第2話 アイドル
音楽は街の中央広場から聞こえていた。辿り着いたハルトはそこに広がる光景を見て、思わず立ち止まる。
「これは…」
中央広場を埋め尽くすほどの群集。その中心にある舞台上に1人の女性が立っている。表情は妖艶さを漂わせつつも、それと相反するような純真さを備えた青い衣装を身に纏い、群集が生み出す熱量に全く引けを取らないほどの情熱を込めて歌っている。本来ならそれぞれが強烈すぎて混ざり合わないような彼女の個性は不思議と調和し、誰もが目を向けずにはいられない魅力を作り上げている。
周囲の人々は女性の歌声を浴びて熱せられたように歓声をあげ、女性の士気をさらに上げていた。女性もそれに応え、より一層強く大きく歌声を響かせる。
「あっつ…」
まだ、初夏の兆しも見えない日。暑いどころかもう夕方で涼しいはずなのに、なぜかこの場所だけは異様な熱気に包まれていた。観衆全てがあの女性に夢中になっている。この熱気はそんな人々から発せられるものだ。その熱に自分も当てられているのか、自然とハルトの顔からも汗が流れはじめる。
曲が終わり、ほんのわずかだが観客が落ち着きを見せる。その瞬間を狙って隣りの男性にこの状況を尋ねると、
「兄さんはこの街に始めて来たのかい?彼女はアムズガルド唯一のアイドルで、オーランド国トップ級のアイドルランクを持つアスティナ様だよ。今日は隔週に1度のアスティナ様のライブの日なんだ」
「あぁ、そうか、あれがアイドルか…」
『アイドル』は魔王討伐後に正式に誕生した職業のひとつで、主に歌や踊りなどのパフォーマンスで大衆を喜ばせる大道芸人みたいな仕事である。ただ、それと大きく異なるのは、アイドルになれるのは”女性”のみであること、その発言やパフォーマンスには摩訶不思議な力が宿るといわれていることである。地域によってはまるで女神のように崇められたり、権力者のごとく実権を握っていたり、為政者の権力誇示や軍隊の士気向上に使われたり、店やイベントのPRなどにも使われたり、と千差万別であるが、いずれにせよ、人々に特別な影響をもたらす存在となっている。
女性は客寄せパンダではないと、アイドルの存在やアイドルを支持する人に反感を持つ人もいるが、基本的にどの国も昔から男性優位で成り立っているため、ほとんどの人たちは平和という生暖かい空気に突如として吹き抜けはじめた美しい風にあっという間に魅了されていた。
それにしても、街中でパフォーマンスをするアイドルは旅の途中で何度か見たが、この盛況っぷりは尋常じゃなかった。この街の人たちがこういう娯楽が好きなのか、それとも壇上のアイドルが凄まじいのか。
「これだ」
ハルト自身はこういうものに疎いのか、歌や踊りのうまさは感じるものの、それ以上の高揚感みたいなものは感じなかった。しかし、これは店の立て直しに大いに役立つヒントだと思った。
「アイドルにパフォーマンスしてもらって、店を宣伝すればいいのか」
パッと思いついた解決案。だが、ここで一つの壁が立ち塞がる。
町民は壇上のアイドルを『この街唯一のアイドル』と言っていた。つまり、他にアイドルとして活動している女性はこの街にいない、ということになる。
「いや、きっとどこかにいるはず。少なくともなりたいと思っている人くらいは」
そう勇んであちこちで聞いて回ったが、結局アイドルどころか候補者すら見つかることはなかった。ただ、話を聞いていく中で気になる点があった。
皆、一瞬の間があいた後に、ややぎこちない感じで、『アイドルは他にいない』と話していた。
「だから、きっと…」
アイドルはどこかにいる。そう考え、ハルトはアムズガルドを隅々まで調べ始めた。
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