第25話 そして、加速する

「いやー、森の中だっていうのに、空からの日差しが眩しいねー。それに周りもよく見渡せるわ」

時刻はお昼ごろ、リズとミーアは街を出て南にしばらく進んだところにある大きな森へとやってきた。

「これは一体…」

ミーアは眼前の光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。なぎ倒された木々、抉りとられた地面、ぽっかりと大きく開いた獣道。まるで巨大な竜巻が通過したような惨澹たる様子である。

「さっきも言った通り、店長の仕業だよ」

「はぁ…。ほ、本当なんですか?」

 リズは無言で頷く。

「昔から噂には聞いていましたが、勇者ってすごいんですね」

「あっ、ワタシはこんなの無理だからね。頭で仕事するタイプだから」

「はぁ…。えっと、他にもこんなことが出来る人はいるんですか?」

「ワタシとハルトのパーティなら、ワタシ以外は全員だねー。他で戦っていたもっとすごい勇者だと街一つ消し飛ばすこともできたって聞いたよ」

 ミーアは、リズが『なーんて、そんなわけないよー』などと笑いながら言ってくれれば、と思った。いくらなんでもこんなことが出来る人間が他にもたくさんいるなんてありえない、そう感じずにはいられなかった。

「もちろん、ウソじゃないからね」

 その無慈悲な追加回答に、ミーアは『そうなんですか…』と返すしかなかった。


「しかし、これはやらかしたね…」

「このメチャクチャになった森のことですか?」

 お昼前に1階の様子を覗きに行ったリズは、いつもと全く違う焦った様子で戻ってきて、ハルトをたたき起こし、少しのやり取りをした後、ハルトと二手に分かれ、全速力でこの森へ向かった。まだ話が終わってなかったので、とりあえず、ミーアもリズの後をついて行くことにしたため、正直、現状はほとんど把握していない。

「セレナちゃんのことだよ。間違いなく奴らに捕まった」

「やつらって…?」

「それはさっきも説明したでしょ。地下酒場の連中だよ」


 セレナはこの森へ走りに行くと置手紙を残していた。そこからここに来るまで時間は経ったが、体力があまりないセレナが往復できる時間は経過していなかった。もし、森の入り口でセレナが引き返したとしても、平坦で走りやすくほぼ一本道である街道を通ってきた2人とどこかですれ違うはずである。念のため、店にはセレナに宛てた手紙を残しているので、ちゃんと帰っていれば店にいるはずだが…。


「本当にあの酒場の人たちがセレナちゃんをさらったんですか?」

 先ほどリズに告げられた話を聞いて戸惑いを隠せない、というよりもその話を信じていないミーア。

「ミーア。その人の良さはキミの大事な長所だと思うけどさ。あまり、無条件に他人を信じてばかりいると、もっと大変なことになるから、気をつけたほうがいい」

 リズはそう言いながら、周囲を見渡す。すると、地面に手提げのバッグが落ちているのを発見した。拾ってみるとその中には、赤や黄色の果物が少しだけ入っていた。

「あの地下酒場の連中は、キミとエリオを罠にはめ、セレナを誘拐した。それだけじゃない。もっと多くの街の人たちがあいつらに騙されたり、利用されているはずさ」

「そんな…」

「本当は何事もなければ、ライブの後に2人でどうにかするつもりだったんだけど。やっぱり、ハルトは甘いところがあるんだよね。まぁ、それに賛同したワタシもバカみたいに甘すぎたわけか」

 リズは盛大にため息をついた後、両手で軽く自分の頬を叩いた。

「後の話は走りながらするよ。今は少しでも時間が惜しいからね」



 ほぼ同時刻。街の西側にある商工会長の屋敷。その一室、商工会長の娘・システィの部屋には4人の男女がいた。

「昨日、メレディア様に、イリスさんとその同行者の出入りをいつでも自由にさせてほしい、と言われた時はそれがどういう意味なのかさっぱりでしたが、まさかこういうことだったとは…」

 部屋の主であり、明後日にはセレナとライブバトルをする人気アイドル・アスティナの正体でもあるシスティ。

「強引にお願いしてごめんなさい、システィ。説明してもたぶんわかってもらえないと思ったから」

 海の向こう、アイシーラ聖教皇国の皇女・メレディア。

「俺からも謝らせてくれ。勝負の相手にここまで世話をかけさせてしまって、申し訳ない」

 喫茶店『アロウズ』の店長であり、魔王討伐を果たした元勇者・ハルト。


「ざっくり説明を聞きましたが、それが本当ならこれは街全体を揺るがす大問題です。むしろ、ここまで情報をくれたこと、疑惑を調べてくれたことに感謝しています。ですが、驚きました。まさか、数年前からずっとこの街の裏でそんな悪さをしていた人たちがいたなんて。そして、私と似た境遇の人物が他にもいるなんて」

 そう言うと、システィは自分のベッドで眠っている人物に目を向ける。服はボロボロになってしまったため、システィが父の部屋から拝借した寝巻きを着せている。背丈はハルトよりやや高く、少し細身。顔は中性的で傷はあるものの綺麗な肌をしている。疲れ果てたのか朝方にこの家にやってきたときも眠っていて、今もなお眠り続けている。


 システィはハルトに視線を戻し、真剣な表情でたずねる。

「ところで、ハルトさん。あなたの言っていることが真実なのであれば、ここに眠っている“殿方”は…」

 その問いかけに、ハルトはベッドで眠る男に目を向けて、

「あぁ。その男は間違いなく、うちの店員で、セレナの姉・エリオと“名乗っていた”人物だよ」

 そう答えた。


 偶然にもその言葉と同時に、眠っていた男が目を覚ました。体中にできた傷による痛みに表情を歪ませながら、ゆっくりと体を起こす男性の顔に、メレディアはすっと用意していた手鏡を近づける。男はぼーっとしたまま、向けられた手鏡に写る自分の顔を見つめて、

「えっ?」

 と、たった一言呟いた。

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