第24話 少女の想い
ライブまで後2日。
午前中、セレナは自分以外誰もいない店内で流れる音楽に合わせて、歌と振り付けの練習をしている。
「はぁ、はぁ…」
動きを止めないように何度も何度も繰り返しながら、一心不乱に体を動かし続ける。
「頑張らないと、もう時間はあと少し、なんだから」
それでも頭の中は大切な姉と頼りになる店長のことでいっぱいになっていた。そして、朝の出来事を思い出して、
「うわっ?!」
足を滑らせて地面に倒れてしまう。打ち所は悪くなく、足を捻ったりもしていないが、セレナはその場でうずくまったまま動かない。
「ねぇ。私、どうしたらいいの…」
彼女の心情と180度反対のポップミュージックが淡々と店内に響き渡っている。
早朝。
ハルトはフラフラの状態で店に帰ってきた。魔獣との戦いでできた擦り傷や切り傷を見てた心配するセレナに、ハルトは『約束を守れなくてすまない。でも、セレナは無事だから』と伝えた。なんて返したらいいかわからず、混乱するセレナとミーアを尻目に、リズはハルトに肩を貸して彼の部屋へと移動した。
魔獣を倒した後、涼しい森の中で明け方ギリギリまで眠ってしまったため、風を引いたとのことらしい。もちろん、『魔獣を倒した』という部分は伏せている。リズは呆れた顔で看病を始めた。他の2人は事の次第がさっぱりわからない状態だが、それを話せる人物が倒れているため、とりあえず聞きたい気持ちを我慢するしかなかった。
というわけで、店長が倒れため、今日の営業は休みとなり、セレナはこうして朝からほとんどノンストップで練習をしている。
「2人で何を話しているんだろう…」
リズとミーアはハルトの看病をしている。2人でやっている理由は、ミーアがハルトたちが自身に隠していることをちゃんと話すよう求めたからだ。今頃、ハルトがミーアを勧誘するために嘘をついたあたりの話していると思われるのだが、
「でも、きっと他にもあるんだよね」
ここ数日のハルト、リズ、エリオの言動を見れば、それだけじゃないと感じていた。自分も知らない秘密を3人は持っている。
リズはセレナに対して、ライブの練習をするよう言った。そう言われても練習に集中できるとはとても思えなかったが、もしもこっそりと2人の話を聞いてしまったら、明後日のライブには普通の状態で臨めなくなってしまうんだろうと確信めいたものがあったから、あえて言いつけを守り、こうやって一人で練習をしている。
「どんなことがあっても、ライブは絶対にやり遂げないと」
これはもうセレナたちの今後がかかった勝負ではない。この日のために街の人たちはライブを盛り上げる準備をしている。店に来るファンになってくれた人たちは彼女の勝利を願ってくれている。ライブに使う機材も街の人たちが外からわざわざ仕入れてきてくれている。それも無償で。始まる前からすでに感謝の気持ちでいっぱいだ。
自分に過剰な自信を持ったり、周りの人たちから寄せられる期待に自惚れたりはしない。でも、こんなにも多くの人たちが支えてくれるから、期待をしてくれるから、そんなみんなに喜んでもらえる精一杯のパフォーマンスをしてあげたい。彼女はそう固く誓って、明後日へ挑もうとしている。
「アイドルのみんなもこんな気持ちなのかな」
そうなのであれば、早く自分もアイドルと自信を持って名乗れるようになりたいと、そう願う。
「でも、どうして私、アイドルになりたいと思ったんだっけ?」
しかし、そこでふとセレナは根本的な疑問に思い至る。
確かに姉との2人旅の中でアイドルを見て、心から憧れた。でも、どうしてそこまで憧れたのか。かわいいから、かっこいいから、きれいだから、人気だから、
「…よし、頑張るぞ!」
長い葛藤を乗り越え、自分自身に前へ進むよう言い聞かせて、セレナは挫けそうになった心と体を立ち上げる。
「ちょっと走って来ようかな」
気分転換を兼ねて、セレナは外へ繰り出すことにした。軽く伸びをして、手足を曲げて準備運動。左右を軽く確認する。
「今日は南側の森の方まで走って来ようかな。たしか甘い果実のなる木もあったし、ハルトさんのお見舞いに、ね」
森には甘い果実があちこちになっているので、ミックスジュースにするとなかなかの美味である。以前、エリオと行った際に教えてもらったのだが、なぜ、エリオがこの街に来て早々の頃からあの森に詳しいのか、セレナは特に気にもしていない。
「喜んでくれるといいな」
その頃にはエリオも戻ってきているだろうし、リズやミーアも欲しがるに違いないから、たくさん持って帰ろうと、セレナは大きなバッグを提げて走っていく。
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