第37話 幕間 音と時と空
右胴、左胴、首、羽。巨塔のように聳え立つドラゴンに刃を突き立て、着実にダメージを蓄積させていく。短刀である以上、深くに傷つけることは出来ない。長剣を使えばそれも可能だが、あのドラゴンは硬い皮膚を持っている。高速移動による勢いで強引に切り裂く以上、力が加えやすい短刀でなければ、この連続攻撃は難しい。
イリスとオリビア、そして、ハルトによる波状攻撃で敵に攻撃させる暇を与えない。女性2人も元勇者たちの中でも屈指の実力者なので、ハルトにとっては非常に心強い。
それに加えて、ドラゴンの強さそのものが3年前のそれと比べて数段落ちていることもこの相手の攻撃を避けながらの連続攻撃が成立している理由である。両腕を落としているとはいえ、ドラゴンの攻撃パターンは火炎の息吹と、圧縮した空気を放つ空気弾しかない。3年前だったらこの数倍の攻撃方法と、鋼のような肉体を持っていたため、こうはいかなかった。
「むしろ、3年前、よく倒せたな…」
あの時は、パーティの他4人も桁外れの力を持っていたから、というのが勝利の理由として大きい。
「まぁ、俺の魔法が陳腐なものに感じてしまうくらい、だったからな」
そして、この優位な状況を生み出せているのは、セレナが魔王としての記憶を失っていることがとても大きい。リズの魔法は対象が持つ思い出や記憶の量がその効果に比例する。もし、セレナに魔王としての記憶が残っていたとしたら、相当厳しい戦いになっていたに違いない。
「それでも、早いとこ決めないと…」
この状況を作り出せているイリスとオリビアの魔法も永遠ではない。集中力が必要である強力な魔法の維持を戦いながら行うのも至難の業のはず。それに、最終的にあのドラゴンを抑えるのも二人に任せることになるので、時間的に手間取っている場合ではない。
「はあぁっ!!」
「はっ!」
一方で、イリスとオリビアは勝負を決めるために弱ったドラゴンの首へと跳躍する。しかし、とどめの一撃となる剣先がもう少しで触れる距離まで迫った時、胴体から切断したはずの部分から大樹のごとき巨腕が生え、肉薄する2人の体を捕らえる。
「うそ、再生した…?」
身動きが全く取れなくなる2人。ドラゴンの強靭な握力が捕らえた獲物を握りつぶそうと力を込める。
「う…ぐぁっ…」
抵抗できず、苦悶の表情を浮かべる。2人の勇者。
「ちょっと、これはまずいんじゃないかなー」
イリスが作り出した空間と、オリビアが作り出した黒い箱にヒビが入る。2人の魔法の効果が切れようとしている証拠だ。
「ハルト。もうアレで決めるしかないね」
「わかった。準備は出来たから、頼む」
リズの魔法が発動し、ハルトの体を白い光が再び包み込む。消費した魔力が再び体内に充填されていく。
今からハルトが使うのは、前の魔獣退治でも使用した音速での攻撃である。音速に加速する魔法はある程度、段階的に加速して体を慣らす必要がある。通常の人間なら到底不可能な出力を叩きだせる凄まじき威力の技となるのだが、即座に発動できないの部分が難点のひとつである。
「行くぞっ!!」
そう発したときにはすでに、ハルトの右腕がドラゴンの顔面に深くめり込んでいた。さらに、ハルトが放った攻撃による衝撃波にで巨体が大きく揺れ、2人を握り締めていた両腕も少し揺れる。
「…はぁっ!!」
鰐のように尖った口の上に立ったハルトは、そこから軽く飛び跳ねて音速の拳で追撃する。眉間と頭部に大抵の生物なら粉々に砕けてしまうくらいの猛烈な打撃を加え、さらに落下のスピードを魔法で加速させて、上あごに落雷のごとく鮮烈な蹴りをお見舞いし、その凶暴な顔を完膚なきまでに歪なものへと変化させる。
ハルトは、ドラゴンから解放された2人がなんとか地面に着地するのを、蹴った反動で宙に浮いた状態で確認する。そして、視点が定まらず昏倒しそうなドラゴンの無防備な首元まで降下したところで、右足を振りかぶり、三度、音速を遥かに超えるスピードで一撃を叩きつける。衝撃音とともに、右足はドラゴンの首を鎌のように切り裂き、頭部を胴体と分断させる。
「2人とも、頼む!」
ドラゴンから感じる魔力が一気に弱まったことを感知したハルトは、地上で構える2人に呼びかける。すると、2人の両腕から真紅と漆黒、二色の光が放たれる。真紅の光はセレナを閉じ込めている黒い箱とドラゴンを切り離し、黒い光はドラゴンの心臓部分に突き刺さる。
宿主と切り離されたドラゴンの胴体は黒い靄へと戻っていく。それを確認したオリビアは即座に黒い箱に近寄ってそれに触れる。その瞬間、黒い箱は姿を消し、オリビアは箱から解き放たれたセレナを肩に担ぐ。
「さぁ、ここから抜けますよ!」
その言葉と同時に、4人は一心不乱に駆け出し、黒い靄からどんどん離れていく。先頭に出たイリスが手を翳すと目の前の光景が突然、赤色に染まる。そのまま直進し、視界を覆いつくす赤き世界に飛び込んだ直後、4人は先ほどまでいた中央広場の北側に戻ってきていた。
「成功、でいいのか?」
「その子から、何か魔力は感じますか?」
「いや、全然」
「それならば、とりあえず成功ということで問題ありませんね」
イリスの言葉を聞いて、一同はほっと一息つく。張り詰めていた空気も一緒に解けていく。気を抜くと思わず地面にへたり込んでしまいそうだが、そこは必死に我慢している。
「あのさー、今回の、ドラゴンの魔力を分断・封印して、完全に隔離された空間に閉じ込めるって作戦だったけどさ。下手したら、あの場所にワタシたちが置き去りにされる可能性って十分にあったんだよね?」
「そう、ですね」
「なるほど…。いやー、この方法はもう二度とやりたくないね」
「考案しといてなんだが、その通りだな。すまん」
ハルトは3人に頭を下げる。
「そんなことより、そろそろ時間なんだけど」
なかなかの大仕事を軽々しく『そんなこと』と評したオリビアは頭上にある時計を指差す。
「相変わらず、あなたはタフなんですね」
「そちらこそ」
互いを褒めあっているように見えるが、2人とも顔は笑っていない。妙な対抗心をどうでも良いタイミングで発揮させている。
「もう、そんな時間かー。さて、眠り姫を起こして、お城に帰してあげないとね。で、今日はどんな言い訳でいこうか?」
リズは戦いなどなかったかのようにすやすやと吐息を立てて眠る少女の頭を優しく撫でる。
時計の針は対決の結果を発表する時間の訪れを指し示していた。
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