第27話 誰が為の選択
悪夢のような過去の出来事を淡々と語るクラルは、システィから水を手渡され、一気に飲み干して話を再開する。
「その後、再び目が覚めると、そこはどこかの街の病院だった。周囲には数人の男女がいた。話からしてそこには勇者も混じっていたと思う」
ベッドで横になっているクラルの隣には、銀髪の少女がベッドの上に座っていた。少女と眼が遭う。その姿を見てクラルは涙を流さずにはいられなかった。守れた、などと偉そうに言うつもりは毛頭ないが、セレナが無事でいてくれて本当に良かった。そうクラルは感じていた。
すると、セレナはエリオが目覚めたことに気づき、そちらに顔を向ける
「良かった。お姉さんも、無事だったんですね」
セレナのその言葉がクラルには一瞬理解できなかった。そして、困惑の後、意識を失う前の出来事を思い出し、ゆっくりと顔を動かして、病室の片隅にある鏡を覗く。
「この顔は、エリオ…?」
鏡に写る自分の姿はエリオと瓜二つだった。さらに顔を動かし、自分の体へと向ける。自分に手足に包帯が巻かれ、ほとんど肌がさらけ出された状態だ。
その姿を自分が見ているということは、あの時一緒に光の中へと消えていった彼女はもういないんだと、クラルは悟った。一方で、セレナが外見だけはエリオなこの姿を見て、いつもの呼び方である『お姉ちゃん』ではなく、『お姉さん』と呼んだその理由にも気づいた。
「あぁ、なんとか無事だったんだ。ところで、君は1人でここに?」
「はい。何があったかよく覚えてないんですが、起きたらここにいました。でも、その前もずっと昔のことも思い出せないんです…」
もしかしたら、エリオが傷つくところを目撃したのかもしれない。なぜ、あの時、あの場所に残っていなかったのかと今さらながら悔やむ。
「そうか…。私も1人なんだ。どこも行くあてがなければ、良かったら一緒に暮らさないか?君の記憶を取り戻すこともできるかもしれない」
クラルの提案にセレナは嬉しそうに、だけど、ぎこちない感じで微笑む。
「はい!よろしくお願いします。1人は、なんだか寂しいので…」
「セレナ…っ!」
クラルは力を振り絞って立ち上がり、セレナを抱きしめる。
「セレナ…。それはきっと私の名前なんですね。なんだかとっても温かいです…」
その温もりで、セレナはこの人物が自分にとって大切な人の一人であると気づいたのか。クラルの想いに答えるように優しく抱きしめ返した。
「うぅ…、そんなことがあったですね」
システィは涙をボロボロと零し、シーツを濡らしている。
「いくらなんでも泣きすぎだろ」
「そんなこと言われたって…」
この反応にはクラルも困惑している。
「あの時、同じタイミングで俺たちは魔王城攻略をしていたこともあって、救出に出遅れていたんだ。だから、俺が勇者だと知ったときに詰め寄ってきたんだな」
「ハルトに当たっても仕方ないのはわかっていたんだが、どうしても、な。エリオの正体が俺だったことは前からわかっていたのか?」
「店で昔話を聞いた時にもしや、とは思った。初めて面と向かって会った時にお前が魔法を常時発動しているのは感知能力でわかっっていたが、中身はその時まで見当がつかなかったよ。他には、風呂やセレナたちと別にしていたこと、着替えの時もセレナを待ってから着替えていたことも気になっていたが、確信にはいたらなくて、さっきもほとんど勘だったよ」
「本当か…それ?」
「あの、いくらなんでも、女性のプライベートを観察しすぎじゃありませんか?」
疑いの目を向けるクラルと、なにやら変質者を見るような目つきのシスティ。
「悪いな。怪しいことはとことん調べたがる性格なんだ」
とはいえ、ハルトもいろいろと恥ずかしくなり、顔を反らして答える。
「へぇ…」
「ところで、好きな女性の体に変化したうえに、その妹さんと3年間も一緒にいて、彼女のあられもない姿をずっと目の当たりにしてきた変態さんはこれからどうなされるんですか?」
そんな微妙な空気を若き皇女がぶち壊す。
「いやっ!俺はほとんど見てないからな。断じて変態なんかじゃない!!それにエリオのことだって別に…」
「ほとんど…」
今度はクラルのほうを疑惑の眼で見つめるシスティ。それに気づいたクラルは両手を横に振り、大げさにポーズをとる。
「お、俺はケガが治ったら、この街を出て行く。セレナにばれていないとは言え、もう元の姿に戻ってしまった。この姿であったら、エリオの死を知られてしまうから。ハルトやミーアがいるし、適当な理由で旅立ったことにすれば…」
「それなんだが、クラル。お前、いくつか勘違いしてるぞ。まず、セレナにお前が必要だと思う。3年間共に過ごしてきたという事実はやっぱり大きい」
「でも、俺はもうエリオの姿には…」
「後、それなんだが、もう半日もしたらきっとエリオの姿に戻るぞ、お前」
ハルトは悩むクラルに思いもよらない一言を口にした。
「ど、どういうことなんだ、それは?!」
クラルは思わずベッドから立ち上がる。
「さっきも言っただろ。魔法は体力が一定以下になると発動できなくなるって。つまり、体力が安定した状態に戻れば、また魔法が使えるようになるんだ。きっと、それは相手にかけられたものでも同じなはず。たぶん、魔人の女がかけた魔法はあくまで一時的に抑えられているだけにすぎない」
「なんだって…」
「ただし、基本的に魔法は時間が経過すれば、その力が弱まるんだ。だから、お前がエリオの姿に変わりたくないという意思を強く持てば、元の姿を維持できるかもしれない。うまくいけば、そのままずっと押さえ込むこともできると思う。それに関してはちょっとツテもあるしな」
「このまま、クラルとして戻れる…」
じっと自分の体を見つめるクラル。
「でも、それはエリオさんの体には二度と戻れなくなる、ということですよね?」
「さすがメレディア様。毎度、痛いところをついてくるな」
「で、でも、それでいいんじゃないでしょうか?!だって、お姉さんの姿のままでいても、それは偽り。いつの日か、悪い形でばれてしまうこともあるんですよ」
咄嗟にフォローするシスティ。
「たしかにそうかもしれません。けれど、それは同時にエリオさんがクラルさんに残した最後の意志もなくなってしまう、ということでもあります」
「最後の意志…ですか?」
「妹さんを見守ってほしい、という姉の意志です。それに押さえ込むのではなく正式な手順で解除すれば、エリオさんとの融合が解けて、彼女が戻ってくるかもしれませんよ」
「エリオが戻ってくるのか…?」
「あくまで可能性のひとつですよ。残念ながら、魔法を生み出す研究は成功しましたが、魔法を打ち消す研究は成功しませんでしたから」
「メレディア様。そんな不確かな情報で混乱させるのはよくないと思います」
「あら?さっきからずいぶんと彼のフォローに勤しんでいますね、システィ」
「そ、そんなつもりじゃありません!」
女性2人の会話がヒートアップしそうになったので、ハルトが止めようとすると、
「お話中、失礼いたします。」
扉を叩く音が一同の耳に聞こえた。
「どうぞ」
システィが入室を促すと、
「客人がいらっしゃいました」
屋敷の警備をしていたメレディアの側近、イリスが扉を開けて部屋に入る。イリスは一瞬、ハルトに視線を向けた後、再びシスティに視線を戻す。
「そうですか。ではちょっと行ってきます」
システィがイリスと共に部屋を出て行く。
「じゃあ、俺も明後日に向けてやることあるから帰るよ。メレディア様は今日までここにいるんでしたっけ。クラルのこと頼みます」
「あら、2人きりにさせちゃって大丈夫なの?かわいい顔立ちだから、ついつい襲っちゃうかもしれませんよ」
クラルは慌ててメレディアを見るが、意味深なウインクをして微笑み返されて、思わず身震いしてしまう。
「病みあがりなんだから、ほどほどに」
「大丈夫です。優しくしてあげますから」
クラルの顔がわずかに青ざめる。一方、ハルトは扉の方まで進むと、
「クラル。いろいろ言ったが、どうするかはお前自身が決めてくれ。どんな選択肢を選んでも俺たちは手伝うつもりだ。だから、お前が望む道を進んでほしい」
そう言葉を残して、ハルトは部屋を出て行った。クラルは窓に寄りかかり、ぼんやりと空を眺める。
「俺の望む道…。なぁ、エリオ。俺はどうしたらいいのかな?」
虚空に問いかけるも返事はない。
「さて…これからどうなるかしら。あぁ、最後まで見られないのが本当に残念です」
それは、耳をそばだてても聴こえないくらい小さな呟きだった。
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