第38話 終演 はじまりの一歩

「はぁ…疲れた…」

「ワタシもだよ…」

 ステージ裏側。先ほどまで、アスティナとセレナが座っていた椅子に座り、疲労困憊な様子のハルトとリズ。

「それで、先ほどの話の続きなんだけど」

「ええ。私としても非常に気になるところですね」

そのハルトを仁王立ちで詰問するイリスとオリビア。想定以上に苦戦した戦いだったはずなのに、2人はまるで疲れを見せていない。恐るべき体力と回復速度である。

「セレナのこと、やっぱり話さないとダメだよな?」

2人の鋭い視線から目を逸らしてたずねる。

「これだけ手伝わせておいて、真相を話さないと…」

「魔王を倒した元勇者の氷像を造ってみたいな。きっとすごく美しいと思うんだけど」

愛剣の柄に手を携える動きを見て、ハルトは観念する。

「えっと、まぁ、つまりだな…」



 一方、 祭り会場は1時間前と全く同じ賑わいで、約3000人の観客がこの日最後のイベントを待ち構えている。

 ステージ上には既に先ほどパフォーマンスをした2人が並ぶ。胸の前で両手を合わせ、祈るように目をつぶってその時を待つセレナ。

 一方のアスティナはいつも通りの冷静な表情をそのままに、すらりと背筋を伸ばした姿勢で佇んでいる。

 そこに、本人曰くトレードマークである赤と黒のシルクハットをかぶり少年っぽさを全面に出した衣装を着たミーアが現れる。

「みんなー!今日のライブは楽しかったー?」 

 観客たちは盛大な歓声と拍手でレスポンスする。あちこちにミーアのファンもいるようで、突然の登場に一際大きな声援を届けている。

「さて、どちらも最高のライブを披露してくれたわけだけど、今回はライブバトル。どちらのライブがより魅力的で素晴らしかったか、それをここにいる大勢のお客さんたちの投票で決めなければならないんだ!」

 懐から二つ折りにした紙を一枚取り出す。

「ここに勝者の名が記された大事な紙があるんだ…というわけで、いよいよ運命の時間だよ。今回のライブバトル、勝者は…」

 ミーアが紙を開くと会場にはドラムロールの音が鳴り始まる。まるでここにいる全ての人たちの鼓動を表すかのようである。


「お願い…。頑張ってくれた皆のためにも…」

 緊張で手が震えるセレナがそれを止めようと強く手を握り締め、そして、願う。

「願って、どうするの?」

「え…?」

 そんな中、アスティナが真正面に顔を向けたまま、表情を変えず問いかける。

「あなたが何を思ってもすでに結果は決まっている。それなら祈るなんて、この上なく無駄なことじゃない」

「で、でも…!」

「あなたの姿を見に来てくれた人たちは、あなたが俯いて祈っている姿が見たいと思う?」


 ドラムロールが鳴り止む。


「…アスティナだー!!」


勝者の名を告げ、観客が興奮に沸き立つ。約三千の投票の内、8割近くをアスティナが占める結果となった。単純明快で圧倒的な差がそこにあった。


「負けちゃった…」

 セレナは勝利を告げられても一切姿勢を崩さないアスティナを横目で覗く。アスティナの口元がほんの微かに、隣に立つセレナですらも偶然気づいたくらいに僅かだが、笑顔を見せていた。セレナはその誰も気づかないほどの微笑の意味を考える。


ーそっか、嬉しいんだー


彼女の視線はこのステージに立った時からずっと観客に向けられていた。


ー勝ったことに、じゃなくて、みんなが楽しく笑っていることがー


 アイドルがキラキラと輝けるのは、美しくステージに立つことができるのは、見てくれる、応援してくれる人たちがいるから。それは人気のある人も、まだこれからの人たちも須らく皆平等に。

 ならば、負けてしまった自分ができることは?


「…そんなの簡単だよね」



「ん…?」

 会場から聞こえる観客たちの拍手に混じって、一際大きく手を叩く音がアスティナの耳に入ってくる。音がする真横を見ると、今日の宿敵がすっきりとした爽やかな笑顔で彼女を称えるための拍手を打つ鳴らしていた。

「おめでとうございます!」

 負けたからといって悔しがらず、共に演じてくれた相手を心から祝う。その答えに少し驚いたアスティナは、近くにいる人にしかわからないくらいに、また小さく笑って、セレナが気づくよう客席に指を向ける。

「半分正解。でも、半分はずれ」

「えっ?」

 なにが半分なのかよくわからず、セレナはアスティナに促されてその指先の光景を見る。


「あっ…!」

 会場の光景を見たセレナは、アスティナの言葉の意味を知った。

「みんな…」

 観客の拍手は最初から、アスティナに向けられたものだけではなかった。全ての観客たちはその目で確かに2人の姿を見ている。この拍手は勝者を称えるものではなく、楽しい時間を作り上げてくれた2人への感謝の気持ち。

「私からも、ありがとう」

 鳴り止まない拍手喝采の中で、ふと、アスティナがセレナに向かって右手を伸ばした。

「この感じ。久しぶりに感じることができた。あなたがアイドルになってくれたから」

「私、アイドルになれたんですか…?」

 すると、アスティナがすっと近寄り、耳元で小さく囁く。

「当たり前じゃないですか。ぜひ、これからは私“たち”の良き友であり、ライバルになってくださいね。新米アイドルさん」

 その言葉を受けて、瞳から涙が溢れ出したセレナは感極まって、握手を求めたアスティナに抱きついて返事をした。

「はいっ!これからもっ、よろしくお願いしま…う、うぅ…ぐずっ」

「…さすがに、涙でぐしゃぐしゃになった顔はお客さんに見せられませんね」

 やむを得ず抱きしめ返すという、普段はしないような優しさ溢れるアスティナのパフォーマンスに一同はさらに大きな拍手を贈るのだった。



 そして、全てのプログラムが終わり、2人は舞台から去っていく。


「セレナちゃん、お疲れさまー」

「最高のライブでした。生で見られなかった姫殿下に後でたっぷり自慢しておきます」

「良かったけ…、けど、じゃない。良かった」

 セレナが階段をゆっくりと下りると、そこには3人の頼もしき女性勇者たちと、

「おめでとう。やっぱりセレナは私の最高の妹だ」

 どんな時でも頼りになる最愛の姉と、

「これからはセレナが立派なアイドルになれるよう、一緒に頑張ろう」

 影ながら助け、支えていた自分の未来のプロデューサーが待っていた。

「皆さん、ありがとうございます。私、がんばりま…ぶふ!?」


 お礼を述べようとしたが、突如、顔面にタオルを投げつけられるセレナ。

「空気読めなくてごめんねっ!でも、急いでセレナちゃん。これからもうひと仕事あるから」

 タオルを投げたミーアが舞台袖からセレナを手招きする。

「もうひと仕事?」

「この声、わかるでしょ?」

「あっ…」

 傍らには既に水分を補充して、準備万端なアスティナ。

 そして、会場から聞こえるのは、2人の再演を期待するアンコールの声たち。

「アイドルとして始めての仕事だな。大丈夫か?」

 セレナの肩を軽く叩くハルト。セレナは顔を濡らした涙をきれいに拭う。

「もちろんです。いってきます!」

 そして、2人のアイドルは再び、ステージへと上る。


「ところで、アンコールの曲だけど…」

「こういう大事な場面なら、この前のライブでも歌っていたアスティナさんの人気曲ですよね!大丈夫です。あれから、ずっと口ずさんでいましたから。振りはうる覚えですけど…」

「なるほど。だから、あの人たちも『もし、2人で歌うならこれで』って言ってきたわけか。それと、私のことは呼び捨てでいいって…」

「私、なんかそういうタイプじゃないので、このまま呼ばせてください。あなたに負けないくらいのアイドルになったその時に、でいいですか?」

「えぇ。待ってる」

「はい。必ず追いつきますから」

 とめどなく聞こえる歓声。夜空一面には星が煌き、月が優しく大地を照らす。頼れる仲間と大切な人たちと、初めて出来たかけがえのない友と一緒に、少女はアイドルへの階段を一歩ずつ登る。

 どんな苦難が待っていようとも、どんな運命にぶつかろうとも、決して後ろに下がりはしない。たとえ、記憶がなくても、自分が本当は何者なのかわからなくても、待ってくれる人がいる。傍にいてくれる人がいる。

「だから、絶対に大丈夫だよ」

 

 ここから少女は輝きはじめる。その向こう側を目指すために。

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