第15話 ひとつ屋根の下で
「ただいまー」
「あっ、ハルトさん。お帰りなさい」
店に戻ると、もうかなり遅い時間にも関わらず、セレナとエリオが残っていた。
「ようやく戻ってきたね、ハルト。さ、ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」
「お前は女の子にしか興味ないだろうが」
リズのボケを一刀両断するハルト。
「失敬なー。ワタシは別に女の子しか愛せない人間じゃないんだよー。単純に女の子の方がカワイイ生き物だからついつい優先して愛でたくなっちゃうだけだってば」
「セレナ。こんな時間までいてくれたのか。ということは、エリオも?」
「はい。気づいたらいなくなっていたので驚きましたし、私たちの話で迷惑かけてしまったのかなって不安だったので…」
申し訳なさそうなセレナの頭をハルトは優しくポンと叩く。
「ハ、ハルトさん?」
少し照れるセレナ。
「いや、こっちこそ不安にさせてすまなかったな。ちょっと大事な協力者を呼びに行ってて」
「協力者?」
「なんだ、ハルト、ようやく戻ってきたのか」
そこに2階から降りてきたエリオもやってくる。風呂に入っていたようで、タオルで長い金髪を拭いている。自分の家じゃないのに完全にくつろいでいた。
「ちょっとー、ちゃんと説明したのにスルーはないんじゃないかな。でも、ということは、うまいこと言ったというわけだね。さすがハルトはワタシと同属性だけあるねー」
「一緒にするな。じゃあ、紹介するぞ」
そうい言ってハルトは扉を開ける。
「し、失礼します…」
「あれ?も、もしかして、ミ、ミーアさん!?」
「な、なんだと!?」
おそるおそる店に入るをミーアを見た姉妹は驚きのあまり固まっている。
「あの店に通いつめていた2人なら知っていて当然か。彼女は明日から一週間、セレナを特訓してくれる2人目のコーチとして俺たちに協力してくれる。それと、今日からこの店に住むことになった」
「はじめまして、ミーアです。よろしくお願いします!」
深々とお辞儀をするミーア。
「ミーアさんが私のコーチをしてくれるんですか…!?というか、この店に住むって、ど、どういうことなんですか!?」
今までにないくらい大きな声で叫ぶセレナ。
「あ、あぁ。前々から彼女とは話をしていてさ。今回はたまたま相談したらOKをもらったんだ。アイドルランクも持ってるし、ダンスの動きはキレがいいし、観客へのパフォーマンスもうまい。セレナは緊張するタイプだし、男性が苦手そうだから、とてもいいコーチになると思う」
「ランクといっても一番下のFだけどね。話はハルトさんからいろいろ聞いたよ。お父さんの説得、大変だと思うけど、僕もアイドルの端くれとして同じアイドルを目指す子達に協力したいんだ。だから、よろしくね」
「お父さんの説得…?」
なんのことだかよくわかっていない姉妹2人にリズがすぐさま近寄り、『詳しくは後で話すよっ』と耳打ちする。セレナは?マークを頭に浮かべたまま。エリオは苦い顔で『面倒なことにするなよ』と返した。
「…って!私が気にしてるのは、それだけじゃなくて!さっきの話だと、ミーアさんはハルトさんと一緒に暮らすってことですよね?」
「まぁ、そういうことになる。といっても、2階は何部屋かあるからもちろん別室だ」
「で、でも、若い男女2人が一緒の家で暮らすなんて…」
困り慌てる素振りを見せるセレナ。
「ミーアもあまり持ち合わせのお金がないみたいでさ。セレナのレッスンもあるし、とりあえず一週間はここで暮らしてもらおうとこちらからお願いしたんだ。レッスン料はいらないって言うから、せめてそれくらいは、と思ってさ」
「大丈夫、大丈夫。ハルトはこう見えて、いや、見ての通りチキンだから。それに今日からワタシもここで暮らすし、問題ないでしょ」
「まぁ、リズさんが一緒なら…って!?リズさんもハルトさんの家に住むんですか!?」
「ふふっ、セレナちゃん、なんか急にテンション高くなってきたねー。うんうん、元気なのはいいことだと、お姉さんも思うよ。だってさ、ワタシだって宿代がもったいないし、ハルトのご飯すごくおいしいから、この家に厄介になりたいんだー。今日の夕食は仕方ないからワタシが作ってあげたけど、明日の朝食からはよろしく頼むよー」
「約束だからな。そこは守る」
「ということなんですよー」
ニヤニヤしながら、混乱するセレナの顔を意地悪そうにみるリズ。エリオはコロコロ表情を変えるセレナをどうしたらいいかわからず、何もできずに隣に立っていた。
「そ、そういうことなら…」
すると、セレナは椅子から勢いよく立ち上がり、
「私たちもこの家で暮らします!」
と高らかに宣言した。
隣で顔を抑えるエリオと、ぽかんとした表情のハルト。
「これは面白い展開になってきたねー。まぁ、予想してたけど」
そして、リズは新しいおもちゃを見つけたような実に楽しい顔をしていた。
「じゃあ、ワタシとミーアちゃんはこっちの部屋で、姉妹はそっちの部屋ねー。あっ、ハルトが間違えて部屋に入っても家主だから、ワタシは怒らないよ。安心してくれー」
ハルトが遅めの夕食を食べている間に、セレナ、エリオ、ミーアの3人は各自、宿から自分の荷物を運んできていた。といっても、3人とも旅人なので女性にしては軽装の部類に入る。
「本当にみんな荷物が少ないんだな」
「旅は軽装が基本だからな。必要な物は現地で安く揃えてそのまま処分して身を軽くしていくんだ」
そういえばそうだったなと、自分が料理修行とレシピ集めのために各地を回っていたことを思い出すハルト。
喫茶店『アロウズ』の2階は部屋が4つと浴槽・脱衣所が1つずつという構造になっている。4部屋のうち1部屋は更衣室兼物置で残り3部屋を5人に割り振ることになった。この店の前の所有者は2階を宿として経営していたらしく、各部屋にベッドが2台ずつ用意されていたのは幸いだった。
「なんか、急に賑やかになったな」
アイドル好きのセレナは早くもミーアを質問攻めにしている。内心はエリオも興味津々のようで、3人仲良く部屋で話している。昼の深刻だった雰囲気もなくなり、いつも通りの2人に戻っていた。
「そうだね。しかし、あの理由とこの理由だけで受けてくれるなんて、本当にあの子はお人よしなんだねー」
「さすが悪知恵をはたらかせたらナンバーワンのお前が考えた案なだけはある」
「ありがたく褒め言葉として頂戴しておくよー」
軽口で返事をしたリズは少し表情を冷静にして、腕を組む。
「でも、これでまた厄介事に首をつっこむことは確定事項になったね。この3人がここにいるってことはそういうことだよ」
「それはあの2人をこの店に雇った時点である程度想定していた。セレナ、それにエリオもその資質は十分あるってあっちも思っているだろうから、いずれ狙ってくることも」
ハルトも真剣な表情で答える。
「まぁ、ミーアの時みたいにあっちが強硬手段に出る前に確保できてよかったよ。さすが、凄腕の女たらし、ハルトさんですねー」
「不名誉な二つ名を勝手につけるな」
「それに別の件もあるもんね。どう?そっちの方は確証持てた?」
「ひとつはあと少しってところかな。この一週間以内にはわかると思う。ただ、もうひとつは予測の域を出ない」
「仕方ない。じゃあ、そっちの方はワタシが一肌脱いであげますかねー」
「よろしく頼むよ。わがパーティの治癒術士」
「ワタシになおせないものはないよー、たぶん」
「3年経ってその腕が鈍っていないことを祈るばかりだ」
そうして、3年ぶりに出会った大人2人は、アイドル談義に花が咲く少女たちを優しく見守るのであった。
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