第30話 夜港の戦い
日もすっかり落ちた夜。街の東にある港。
そこの一角で、ハルト、ミーア、イリスの3人は身を潜めていた。
「本当にここに来るのかい?街道から出て行く可能性もあるんじゃ…」
「そっちは目立つからな。一応、街の人たちに昼からチェックはさせてるが、それらしき影はないみたいだ」
南の森でセレナがいないことを確認したミーアは商工会長の屋敷にやってきた。そこで、セレナが誘拐されたことを確信したハルトはこの一件に潜む、地下酒場とそれを経営する商工会副会長に迫ることにした。
「副会長の方はリズさんが行くってたけど、一人で大丈夫なのかな?」
「助っ人を呼んだ…というか、勝手に助っ人が来るから大丈夫と言っていたから、まあ、なんとかなるだろう。あいつのことだし」
「どういうことなんだい、それは…」
というわけでハルトたち3人は、セレナを含め、何人かのアイドル志望の少女たちを誘拐しているであろう地下酒場の関係者が船を脱出手段に選ぶと考え、港で待ち伏せをしている。
この港では、頻度は少ないものの、夜も貨物船の発着が行われている。
「でも、僕たちがその脱出するタイミングを狙っているのも知っているんじゃ…?」
「たぶんな。こっちがそろそろ動き出すのも読んでいるだろう。午後にはちょっとした騒ぎもあったしな。あれほど大事にするなって言ったのに」
「それじゃあ、来ない可能性も…」
「いや、俺たちの存在を知ったうえでセレナを攫った以上、このタイミングを使って早急に動くはずだ。あっちも急いでいるだろうし」
「急いでいるって?」
「元々、セレナを誘拐しないとしても、ライブバトルが開催する明後日までには酒場をたたまなきゃいけないからだ。このバトルが終わった後、アムズガルドでの他のアイドルたちの活動が公に認められる可能性が高いってことは、あいつらも予想しているはずだ」
「そうしたら、女の子たちを働かせて商売が出来なくなるから、店をたたむってこと?」
「それに、その子たちが公に放たれたら、自分たちの悪事がばれるからな」
「静かに。やつらが動き出しました」
会話をするハルトとミーアを手で制して、イリスが向こう側を見るように促す。
一同の視線の先には、地面が扉のように開き、地下から大きな木箱を運び出す男たちの姿があった。
「地下室通路まで作っていたのか」
「行きますか?」
「そうだな。あれを乗せるわけにはいかない。じゃあ、ミーアは危険だからここに残っていてくれ」
「こちらとしてもそれが助かります。しかし、こんな危険な場所になぜ来たんですか?」
「なんか、成り行きで…。セレナちゃんのことも心配だったし」
「本当は店にいてほしかったけど…まぁ、いいだろ。よし。イリス、魔法で一気に行くから、しっかり捕まっていてくれ」
「恥ずかしいですが…わかりました」
イリスはハルトの腰に手を回して密着する。
「行くぞ!!」
コンテナをせっせと船に運ぶ男たちの前に突如として2つの人影が現れる。
「なんだっ?!」
と、驚きの声をあげた男たちに目にも留まらぬ速さで太刀が迫る。
「イリス、峰打ちで頼む」
鋭い太刀筋が空間を切り裂き、男の腹に食い込む。そのまま、男は後方に吹き飛ばされ、他の男たちに玉突きで衝突していく。
「よっ!」
ぶつかった男たちが手放した木箱を、高速で駆けるハルトがキャッチし、最小限の衝撃で済むよう、地面に放る。
「もとよりそのつもりだからいいですが、そういうことは先に言っておくべきだと思いますよ」
そう言うと、イリスは道端に放置された木箱の蓋を次々と割って中を覗いていく。
「ハルト、銀髪の少女はいませんよ」
同じく木箱の中を確認しているハルトに報告する。
「ということは…」
ハルトは港に停泊している船を見る。そのうち一隻が埠頭から遠ざかっていた。
「いくつかはすでに運んでいたってわけか」
「こっちは私が片付けておきます。ハルトは船に!」
「ありがとう…って、こっちにも」
港に散らばっていた他の男たちが2人の存在に気づいて集まってくる。
「ならば、ついでです。はぁっ!」
イリスは太刀を真一文字に倒すようにして構える。気合の声とともに体から紅色の閃光が放たれ、夜の港に怪しく光る。
「てぇい!!」
左から大きく弧を描くように太刀を振るう。しかし、2人に迫る男たちはまだ数mほど離れていて、太刀はただ空を切る。一瞬、驚いて止まった男たちもイリスの謎の行動に薄ら笑いを浮かべ、再び突撃しようとする。しかし、
「う、うぎゃぁぁぁっ?!」
突如、凄まじい風が吹き荒れ、男たちは全員が見えない棍棒に腹部を殴られたように体をくの字に曲げて、走ってきた方向へと四方八方に吹き飛ばされていく。
「相変わらず、女とは思えない豪快な一撃だな」
「褒め言葉として受け取っておきます。さぁ、早く!」
イリスが切り開いた道を前に、ハルトは左足を前にして前傾姿勢を取る。足元から蒼白い陽炎ような淡い光が立ち始める。蒼白の光は徐々に羽ような形となり、ハルトの両足に双翼となって顕現する。
「よし、行ってくる!」
右足を踏み出すのをきっかけに一気に走り出す。体が再び青く発光すると瞬時に加速、数秒後には人間の限界速度を超え、長い埠頭までの距離を一瞬で縮める。しかし、一方でエンジン動力の最新船もあっという間に遠く沖へと離れてしまっていた。その距離はすでに100mほどに広がっていた。
「くそっ!まだ体力が回復しきってない」
埠頭の最端に肉薄する。もう駆ける大地はその先にはない。
「頼む、届けぇっ!!」
そのままに海へ向かって跳躍する。ハルトの体は地を離れ、宙へと飛び立つ。高速走行の勢いを残し、人類の平均飛距離を軽々と越える。さらに、両足の翼が2、3度羽ばたき、ハルトの体を高く上げていく。そして、常人では到底届くわけもないその無謀な距離をどんどん縮めていく。
しかし、その大跳躍で船に近づきはしたものの、この軌道では船まで残り数メートルというところで体は勝手に落下態勢に入ってしまう。魔法による光も弱まり、足に生えた翼もすでに消えている。
「やばいっ…」
打開策は思いつかない。勢いまかせに飛び出したことを若干後悔する。重力によって夜の海へと体が吸い込まれていく。だが、諦めかけたハルトは足の裏が何かに触れるのを感じた。
「これは…」
まだ空中にいるはずなのに、両足がたしかに何かを踏みしめている。真下を見ると、緑色にぼやけて光る円形の足場に両足が食い込んでいく。一方、足場は踏んでいる両足を押し戻そうと、トランポリンのように反発しようとしている。
「いける!」
その足場が限界まで凹んだ直後、その部分が一気に押し上がり、ハルトの身体が再び夜空に上昇する。
加速の魔法でさらに勢いをつけて、そのまま宙へ。足りなかった距離を補って、ハルトはなんとか船に追いつき、甲板の上空から下降していく。
雷が落ちたような大きな衝撃音とともに、ハルトの体が船上に激突する。受身を取って衝撃を和らげ、ぐるぐると前へ回転して、船の先端付近でなんとか止まる。
「な、何が起きた?!」
船全体を大きく揺らす衝撃と轟音に反応し、船員の男たちが現れる。穴が開いた甲板といるはずのない突然の乗客に騒ついている。
着地したハルトはゆっくり立ち上がると、ふらつく体と震える足を両手ではたき、気合を入れなおす。
「はぁっ!!」
蒼光が瞬くと、先端にいたハルトの姿は甲板後方にいた男たちの前に出現する。
「なんだとっ?!」
男たちはハルトを敵と認識して攻撃態勢に入るが、態勢に入った直後に男たちは顎や腹部に強烈な一撃を浴びせられ、次々と昏倒していく。
「全然、見えないっ?!」
屈強な姿の男たちは反応もできず、ハルトの猛攻にただただ地面に倒れ伏す。
「この野郎!」
後から出てきた男の一人が剣を構えて現れる。両手で握ったその剣をハルトに向かって振り下ろすが、
「遅いっ!」
ハルトは懐から短刀を左手で取り出し、男の決死の一撃にぶつけて、片手の力だけで左に振り払う。がら空きになった腹部に右腕をめり込ませる。そのまま押し込んで男を吹き飛ばす。
たった数十秒で10人以上の男たちが戦闘不能となった。
「はぁ、はぁ…。セレナたちは…」
船上に怪しげな物は見当たらない。ハルトは近くにあった扉から船内に入り、階段を駆け下りて、船室を片っ端から調べていく。そんな中、客室の床に倒れる数人の少女を見つける。その中の1人にセレナがいた。
「良かった。無事だったか…」
他の少女も含めて皆、眠っているようだった。呼吸も整っており、顔色も良く、体には傷や痣もない。ハルトはほっと一息つく。
すると、遠くからガタンと音がした。セレナの姿に後ろ髪を引かれる思いだが、ハルトは部屋を出て、音がした船尾の方へ向かった。船尾部分では一隻の小型船が海に向かって開いた扉から、今にも出発しようとしていた。その船上には女が1人と、大小さまざまな麻袋が乗っている。
「ここまで来るなんて、さすが元勇者様ね」
闇夜に同化した漆黒のドレスに身を包んだ女は、長い髪を潮風で揺らしながら、不適に微笑む。
「そうか、黒幕はお前だったのか」
「久しぶり。あれから全然お店に来てくれなかったら寂しかったわ」
ハルトと対峙する怪しげな女は格好こそ店の給仕服とは違うものの、以前、地下酒場でハルトと話したことがあったあのウェイトレスだった。
なんだ、この感じは…
たしかに姿は同じだった。しかし、あの時には微塵も感じなかった。魔法発動のエネルギーである“魔力”が女の体から溢れ出ていた。
「もう少し稼げると思って街に残ってたら、まさか元勇者が4人もやってくるなんてね。早く出て行けば良かった。本当に私って運が悪くて困るわ…」
そう嘆く女の口はそれでも何かが愉快そうに笑みを浮かべている。
「でも、それにしてはあまり悔しくなさそうだな」
「そうみえる?なんて、まぁ、正解なんだけどね」
「どうせ、だいたいの金や物やはとうの昔に街の外に運び出していたんだろう?後は、人か…」
その時、船がゆっくりと動き出していく。逃げられる前に、と思い、ハルトは三度目の魔法発動のために魔力を集中させる。高速移動で船に飛び乗って女を倒すため、残りの力を全て使って、最大級の一撃を一瞬で叩き込もうと拳と両足を蒼く光らせる。だが、
「さぁ!来れるもなのなら、来てみなさい!」
女の言葉と同時に魔力が暴風となってハルトの体に突き刺さる。とはいえ、ただの風であるため痛みは感じないが、元勇者であるハルトでさえ、あまりの圧力に一瞬動きが止まる。
「これくらいで怯んでたま…っ?!」
その時、暴風とともに、膨大なまでの殺意の奔流がハルトに押し寄せる。それだけで精神的に押しつぶされてしまいそうなくらいの強大な意識の暴力だった。
今度は完全に静止してしまった。今の状態の自分ではこのまま突撃しても間違いなく殺される。あくまでハルトの特殊能力は魔法を感知する能力だけだが、この時だけは自分に襲い掛かる絶望的な未来のビジョンが予知のごとく脳裏に浮かんだ。
「賢明な判断だと思うわ。まだ、あなたには船にいる子たちを返すっていう大事な役割が残っているものね」
小型船が大きく傾く。そのまま、斜めになった床を下り、扉を越えて闇夜の大海原へと繰り出す。「じゃあ、明日のライブ頑張ってね。私も本当はあの子が前からほしかったんだけど…、仕方ないからあなたに譲るわ」
女はハルトに向かって軽く手を振る。そして、エンジンを積んだ小型船は大きく音を鳴らし、水泡を立ててあっという間に遠く離れていった。
「はぁ…くそっ、動けなかった…」
女の魔力はハルトが知る歴戦の勇者と同等かそれ以上に思えた。だが、魔力がほとんどなくなってしまったからとはいえ、自分の不甲斐なさと悔しさのあまり、床を強く殴りつける。
「あぁ…これは、リズとメレディア様に弄られるな」
ハルトは開いた扉へ入り込んでくる月光をぼんやりと眺める。その月の優雅さに少しだけ、疲れが取れたような錯覚がした。
「あれ、今日って何日だっけ?なんだかいろいろあり過ぎて、さすがに疲れたなぁ…」
時はすでに日付が変わり、勝負の日はもう明日へと迫っていた。
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