナが友好のためにアイシーラでライブをしたときに、アスティナの正体がシスティであることを看破していた。

「あれを気づかない方がおかしいと思いますよ。まぁ、システィも相当の父親想いの優しい娘のようですね」

「ぐぬぬ…」

 それ以来、システィとメレディアはお互いの身分をあまり気にすることなく、親交を深めるようになったが、口論ではメレディアの方が一枚上手である。

「しかし、本当によく現れましたね。住民たちはなんだかんだ商工会長には逆らえない感じだったから。となると、外からの新しい風といったところですか?」

「えぇ。あっ、もしかするとお二人も知っている人かもしれませんね」

「私たちが?」

見当が全くつかない二人。すると扉の方から、

「申し訳ありませんが、今は立て込んでおりまして…」

「やっぱりそうですよね。ん、場所はあっちか。じゃあ、ちょっとすみませんが…」

などとやり取りが聞こえると、突然室内に風が吹いた。机上の書類が宙を舞い、中にいた職員たちはそれぞれ声をあげたが、何が起こったかは全くわかっていなかった。


「噂をすれば、とはよく言いますが、まさかこの場面で現れるなんて…」

「魔法の反応が強くてわかりやすいと思ったら、メレディア様までいたのか」

ハルトは魔法を使って自身を加速させ、入り口から一瞬でシスティたちの前に移動してきた。

「あら、ハルト。お久しぶりです。ふむ…ということは、その怖いもの知らずはあなたなんですね」

「なるほど。実にあなたらしい…」

 イリスも元勇者であり、ハルトとは度々互いに背中を任せて戦ってきた仲である。メレディアも討伐時の勲章授与で対面していた。

「…成り行きだけどな」

 そう答えるハルトに対して、思わず口を押さえて笑ってしまうメレディア。

「ふふっ。そう言いながら、かなりやる気なんでしょう?相変わらずの正義感といいますか、貧乏くじといいますか」

「否定はしないが、今回は放っておけない要素があってさ。タイミングもちょうどいいから2人には簡潔に話しておく」

「さて、なんでしょう?」

柔らかな口調とは裏腹に、先ほどまでの朗らかな雰囲気から変わって、真剣な面持ちに変わるメレディア。

「実はだな…」

 こうして、3人は3年ぶりに邂逅した。尚、システィは不審人物の突然の登場に慌てふためく職員たちへの説明に追われていた。



ハルトが小さな声で簡潔に話をまとめて済ませると、

「姫殿下、これが本当なら…」

「世界が混乱する事態になりますね」

2人は周囲に聞こえていないことを確認して、やや神妙な面持ちとなった。

「あなたの考えはわかりました。それで私たちにどうしてほしいのですか?」

「基本的には何もしないでいてほしいんだ。ただ、万が一、なにか起きたら全力で頼む」

「わかりました」

「いいのですか?彼が言っていることは相当に自分勝手ですよ。見逃してほしいけど、尻拭いはしてくれ。それを大国の長である姫殿下にお願いするだなんて…」

「世界を救った勇者様のわがままです。一つくらい聞いてあげてもいいでしょう。王女としては、女の子を救うために戦う殿方は優しく見守っていてあげたいですし」

メレディアは先ほどまでの優しい笑みを再び浮かべる。

「まぁ、姫殿下がそう仰るのでしたら、私はこれ以上何も申しません」

「わかってくれて助かるよ。出来るだけ厄介ごとは投げないように気をつけるからさ」

「はぁ、巨大爆弾を投げておいて何を言うんですか…」

ため息をつくイリスを見て、クスクスと笑うメレディア。『他人事じゃないんですよ』といった困り顔でイリスは見返すのだった。



「ようやく終わりました…」

 3人の話もひと段落ついた頃、向こうでいろいろと話をしていたシスティが戻ってきた。

「お疲れ様」

「…絶対にわかって言ってますよね?」

 システィは、ふぅと一息ついて、机に置いてあった飲みかけのお茶に口をつける。

「メレディア様、イリスさん、出発の準備ができましたので、恐れ入りますが私の屋敷までご足労お願いいたします。通商大臣の方は先に向かっておりますので」

 通商大臣とは今来訪の本当の主役で、アムズガルドとの貿易交渉などの話をするためにやってきている。

「わかりました。じゃあ、イリス、行きましょう。ハルト、また会う機会があったら、いろいろお話を聞かせてね」

「その時までにたっぷり土産話を用意しておくよ」

 事務所から2人が立ち去り、この空間を覆っていた職員たちの抱えるプレッシャーがなくなったのか、部屋の空気が少し落ち着いたようだった。

「で、あなたがまだここに残っているということは、次の相手は私ですか?」

「本当に最近の俺の周りの女性陣は察しが良くて助かるよ。時間は大丈夫か?」

「少しでしたら」

 システィが傍にあった椅子にゆっくり腰をかける。

「わかった。じゃあ、手短に済ませる」

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