第42話 小さな奇跡と大きな決意

「ねぇ。止めよう?」

「ダメ。絶対に止めないからね」

「でも……」


 教師が告げた日没のタイムリミットが刻一刻と迫る中、ライラはセレナを背負った状態で懸命に走っている。

「でも、これだとライラも間に合わなくなっちゃう……」

 ライラは返事をせず、ただひたすらに歩みを進める。しかし、当然ながらスピードは急速に下がっている。このままでは残り時間内でのゴールが出来ないことは一目瞭然。さすがに人を抱えた状態で走るのは体力の消耗も激しく、このままではライラのスタミナが保つかどうかも怪しい。

「私はセレナと一緒にゴールするって決めたから……。だから、どんなことがあってもそれは守る。もう自分に嘘はつきたくないから……」

「ライラ……」

 どれだけ辛くなってもきっと彼女の気持ちは変わらない。そう感じたセレナはこの状況を打開する方法を考えるが、まともな案は何も浮かんでこない。


 ――どうすればいいんだろう。


 こんな時に魔法が使えれば。


 ふと、セレナは考えた。

 昔、この世界を襲った魔人たちが使ったという不思議な力。そして、この世界を救った勇者たちが使ったという神秘の力。

 その力を自分も使えれば、この窮地を脱することができるかもしれない。などと、絵空事を夢見ているものの、そんな奇跡を起こせないセレナは悔しい気持ちで心がいっぱいになる。


 いつだって誰かに頼ってばかり。


 記憶を失った自分がここまで来れたのは、全部誰かのおかげ。どうして自分はこんなにもダメで弱くて情けないのか。


「セレナはきっとすごいがんばってきたと思うんだ。だって、Bランクアイドルとライブしたんでしょ」

 すると、少し振り返りセレナの浮かない顔を確認したライラが話を切り出す。

「どうして、それを?」

「これでも領主の娘だから。大きな街の情報や話題は勝手に入ってくるんだ」

「でも、アスティナさんに比べたら私なんて全然ダメだし。お姉ちゃんの力がなかったらちゃんとライブだって出来なかった……」

「私はそのライブを見ていなかったから、そのライブがどうだったかはわからないし、私はセレナじゃないから、セレナの気持ちもわからない」

 大粒の汗がライラの顔から零れ落ちる。少しずつ走る速さが落ちていることは背負われているセレナも感じ取っていた。それでも、彼女は諦めない。

「けど、人気アイドルと一緒に舞台に立って、大勢の人の前で歌った女の子がいるって話を聞いて、ここに入学することに不安だった私がすごく勇気づけられたことは知ってるよ。私がここに来れたのは、セレナの頑張りのおかげだよ」

「ライラ……」

「私はそんなすごく頑張り屋さんなセレナにこの学校で出会えて嬉しかったんだ。だからさ、早くゴールして私と一緒にアイドルになろうよ!」

 そんなライラの決意表明にセレナはうっすらと涙を浮かべ、

「うん……なろう!」

 そう答えて、強く頷いた。



 ――お願い、答えて


 セレナはもう一度強く願う。人の力を借りてばかりの私に、『セレナのおかげ』と言ってくれたライラの、


 ――私はみんなを応援したい。誰かの支えになりたい


 今まで自分を支えて応援してくれた人、これから出会う人たちの、


 ――ほんの少しだけでもいい。気づいてもらえなくたってもちろん構わない。


 私を知ってくれる全ての人たちの、


 ――力になりたいの。だから……!



「あっ……」

 セレナの輪郭が青い光をわずかに放つ。それは一瞬で消えてしまったが、セレナにはそれがなんだったのかが理解できた。

「あれ……?なんか、体が……」

 すると、それに合わせてライラが思わず言葉を漏らす。

「不思議……。なんだか体が軽い気がする。なんか今ならもっと走れそうなかも。うん!行ける、行けるよ、セレナ!」

 先ほどまで減速気味だったライラのスピードが徐々に加速していく。2人の体は風を切り、大地を駆ける。

「一歩進むごとに、どんどん前へ進んでいけるよ。不思議だけど、とっても気持ちいよ!」

「ま、間に合いそう?」

「大丈夫!まかせて!」

 みるみるうちに王都が2人に迫ってくる。セレナは太陽の沈むスピードもどこか遅くなったように感じていた。

 嬉しそうに走るライラ。セレナは今起こっていることが少し信じられず、どこか複雑そうな表情をしていた。


 ――これってやっぱり……。でも……



「……っと、そろそろこのままじゃいけないかも」

 王都の入り口に差し迫ったところで、ライラが歩を止める。

「セレナ、無理させちゃうけど、少しだけ走れる?」

「う、うん、大丈夫」

 さすがに、人が多い街中をこのスピードで走るのは無理がある。それにルール違反ではないが、背負われたままゴールというのは少し恥ずかしい。セレナはゆっくりとライラの背中から降りる。そのまま、再びライラの肩を借りて、街をゆっくりと進んでいく。

「あのね、ライラ。今のは……」

 速く走れた理由を知っているセレナはおそるおそるライラに話しかける。

「ありがとね、セレナ。きっとセレナが起こしてくれたんだよね、奇跡を」

 ライラはそんなセレナの不安を消し飛ばすように優しく答える。

「今は話すより走ろうよ。考えごとはその後。ゆっくりしてからでも間に合うからさ」

 セレナを支えるために胴に回していたライラの手が少しだけ強く食い込む。その腕の感触に支えられ、セレナはもう少しだけライラに体を預ける。


「見えてきた。もうすぐゴールだよ」

 2人の視界に学校の正門とグラウンドが入ってくる。グラウンドにはすでにゴールした他の生徒たちもいるようだ。

「絶対に明日筋肉痛だよね、これ。どうしよう、明日も普通にレッスンとかあるんだよね?」

「うん、きっと……私も心配」

「う~ん、先生は怖そうだし、これから大変そうだし、参ったね」

「でも、ライラと一緒なら乗り越えられそうな気がする」

「そう言ってくれると、頑張って走ったかいがあるなぁ。うん、私もそう思うよ」

「これから、よろしくね、ライラ」

 そう改めて、挨拶をするセレナ。そして、2人はゴールの正門を通り抜ける。

「こちらこそ、よろしく……」

 しかし、それに答えようとした瞬間、体から力が抜けたライラはセレナの体から手を離し、地面に倒れてしまった。

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