第26話 とある村の真実

「なんで元に戻っているんだ…?」

目覚めた男はイリスから手鏡を受け取って自分の顔をじっくり見た後、自らの体をその形を確かめるようにくまなく触る。

「魔法は使い放題じゃない。もしかしたら自覚があるかもしれないが、魔法は発動するとその分だけ自身の体力を消耗するんだ。逆に言えば、消費できるだけの体力すらない場合は魔法の発動も出来なくなるらしい。もちろん、発動中の魔法は、たぶんどんなタイプのものであっても強制的に解除される」

「じゃあ、この方は…」

「魔法によってエリオの姿に変身していたんだ。とは言え、セレナが記憶をなくしているから、本当にエリオがセレナの姉なのか、そもそもエリオ自身が実在する人物かどうかもわからないが」

「記憶がないのをいいことに、騙しているのかもしれませんからね」

「違う!!」

ハルトとメレディアの言葉に男は強く反発する。

「確かに俺は3年間、エリオとして生き、セレナを騙しながらこれまで一緒に過ごしてきた。でも、セレナとエリオは本当の姉妹として存在していたんだ!」

「では、あなたは一体何者なんですか?」

 疑惑の瞳を向けたシスティが問いかける。

「ハルトには別の形で説明したと思うが、俺はクラル。魔王侵攻の時は世界を旅しながら、吟遊詩人をやっていた。2人はその時訪れた村で会って友人になった。3年前に2人が住む村に魔人たちが侵攻した時もその場に居合わせて、そこでエリオの死を…いや、その消滅を見届けたんだ」

システィの質問に、クラルが答える。

「消滅を見届けた…?というのはどういう意味なんですか?一体、あなたたちに何が…」

「それを説明するには、3年前、あの村に降りかかった厄災の真実を話す必要がある」


そして、男は3年前の真相を語り始める。



3年前のある日、セレナとエリオが住んでいた村に訪れていたクラルは、2人と村の外れで祭りの練習をしていた。そこで霊山と呼ばれた山を越え、魔人たちが村へと侵攻するのを目撃したため、急いで横穴に身を隠してその場をやり過ごした。

 ここまでは彼が以前説明した内容と一致している。


 しかし、2人の両親や世話になった村人たちが気になったクラルは、この場所が安全だと判断し、2人を横穴に残して1人で村へと向かった。


「村には魔人たちがいたのに向かったんですか?」

「腕には自信があったからな。魔法も使えたから戦うことは十分にできた」

「でも、あなたの魔法は変身だったのでしょう?そんなにも強力になれるんですか?」

「俺が本来使える魔法は違うものだったんだ」

「それはどういうことなんですか?」

疑問をぶつけ続けるシスティをハルトは軽く制して、クラルに話を続けるよう促す。


クラルは村人を少しでも村の外へ誘導しながら魔人を倒していたが、そこにリーダー格とみられる魔人の女が現れた。全身黒色のマネキンみたいな魔人と違い、その魔人は人間と同じような容貌で会話も通じた。魔人の女はクラルと顔を合わせると、はずれくじを引いたかのように残念がる素振りを見せる。

「だいたい計画通りに進んだのに、どうして最後に面倒なのが来るのよ。わたしってとことん運がないのね…」

「お前がこいつらの親玉か。なぜ、急にこの村に攻め込んだ!!」

「どうせ死ぬだけのモブキャラが調子づいてんじゃないわよ」

女は怒るクラルを一蹴し、苛立ちながら右手を真横に伸ばす。すると、右手の掌から腕のあたりまでが突如、白い大蛇に姿を変える。大蛇は口を開くと、まるでゴムのように体を伸ばして村人たちが逃げる方向に飛んでいき、そのうちの1人の首へと勢いよく噛みつき、引き千切る。大蛇はもぎ取った頭を吐き捨て、次の村人へ襲いかかる。

「このっ!!」

 クラルはその場で上段から手刀を振り下ろす。その手の軌道の形と同じように、翡翠色の三日月がクラルの手から放たれる。地面を削りながら高速で大蛇に迫り、接触すると同時にその首を切り落とした。

「へぇ…。やるじゃない」

 魔人が右手を軽く振ると、白い大蛇の胴体となっていた右腕が光り、傷一つない元通りの人体の腕に戻った。

「まだまだぁっ!!」

 クラルはまるで双剣を持つかのごとく、両手を連続で上下左右に振るう。その度に翡翠色の烈風が魔人へと襲いかかる。魔人は全てを避ける。

「そんなに速くないから、簡単に避けられるわ…って?!」

「甘いっ!!」

「ちっ?!」

 避けきった数多の烈風の後方からクラルが飛び出し、左斜め下から右上へ手刀を振り上げる。同時に発生した烈風が魔人の体を切り裂くかと思いきや、

「ふふっ。なんてね。残念でした」

 真っ二つに切断されるはずの胴体はしっかりつながっていた。攻撃が直撃した腹の部分は衣服が粉々になったものの、大きな切り傷だけで済んでいた。傷口の周囲はなぜか肌が灰色になっていた。


「そいつはたぶん幹部級として警戒されていたやつだ。俺は直接戦ったことはなかったと思うが。かなり強敵だったって聞いた気がする」

「そんな凶悪な魔人が…。そ、それで、どうなったんですか?」

 システィはベッドに両手をつき、食いより気味でクラルに近づく。

「当然、返り討ちにあい、俺は意識を失った」


 クラルが目覚めたとき、村は焼け野原になっていた。ぼやけた目で周囲を見渡すが、誰もいなかった。村は言葉にできないくらいひどい有様で、人間だったと判断できる死体もわずかしかなかった。

 クラル自身もしばらくして、自分の右腕がなくなっていることに気づいた。しかし、痛みは感じなかった。気絶している間にこの激痛にもなれたのか、それとも痛みも感じる余裕がないくらい命の灯火が消えかかっているのか。

「やつらは…行ったのか?」

 もう自分の命も尽きると察したクラルは、魔人たちがこの村から去ったこと、そして、姉妹が無事であることを心から願った。


「まだ、ここにいるわよ」

 残った体に強烈な寒気と怒りが走る。クラルは最期の力を振り絞って、声のする方を見上げる。たとえ、無様に死のうとも、こいつにだけは絶望して死んでたまるか、そう強い意志で睨みつける、つもりだった。

「これ、なぁんだ?」

 魔人の女は左手で何かを掴んでいた。それは女性の身体だった。服だった布切れが申し訳程度で体に張り付き、下着どころか全身各所の肌が見えてしまっている。その肌も一部は肉が見え、あちこちが血や痣、焼けどで赤黒く染まっている。背中まで伸びていたはずの金髪も切り落とされていた。そう、彼女はクラルが良く知る人物で、つい先ほどまで一緒にいた少女だった。

「エ、リオ…?」

 クラルは喉にわずかに残った空気を必死に押し出して、搾り出すように声をあげる。

「その、こ、え…、げふっ?!あっ…、ク、クラ…ル、なの、か?」

 かすれるような声を聞いたクラルの顔があれだけ見せまいと決意していた絶望の表情に簡単に豹変する。

「ずっと、誰かの名前を口走ってたから、もしかして、頼れる大切な勇者様でもいるのかしらって思ったのよ。こっちに連れてきて良かったわ。最後に愛し合う2人が会えたんだから」

 魔人は大きく笑いながら両手を叩く。その拍子にエリオの肢体は地面へと落ちた。

「あれ?2人とも黙っちゃって。もしかして、違った?それとも恥ずかしいの?ごめんね。私、長いこと、愛だの恋だのなんて知らずに過ごしてきたから。間違えちゃったかしら。あ、そうじゃなくて、もう喋る気力も残ってない、ってやつかしら」

 クラルは自分の前に落ちてきたエリオを必死で見る。一方、エリオは目の前のクラルの姿を精一杯探している。目の前にいるにも関わらず、

「それと、もう一つごめんね。その子あまりにもむかつく眼で私を睨みつけてくるから、ちょっとムカついて片目、くりぬいちゃったの」

 左目は紫に変色しており、閉じられた瞼からは血が流れている。残った右目も、まぶたが腫れ上がり塞がれてしまい、何も見えない状態になっている。

クラルは エリオの血まみれの顔を必死に見つめる。歯を食いしばり、意識が飛ばないように耐える。最後の瞬間までこの眼を反らさないと心に誓った。


「ところで、あなたたちでちょっと実験したいんだけど、いいかしら?」

魔人は掌を見せる形で、両手を倒れている2人に向かって突き出す。

「私ね、『融合』の魔法が使えるの。私自身に使うと動物や人間を自由に体内に取り込んで好きな時に出せるようになるんだけど」

2人の返事など聞かず、魔人は話を続ける。

「この魔法、自分以外の生物同士にも使えるわけ。でも、これがなかなか成功しないの。人間同士だと尚更ね。大抵はなんか気持ち悪い姿になったり、融合した後に体が弾け飛んじゃったりするのよ」

すると、魔人の両手が怪しく光りはじめ、2人の体が互いに引き寄せられていく。

「ま、さか…」

「でも、あなたたちなら大丈夫そうな気がするの。2人とも魔法が使えてタフだし、きっと壊れないわ」

ハルトとエリオは何も抵抗できない。互いの体が淡い光に包まれ、徐々に近づく。溶け合うように触れ、少しずつ2人の体は紫光の塊に変化する。その不可思議で恐ろしい変化をただ受け入れることしかできなかった。

 すると、別の方向から、この魔法とは違う光が放たれ、大きな音が鳴り響く。

「って、嘘でしょ?!完成まで見届けたかったのに、また邪魔が来るわけ…。はぁ、仕方ないわ…。じゃあね。名残惜しいけど、お互いに生きていたらまたどこかで会いましょう」

その言葉と轟音が聞こえたのを最後に、クラルの意識は闇の底へと消えていった。

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