第31話 宴の前に

 街は明日に開催される人気アイドル・アスティナvs新米アイドル・セレナのライブ対決に向けて、会場設営や宣伝でにぎわっている。日を追うごとに街や周辺地域からの盛り上がりは高まっており、当日はかなりの集客になると予想されている。

 さらに、商工会ではいっその事お祭りにしてしまうということになり、音楽家や大道芸人などアイドル以外のパフォーマーたちも前座としてステージに出演する、街総出の大型イベントになっている。そのため、街中の飲食店や旅館も十分すぎるくらいの気合の入れようだ。


 十二時間前までこの街を揺るがす大事件が起こっていたこと、数年前からこの街に暗躍していた者たちが一夜にしてこの街からいなくなったことを、ほとんどの人たちは知らない。アムズガルドでは今までとほとんど変わりない日々が今日も当たり前のように続いていた。


「なぜ!ワタシばっかりこんな目にあうんだー!!」

「リズ、それはこちらの台詞なんだけど…」

「あはは…。仕方ないよ。人員不足なんだからさ」

 修道服という厨房に不似合いな服装で作業をしている2人のやり取りに、苦笑いするミーア。今回のイベントの実質的発案者でもあるハルトが営む喫茶店『アロウズ』も当然のごとく祭りで利益を得るため、イベント会場である中央広場への出店を目下準備中である。

「ちくしょう…悔しくて、涙が出てくるよ」

「タマネギによるものですけど」

 販売する商品の材料や容器などを整理するミーアの反対側で、山積みになったタマネギを刻み続け、両目から涙が溢れているリズと、刻まれたタマネギを一定量ずつ容器に移し、魔法で凍らせていく黒い修道服の女性。

「でも、リズさんが『アイドルを育てている』という話はハルトさんから聞いていたけど、まさかAランクアイドルのオリビアさんだったとは…」

「ふふふ、カリスマプロデューサーと呼んでくれていいよー」

「でも、結局のところ、たいして彼女のプロデュースをしてあげられなかったわけだけど」

「ぐふっ…それは言ってはいけない約束だよ…オリビア。曲目の用意と衣装の準備はしてあげたんだから、いいじゃんかー」

 オリビアと呼ばれた修道服の女性に無慈悲な一言を浴びせられ、リズはその場にうずくまる。

「曲の方は私も手伝わされたけど。さぁ、喋る暇があるなら、凹んでないでさっさと働いて」

「さすが、扱いが手馴れてるね…」

 ミーアは関心して頷いている。 


 オリビアは当初、勝手に教会から出て行ったリズを連れ戻すためにやってきたのだが、元勇者2人にうまいこと言いくるめられて、悪徳商人を捕まえたり、ライブの手伝いをさせられたり、出店の手伝いをさせられたり、と雑用三昧の二日間となっている。

「しかも、私の魔法を冷凍庫代わりに使うなんて…。いくら昔からの仲とはいえ、ひどい扱いだと思うんだけど」


 オリビアの魔法は『凍結』

 文字通り、人や物などを氷のようなものに包み、動きを止めることができる力である。さらに、この魔法によって凍らされたものはその間、時の流れが止まる。つまり、食材の場合は鮮度が保たれた状態でほとんど永久的に保存ができる。

「本当、歴戦の勇者様にこんな雑用させてしまって申し訳ない気持ちだよ」

「ねぇ、ワタシもその歴戦の勇者なんだよ」

「あぁ…そういえば、そうだったね」

 ミーアは厳しい言葉とタマネギの成分で泣いているリズを見て思わず笑ってしまうが、その直後、街の男たちによって運ばれてくる大量の材料を見て、自分も泣きそうになってしまった。



「結局のところ、事件は解決したということなのかい?」

「うーん、この街で起こったことは9割方解決したと思うよ」

 心が折れたリズとミーアは一旦気持ちを入れ替えるため、オリビアも交えて小休止を取ることにした。

「9割か。残りの1割は…」

「行方不明になった少女たち、だね」

 昨夜、ハルトとイリスの活躍によって、誘拐されかけていた少女たちの多くは無事に救出された。しかし、店で働いていた子のリストや客の話と照らし合わせた結果、2日前まで店で働いていた2名が見つかっていないことが判明した。

「命が無事だといいんだけど…」

 ミーアの声が沈む。

「手の込んだことをしてまで攫ったんだから、いきなり殺すなんてことはないはずだよ。まぁ、これでひとつの犯罪集団が少し明るみに出たわけだし、今後は各国がしっかり捜査してくれるはずさ。そちらにも任せてみよう」

 とはいえ、商工会の副会長のように取引している人物が他にいないとは言い切れないため、3人は純粋に明るくはなれなかった。


「ところで、セレナちゃんとエリオ…というかクラルさんだっけ、2人は大丈夫かな?」

「セレナちゃんはまだ飲まされた薬の影響か、ぐっすり眠ってるよ。疲れはかなり溜まってそうだけど、特別な異常はないから明日は大丈夫だと思う。あっちの方はシスティとハルトが部屋を出た後、どこかに行ったって、あの変人皇女が他人事のように言ってたよ」

「変人って…。メレディア様は一国の皇女様なのに」

 リズも十分に変人だ、という指摘は抑えておく。

「でも、戻ってくるのかな…」

「どうだろうね。まぁ、私としてはエリオが女装野郎じゃないとわかったから、女のままでいてほしいところかなー。ガードが固くて、まだ胸もお尻もまともに触れてないからさ」

「ねぇ、すがすがしいくらいの変態ぶりなんだけど。その人、元は男なんでしょう。いいの、それでも?」

「体が女性ならOK!」

 問いかけたオリビアが汚いものを見る眼で自分のプロデューサーを見る。

「その発言を聞くと、僕は気が気じゃないんだけど…」

 思わず身じろぎするミーアに対して、

「ミーアは簡単に触れそうだからイマイチ興味でないんだよね。それに、まだ16歳でしょ。後もう少し歳を重ねるか、セレナちゃんみたいに歳不相応なナイスバディになってくれたらねー」

「どうせ、僕はお子様体型だよ」

 ミーアは自分の体を見回した後、そう言って不貞腐れた。


 すると、階段がわずかに軋む音が聞こえた。2階からゆっくりと人が降りてくる。

「おっと、眠り姫のお目覚めかなー?」

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