第3話 アンダーグラウンドの少女たち

「ここか」

夜、ハルトは街の路地裏に佇む、とある店の前にやってきた。店といっても、看板もかかっていないため、一見すると店とわからないような建物である。扉を開けると真ん中に地下へと続く階段が一つあるだけの、簡素なつくりになっていた。

「いかにも隠れ家って感じだなぁ」

階段を下り終えた先には少し錆び付いた鉄製のドア。ザワザワ騒がしい声と明るいリズムの音楽が扉のわずかな隙間から聞こえてくる。


昼間、この街にアイドルが他にいないか探していたハルトは物件を紹介してくれた不動産屋からこの酒場の存在を聞いた。どうやら一部の市民しか知らない店だという。


「それにしても隠しすぎだろ」

なにか違法なことでもしているのでは、と勘ぐりたくなる怪しさである。

ゆっくりと少し重たい扉を開ける。店の中は至って普通の酒場だった。立ち込める酒の匂い、人混みと喧騒、腕っぷしの強そうなウェイターと美女揃いのウェイトレス。

「あれは...」

店の奥にステージが見えた。階段2段分くらいの高さ、縦横5mくらいの小さな舞台。その中央に1人の少女が立っていた。赤と黒のチェック柄の上下を着ている少女はマイクを片手に歌を披露している。

もう片方にはステッキを携えて歌に合わせて、降ったり、回したりしながらパフォーマンスをしている。時折客席に投げキッスをしたり、手を振ったりと観客へのアピールやサービスに積極的だ。

 この街で商工業を営む男たちは少女のパフォーマンスに気持ち悪いくらいに表情が緩んでいる。

「あの子ってアイドルなのか?」

席に座るとメニューを持ったウエイトレスがやってきたので訪ねてみると、

「客じゃない人に話すほど暇じゃないのよ」

彼女はそう言って小さなメニュー表をすっと差し出した。それもそうだと思い、ハルトは果実酒を注文した。酒を飲んでも文句を言われない年齢ではあるが、習慣として身についてはいないので、さほど強くない。

「正確に言えばアイドルじゃないわ。あくまでパフォーマンスをする女の子ってくらい。ノウハウもないし、資格も持っていないし」

「アイドルに資格なんているのか?誰でも名乗れるものだと思ってた」

「最近、アイドルという立場を悪用して、町の人たちから金銭や物品を大量に貢がせたり、アイドル志望の子を騙すやつが現れてるの。だから、正式認可が必要な資格制度になったんだけど…」

「だけど、実際はうまく機能していないってことか」

「まぁ、設立数年の世界機関が1年前に急いで作った制度だから、効果のほどはお察しって感じね」

『世界機関』は魔王討伐後、これまでバラバラだった各国をまとめあげようとして、各国の王家などが作った組織なのだが、自分たちの都合の良いようにしたり、互いに利権を手に入れるため足の引っ張り合いをしたりと、良い仕事をしているという話はあまり聞かない。最近人気が急上昇しているアイドルに手を伸ばしたのは、アイドルが国民の意識や意思を操作する手段として有効なのを知ってのことである。

「まぁ、資格なんてなくてもアイドルを名乗るのは自由なんだけど。最近は規制も少しずつ厳しくなってきたから。資格を取るのもタダじゃないし、アイドルになりたくてもなれない事情も人によっていろいろある。だから、ここは憧れを胸に抱く子達が目一杯輝ける数少ない場所になってるの」

「なりたいものになるって大変だな、やっぱり」

開店直後から経営につまずいているハルトは共感したように頷く。


その後も数人の女の子たちがステージに上がる。それぞれが精一杯の様々なパフォーマンスを見せる。歌が拙かったり、ダンスがぎこちなかったりもするが、この場を楽しもう、みんなに楽しんでもらおうという想いみたいなものはステージから離れた席に座るハルトにも伝わってきた。彼女たちはアイドルではないらしいが、十分に人を寄せつける力はあるように思えた。


「誰か頼んだら店で歌ってくれないかなぁ...」

彼女たちに交渉できるタイミングがないものかと考えていると、ふとハルトの視線に2人の少女の姿が入った。

斜め前の席に座る彼女たちは2人して食い入るようにステージを見つめている。時折、曲を口ずさんだり、リズムに乗るように体を少し揺らしたり、周りの客同様にステージ上のパフォーマンスを楽しんでいた。

「余程アイドルが好きなのかな」

容姿はどちらも申し分ない。1人は肩ぐらいまでの金髪に、スラリと伸びた細く、それでいて健康的な体型をしている。目つきは少し強いが怖さは感じない。ちょっと凛々しい感じだ。隣の子は背中あたりまで伸ばした銀色の髪と大きめの胸が特徴的で、穏やかな優しい表情をしている。そこで、ふと頭中を何かがよぎった。

「あの2人、ほぼ毎日来てるわよ。いつもジュース1杯しか頼まないからこっちとしてはちょっと不満だけど、あなたみたいにあの子たちを眺めたり、たまにナンパするために来る客も少なくないから、重宝してるわ」

いつの間にか再びハルトの近くに先ほどのウェイトレスがやってきたので、思考はすぐさまそちらに移ってしまった。

「姉妹みたいなんだけど、実に仲睦まじいわよね。私の妹もあの銀髪の妹さんみたいにもっとかわいげがあればいいのに」

「ところで、なんで堂々と隣に座ってるんだ?仕事しなくていいのか」

「いいの。どうせ、これからしばらく誰も注文なんてしないから」

 ハルトがその理由を聞こうとすると、ウェイトレスはステージを指差した。ステージ上には少女が一人。袖やスカート部分のヒラヒラが目立つ黒一色の服を着た少女はスタンドマイクに手をあて、開幕の一声をあげる。

「さぁ、貴様ら。今宵も心して聞いていけ!」

 その言葉に客たちの声が号砲のように店内へ響き渡る。さっきまでとは比べ物にならない熱量だった。

「昼間のアイドルと同じくらいか…」

 会場の広さも集まっている人数もパフォーマンスの派手さも昼間に見たあのアスティナのライブの方が圧倒的だが、空間の熱量や盛り上がり具合はこちらも引けを取らなかった。

 歌は明るさもかわいさもない、激しいリズムと難解な歌詞。動きは少ないが曲の要所でしっかりとポーズを決め、歌と観客を盛り上げている。”かっこいい”という表現とも異なる、他のどの子とも全く違った独特のパフォーマンスだった。

「こりゃ、すごいな…」

 周囲の客が熱狂するのも頷ける。あの姉妹も立ち上がって惚けたように見入っている。初めてこの手の曲を聴いたハルトでももうステージから目を離せない、それほどの魅力を彼女は兼ね備えていた。

「また次の満月に会おう!」

肩にかけたマントを翻し、少女はステージから消えていった。

「彼女、毎週歌いにくるけどね」

ウェイトレスはそう呟いて仕事に戻った。

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