第39話 そして、これから

 平日の昼下がり。アロウズ店内。

 つい1~2週間前まで毎日、店は満員御礼の混雑っぷりだったが、その時と比べたら、幾分か客足が少なくなった。セレナとエリオの2人だけで何も問題なく店をまわすことができるほどに。

「まぁ、街全体がにぎやかになったんだし、良いことをしたと思えば…」

 

 セレナとアスティナのライブが開催された後、アムズガルドでは数年間、暗黙のルールになっていた『アイドル活動禁止』が、これまた暗黙の了解で自然と消え去った。そのため、街の飲食店や宿は地下酒場で働いていた子達を含め、アイドルに憧れる少女たちを“全うな条件”で雇いはじめた。それにより、今や街全体に一大アイドルブームが到来している。

 その立役者ともいえるセレナも人気ではあるが、他の子たちも地下酒場や過去にアムズガルドで評判を集めた少女たちである。簡単に人気を独り占めさせてくれるわけもない。

「私もがんばって早くアスティナさんみたいなすごいアイドルにならないと」

 なんて、それでも気合十分でしっかり仕事をしているセレナは見ていると、下手に天狗になってしまうよりは、これで良かったのだろうと思えてくる。

 前回のライブも大差で負けてしまったが、観客の声を聞くと、『決めるのが難しかった』という声も多かった。今回はトラブルやサプライズもあり、単純評価できない部分があったとはいえ、Bランクでこの街で不動の人気を持っていたアスティナから2割も票を奪えたのなら十分すぎるところでもある。



「しかし、それ以上にこれは困ったな…」

 ふと、ハルトは先ほど届いた一通の手紙をこっそりと見返す。その手紙の送り主はメレディア・アイシーラ。海の向こうにあるアイシーラ聖教皇国を統括する皇女である。

 そんな権力者で高い身分を持つ彼女が元勇者とはいえ、一人の成年にわざわざ直筆で手紙を送ったのには、ある理由があった。



 1週間前。


 ライブの勝敗結果に会場中が湧いている頃、ステージ裏では魔王の残滓らしきドラゴンと一戦を終えたハルトは、オリビアとイリスに、セレナが魔王であると疑ったその理由を口にした。

「3年前に見たんだよ。魔王の城でドラゴンとなった魔王が俺たちに敗れた後、魔王がセレナと瓜二つの姿になって息絶えたのを。地下酒場で最初にセレナを見た時はそのことを思い出せなかったけどさ」

「それならば、彼女は本当に魔王だったというわけですか…。正直な話、私としてはこのまま彼女を放っておくわけにもいきませんが」

「でも、セレナちゃんは魔王が討伐される前から、本当のエリオと一緒に暮らしていたわけでしょ?しかも、魔王が死んだ時はエリオと一緒にいたわけだし、遠く離れた場所にいたわけだから、入れ替わるってこともなさそうだけどね」

 先ほどまで椅子に座り、疲れ果てていたリズが話に加わる。

「彼女が本当に数年前に脅威となった魔王と同一人物か、その真偽が不明だとしても、あの力は紛れもなく恐れるべきものです。メレディア様ならすぐに悪いようにはしませんから、彼女の身柄は…」

「その気持ちもわかるんだが、セレナはこのまま俺に預けてくれないか」

「まぁ、そうくると思ったわけだけど」

 腕組みしているオリビアがため息をつく。

「本気、ですか?」

「セレナは本気でアイドルをやろうと思っているし、俺もセレナならやれると思うんだ。だから、その夢を応援したい」

「しかし、ハルト…」

「それに、もしセレナが魔王でその記憶が蘇ったとしても、今のセレナとしての人生の方が良いと思えれば、また侵略しようだなんて考えることもないと思うんだ」

 無茶苦茶なことを言っている自覚はある。それでも、ハルトは2人の目をそらさずに自らの決意を伝える。

「なかなかに楽観的な意見だとは思うけど」

「私たちも彼女の命をどうこうするつもりも、人体実験にかけるつもりも、毛頭ありませんから、彼女がいて一番安心できる場所にいさせてあげるのが、一番いいのかもしれませんね」

「ありがとう。恩に着るよ」

「いやー、イリスも人が悪いよね。実はハルトを信頼しているから、わざと意志を確認させるように言ったんでしょ」

「そんなことではありませんっ!それに、ちゃんとサポートと監視もしますので、その点は留意してください」

 と、その場はなんとか説得させることができたわけだが。



「ハルト。それはなんだ?」

 エリオが手紙に気づく。

「メレディア様から、年明けに開かれるイベントにセレナを出演させるようにお達しが来たんだ」

「一国の主が主催するイベントか。勇者の人脈はすごいな」

「お前の妹がこれに出るんだぞ」

「わかっている。実に鼻高々だ」

「全然変わらないな…お前」

 むしろ、エリオに“戻り直した”ことでさらに、姉バカに磨きがかかっているようだった。

「“本人”はこれ以上だったが」

「嘘だろ…」

 回想から、わりと普通な姉だと思っていたが、そんなハルトの想像も崩れていった。


「ところで、そのイベントはアイドルとして出るということなのか?」

「あぁ。しかも、このイベントはアイドルランクを持った者しか出られないんだ」

 つまり、それまでにセレナにランクを保有させろ、ということである。しかも、この手紙にはそのほか厄介な出場条件や、それとは別の用件なども盛り込まれていた。つまり、手紙の内容としては、『セレナに関することで私にネチネチと責められたくなかったら、やることやって、私を満足させなさい』ということだ。

 出られなければ、セレナを預かるという脅し文句が書かれていなくても、その意図があることは読める。他人の弱点を見事に突き、自分の楽しいことをする。それが、皇女の厄介な趣味である。

「でも、どうする?アイドルランクを取るには試験の合格が必要なんだろう。簡単なものではないと聞いているが…」

 頼みの綱のリズやオリビア、ついでにイリスも、ライブが終わった後、自分たちの街や国に帰っていった。頼みの綱のミーアも本格的にこの街で暮らすため、一旦故郷に帰っている。

「たぶん、それは問題ない。あの人のことだから、その辺もすでに…」



 すると、店の扉が開いた。姿を見せたのは、この街のアイドル・アスティナ…ではなく、その正体である商工会長の娘・システィだった。

「こんにちは、システィさん。まさか、システィさんがこの店に来てくれるなんて」

 新たな客の来店にウェイトレス姿のセレナが接客する。

「前々からこの店のメニューには興味がありましたから。でも、今日の目的はこの店じゃなくて、あなたです。セレナ」

「えっと、私ですか?」

 システィは一枚の紙を広げ、セレナに見せる。

「『アイドルスクール推薦証』って、なんですか?」

「セレナ。これから半年間、あなたは学校に通ってアイドルランクを取るための勉強をしなさい!そして、試験に合格して、アイドルランクを手に入れるのです」

「アイドルになるための学校なんてあるんですか?」

「えぇ、実力も評判も十分の学校です。王都にありますから環境も整っていますし」

「王都ってここから結構離れていますよね?」

「馬車でも一日はかかる距離です。でも、寮が用意されていますから安心してください」

 その時、エリオのショックの受けた顔は、写真に収めたいくらい悲哀に満ちたものだったという。ハルトはそっとエリオの肩を叩く。

 一方、セレナはというと期待に胸を膨らませていた。

「学校か…。楽しみだなぁ」


 果たして、どんな未来がセレナを迎えるのか。



 第一部 完

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