第41話 少女たちは荒野を駆ける
グランディアから約15kmほど離れた場所にある小さな町。
普段は王都を行き来する人たちがたまに休憩場所に使う程度で、人の往来は意外と少ない町だが、今日はそこに数十人の女の子たちが満身創痍の体で一時の安らぎを過ごしていた。
「ライラ、大丈夫……?」
「なんとか~。セレナは?」
「帰れるのかな……私」
「だ、大丈夫!2人で一緒に学校に戻ろう。2人ならやれるよ、きっと」
街の中心にある公園のベンチに座るセレナとライラ。日没に間に合う時間での往路達成はできたが、セレナは帰るための余力がほとんど残っていない状態だった。足が悲鳴をあげている。
「まだ間に合うから、今はちゃんと休憩を取ろう」
「そ、そうだね……」
一方のライラは息が多少乱れるものの、体力がまだ残っているのは容易に見てとれる。
「でも、ライラってかなり体力あるよね。すごいなぁ」
「うーん、とはいっても体力くらいしか自慢できることないよ。他のことは全然ダメだし」
セレナは周囲をぐるっと見渡す。あちこちで生徒たちが休んでいる。うなだれて座り込む姿や普通の人たちは
「そんなに自分を卑下しないで。ダメさで言ったら私だって……」
「もう、セレナだって卑下してるじゃん」
「ご、ごめん」
「よし!暗い話はここまでにして、あそこで売ってるアイスクリームでも食べよう?甘いものは女の子の大事な力の源だよっ。じゃあ、ちょっと買ってくるね」
足早に屋台の方へと向かっていくライラ。
「すごいなぁ」
セレナはライラの底知れぬバイタリティに感心する。
入学に推薦が必要なこの学校に入ってきた女生徒のほとんどは、そこそこ裕福な家庭で育ち、親から愛情を与えられて育ってきた者である。きっと、十分なトレーニングや日々の鍛錬をしていた子など一握りいるかどうかだろう。
そんな温室育ちの少女たちにとって、このレッスンはあまりにも過酷だった。まさに谷底に突き落とされた獅子の気持ちで、少女たちは帰り道という辛い現実に直面していた。
「あたし、もう無理かも……」
「どうする?諦めて逃げちゃおっか?」
「でも、親に怒られるなぁ」
「ここのレッスン相当きつそうだし、わかってくれるって、きっと」
向こうのベンチで話す2人の少女の声が聞こえてくる。家庭によっては、親が自分の家の名を広めるために娘をアイドルさせるというところもあるらしく、親の言いつけでここに来た子たちも少なくはない。
「……半端な気持ちで来るからよ」
セレナの前を横切った少女がすれ違いざまにそう呟いた。
「すごい……」
この距離を走ったというのに息の乱れもほとんどなく、歩き方も疲れている様子など全然見えない。ライラと同じくらいの体力量にセレナも思わず畏敬の念を口から漏らす。
「私だって、頑張らないと」
その少女の姿を見て、セレナの中で小さな火が灯った。
「あれ、何かあったの?ずいぶん真剣な表情だけど。もしかして、調子悪い?」
「ううん。大丈夫だよ」
「そう?それならいいんだけど。はい。これ、どうぞ!」
ライラが手渡したのは、我慢できなかったのか、すでに彼女がかぶりついているものと同じバニラアイスクリーム。
「これ食べて元気つけて、2人で帰ろう!」
「うん!」
甘くて冷たいアイスクリームをほおばると、セレナは不思議と力が湧いてきたような気がした。
少しずつ気温が下がってきたこともあり、復路はだいぶマシなものになっていた。それでも、往路の疲労が完全に取れたわけではないため、少しでも気を抜けば、あっという間に気力を持っていかれてしまう。
「つらくなったら、すぐに言ってね」
「うん、ありがとう。ライラ」
ライラの優しさに感謝しながら、セレナは疲労を紛らわすために、自分のことについて少し考えてみた。
――私って、何なんだろう?
さすがのセレナもこの街にやってきて、ハルトたちと会ってから自分の身の回りで起こったこと、自分自身に起こったことについて、何も思わずにここまで過ごしていない。ハルトたちを気遣って何も尋ねずにいるが、自分に関する何かを隠していることは薄々感づいていた。
――実は私はお姉ちゃんの本当の妹じゃなくて
そこまで考えて、その先の考えを頭から振り払う。自分はエリオの妹。真実がどうであろうと、これが事実なんだ。そう自分にいい聞かせる。
「ねぇ、ライラって、自分が何者なのか、考えたこと、ある?」
実におかしな質問である。普通の人なら『えっ?』とか『はっ?』の一言で聞き返すものだが、
「あるよ。たまにだけど、考えたこと」
隣で並走してくれるライラは何も聞き返さず、素直にそう口にした。
「なんで自分ってここにいるんだろうとか、なんで生まれてきたんだろうとか、なんのために生きてるんだろうとか。そんなこと考えてばっかり。もう、嫌になっちゃうよね」
真っ直ぐ前を見て話すライラ。たしかにゴールの王都がある方角を見ているはずのその目は、どこか違う目的地を見つめているような、セレナはそんな気がしてならなかった。
「ごめん。なんか、自分だけが特別なんだって思ってて私……」
「ちょ、ちょっと!急に謝ってどうしちゃったの、セレナ!?ごめんね。私こそ暗い話しちゃって!」
走りながらセレナの方を向いて、手をわたわたと動かすライラ。実に器用である。
「そういう考え方でも私はいいと思うよ。みんな特別で、でも、みんな特別じゃない。それでいいじゃん。そう思ってないとやっていられない時だってあるんだしさ」
「ライラ……」
「あーっ、もう暗い話はここまで!明るい話にしようよ。セレナってさ、本当きれいだよね。その銀髪とか、スタイルも。出てるとこ出てるし」
「そ、そうかな?普通だと思うよ。でも、レッスンやってて、少しは痩せたかな」
「はぁ……うらやましいなぁ。ちょっと、触ってみたいなぁ」
「あ……、う、うん。ほどほどなら大丈夫かな……」
「き、急に元気なくなったけど、どうしたの!?」
予想外なセレナの暗い反応に、慌てるライラ。
「少し前に、ちょっとね」
「そう、なんだ。いろいろあったんだね……」
同時刻、とある町の修道院。
「くしゅっ。うーん、風邪でもひいたかなー」
「私は誰かが噂をしていると思うんだけど」
「あー、私のことが恋しくてたまらない子とかかなー?」
無視して、院内の清掃を続ける黒い服の修道女。
「ちょっと、ちょっと!無視しないでよー」
「はぁ、面倒なんだから。そういえば、この前、また勝手に抜け出してどこに行ったの?」
「あ、あれね。ちょっと、セレナちゃんとの約束を果たしに。いやー、実に楽しかったよー」
白い修道服の女性は思い出を振り返り、顔を緩める。
「あなたのその気持ち悪い顔とは裏腹に、彼女の困った顔が目に浮かぶんだけど」
黒服の修道女は遠くの地にいる少女に降りかかった不幸を考えると、祈りをささげずにはいられなかった。
王都までの帰り道も3分の2を過ぎた。なんとか、日没までには間に合うと思っていたセレナとライラだったが、
「きゃっ!?」
そのわずかな焦りから、セレナが足をもつれさせて転倒してしまう。
「大丈夫!?」
「は、はい。なんとか……」
しかし、苦悶の色は隠しきれておらず、セレナの手は自然と足の方へ伸びる。
「ちょっと、見せて!」
セレナの右足のかかとは赤く腫れ、擦り剥けていた。
「大丈夫。ただの靴擦れだから」
原因はなんてことはない。入学のために新しく購入した運動靴だったから。ただ、それだけ。しかし、この長距離を走ったことによる疲労も重なって、看過できる傷ではなくなっていた。
「なにか応急処置できるものは……。というか、この状態じゃもう……」
ずっと前から我慢していたようで、擦り剥け方も相当ひどいものなっていた。脱がせた靴下には血が付着している。
「まだ、走れる……っ!」
「そうは言っても……」
あえて触れはしないが、セレナの足が疲労面でもすでに限界に来ていることはライラにもわかっていた。
元々、アムズガルドでミーアのレッスンを受けていたときから、セレナは体力の少なさを指摘されていた。それを克服するためにこの町に来るまでずっとセレナは毎日の体力トレーニングをかかさず行っていた。そのため、少しは改善されつつあったが、そんな発展途上中のセレナにとって、約30kmの道のりは過酷極まりないものだった。
――どうしよう。このままじゃ……
途方に暮れるセレナ。地平線の向こうに落ち行く太陽は無情にもその刻限が迫っていることを告げていた。
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