第14話 お人よしアイドル
少女は今日も軽快なステップとステッキさばき、自然で明るい笑顔といつもの投げキッスを客席に余すところ無く振りまくと、
「ありがとうございました!」
観客に向かって礼儀正しく会釈をひとつして、ステージを去っていった。
「はぁ~、今日も楽しかったなぁ」
ステージの照明は立っている演者にとってはまぶしく、長袖を着ている彼女はその光の熱でかいた汗を、ステージ裏に置いてあるタオルを取り、軽く拭く。そのまま客席のある店内とは反対方向に進み、裏側の出入り口付近に立っている男性から今日の報酬を受け取る。その場ですぐお金を受け取れるというのは彼女にとって実にありがたかった。
「お疲れさまでしたー!」
と声をかけても、男性は絶対に返事をしないことはわかっている。けれど、彼女は毎回挨拶はかかさなかった。地上へ続く階段を上っていき、地上にたどり着くと、少女は2~3回首を振って左右を見る。何もないことを確認して、左に曲がり、薄暗い路地裏から明るい大通りへと差し掛かる。
「だ、大丈夫みたい」
壁に背中を当て、周囲に人がいないことを確認してから大通りへと一歩踏み出す。ほっと一息ついて歩き出そうとすると、
「おつかれー。危ない、危ない。今日はタイミングを逃すところだった…」
数秒前まで誰もいなかったはずなのに、いつの間にか隣に男性が立っていた。全速力で走ってきたのか息を切らしている。
「えぇっ!?いつの間に!?というか、今日も来たんですか…」
もう何にツッコめばいいんだか。少女はそんな呆れ困り果てた表情で男性を見つめる。
「あの、何度誘われても僕はハルトさんのところでアイドルをするつもりはありませんから!」
中央広場は夜遅くでも飲み歩く男たちや仲睦まじいカップルでにぎわっている。その喧騒の中、隣り合ってベンチに座る2人。
「だから、僕はあそこ以外でアイドルになるなんて、危ないこと出来ませんから。もう2週間前からずっと言っているのに…」
「なんて言いつつも2週間もこっちの勧誘に付き合うあたり、本当に律儀だな。ミーアって」
「いいえ、納得してもらえるまで、ちゃんと説明するのが道理だと思ったからです。後腐れなくきっちりお断りをしなければいけませんから」
ミーア・アンブルク。16歳。
地下酒場でハルトが一番最初に見た女の子である。ショートヘアで、赤と黒のチェック柄の上着に黒色の短パンをはいたボーイッシュな服装の少女。実は、ハルトは地下酒場に最初に行った2週間前からほぼ毎日あそこに足を運び、ミーアを勧誘していた。その理由は彼女が地下酒場でトップの人気を誇ることと、アイドルランクを保有しているからだった。
「僕みたいなランクFのアイドルにどうしてそこまでこだわるんですか?」
「そりゃ、たぶんこの街でアスティナ以外のランク持ちは君だけだからな」
もちろん、これまでずっと断られつづけたが、ハルトは諦めなかった。
しかし、ミーアは最低ランクのFとはいえ、アイドルランクがある。そして、ランクを持っているなら、別に制限のかかっているこの街でアイドルをする必要はない。他の暗黙のルールもなく、アイドルの活動が認められている場所に行けばいい。
「でも、僕は…」
しかし、彼女にはそれができない。なぜなら、
「ランク証を渡してしまって、金を返さないと返してもらえない、だよな?」
ランク証とはランクを獲得したアイドルがもらえる証明書である。これがないとランク持ちであることを認めてもらえないため、いろいろ大変。
「はい…」
歌以外に手品や大道芸もできるミーアはいろんな街に訪れて巡業をしている。そんな彼女が半年前にこの街へ訪れた時に悲劇は起きた。街の人からの薦めで商工会長に次ぐこの街の大地主である商人の男の屋敷に訪れて挨拶をした際、誤って彼の持つ高級な壷を割ってしまい、弁償を求められることになってしまった。ランクFだが、所属の決まっていない武者修行中のミーアに支払うだけの大金はなく、困り果てていた。
「それで、地下酒場のオーナーが代わりに支払ってくれたと」
「はい。それで、そのお金を返すために今は働かないといけないんです」
ミーアは代替わりした分の金を地下酒場でウェイトレスやパフォーマンスをして稼いだお金で返している。しかも、ランク証を担保だとか適当な理由をつけられて、渡してしまったという。
「でも、かなりの大金だよな?返せるのか」
「それは大丈夫です。半年間働いて9割方返しました。今週中にも払い終えられる計算です」
力強く頷くミーアを見て、ハルトは困った風に髪の毛をかく。大抵、こういうケースは挨拶を薦めた人物とその商人と地下酒場のオーナーがグルで、もし全額返済が完了しても利子分が残っているとか、別の借金が発生しているとか、無理やり他の理由を付けてずっと働かせるか、さらに際どい方法で大金を稼がせるかと相場が決まっている。彼女もそれを1週間後に気づかされることになるはずだ。
「君は人が良すぎる…」
だが、彼女の場合、それでも何も不思議に思わず、この先かなりまずい方向へ行ってしまう可能性がある。いや、間違いなく進んでしまう。そうハルトは確信していた。だから、いろいろと説明をしたのだが、それでも彼女はハルトの言うことを信用しなかった。余程あちら側に良いように吹き込まれてしまったのか。
「というわけですので、僕のほうは大丈夫ですから。明日も仕事があります。申し訳ありませんが、これで最後に…」
ベンチから立ち上がろうとするミーアの手を掴むハルト。
「ちょ、ちょっと!?いきなりどうしたんですか??」
「待ってくれ。今日は別のお願いをしに来たんだ」
「…別のお願い、ですか?」
そこで、ハルトはざっくりと新しい依頼について説明した。
アイドル活動をしたい女の子が知り合いにいるが、父親に反対されている。そこで、来週にライブをして、観客100人を集めて全員から認められればアイドルをしても良いという厳しい条件を付けられた。だから、彼女のために力を貸してほしい、と。かなりのウソが含まれているが。
「う~ん…。それはその子がかわいそうですね」
ミーアは熟考している。同性の、しかも、アイドルを目指したい人の悩みという彼女が協力しやすい内容なら受け入れてもらいやすいと踏んで、ハルトはこの半分以上ウソの提案をした。ミーアの底抜けの人の良さもあいまって、予想通りの展開になった。
「夜は仕事だろうから、もちろん昼だけの協力で大丈夫だ。それと…」
加えて、ハルトはもう一つ、ミーアにあることを話した。すると、
「ふむ、それは捨てがたい条件ですね…。うん、わかりました。僕でよければ一週間お手伝いしましょう」
「そうか!ありがとう。じゃあ、よろしく頼むよ」
こうして、Fランクアイドルのミーアが仲間に加わった。
「しかし、まぁ…」
これで彼女らとの闘いも直近のメニューに加わることになり、『はぁ、これは大変なことになるなぁ』とハルトは心の中でひとり愚痴をこぼすのであった。
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