第22話 真夜中の森で
日付も変わった真夜中。アムズガルドから南へ数km進んだ先にある大きな森。生い茂る木々のわずかな隙間から漏れる光だけがこの時間、この場所を通るための唯一の道しるべである。
「はぁ、はぁ…」
縦へ横へ伸びる草木をかきわけて、一人の女性が進んでいく。輝かしい金色の髪が時折、月の光を浴びて少しだけ闇夜に浮かぶ。
「後、もう少しか」
腰にさげた瓶をひとつ手に取る。街で売られている牛乳瓶ほどの大きさの中に、赤い液体が全体の3分の1ほど入っている。他にも腰には2本の瓶がベルト部分にさがっている。こちらも同じような真紅の液体で満ちている。
「後2日。一体どうすれば…」
ふと立ち止まり、何かを考える。すると、それと同時に不自然に草が揺れる音が聞こえる。
「そこかっ!!」
咄嗟に女性は音のした方向へ右手を突き出す。その動作をした瞬間、空気を切る音とともに彼女の上着の裾から小型のナイフが飛び出す。
「うぉっ?!」
ナイフの延長線上にいた人物は間一髪でそれを避ける。
「なんだ。ハルトか…」
「おい、エリオ。今のは素人なら直撃するスピードだったぞ」
「当てるつもりだったからな」
深夜の森で対峙する2人。
「その腰の瓶に入っているのは魔獣の血か。どうするつもりだ?」
エリオがわずかに動くのに合わせて、カチャリと腰に結ばれた瓶同士が軽くぶつかる。
「どうせ、わかっているんだろう」
「まぁな。それをあいつらに渡しても解決しないことも含めて」
エリオが腕を交差し、戦闘態勢と思われる姿勢をとる。
「投擲は無駄だ。俺の使える魔法はわかるだろう。いくら暗くてもこの状況じゃ奇襲でもしなけりゃ当たらないぞ。それに…」
天空から差し込む月光がエリオの体をとらえる。
「お前、もう満身創痍じゃないか」
服はあちこちが引き裂かれ、肌が見える箇所からは血が流れていた形跡がある。腕や足には痣が目立ち、美しい金色の髪の先端はところどころ赤黒く染まっている。
「自分のことなんて別にどうでもいい。何をしてでもセレナを助けないといけないんだ…っ?!」
震える足で一歩踏み出そうとするも、思うように上がらない足が木の根ひひっかかり、転んでしまう。ハルトはさすがに放っておけず傍に駆け寄る。
「ミーアを店に呼んだ頃から、きっとエリオたちもあれに関わったんだろうと思っていたんだが。すまない。力不足で助けてやれなくて」
ハルトは倒れたエリオの体勢を変えて、両手でその体を抱えあげる。いわゆるお姫抱っこの状態である。
「何を勝手に言っている。別に私はお前に助けを求めてなんかいない。今回だってこれを渡すフリをして、やつらの親玉に会いさえすればこの手で…」
それもやつらは見越している。そんな現実をボロボロになったエリオに言うのはさすがにできなかった。
「悪いな。元勇者の性ってやつだ。目の前に困っている人がいたら、助けないと気がすまないんだよ」
「なんて、ありがた迷惑な話だ…」
「ということにしておいてくれ」
「なんだ…違うのか」
エリオはなけなしの気力でわずかに笑いながらそう言うと、張り詰めていた糸が切れたのか、それとも体力の限界がきたのか、意識が深い眠りへと落ちていった。力が抜けて少し重さが増したので、身体を支えるためにハルトは抱える腕に力を込める。
「こんな夜に人気のない森に呼び出して何をするのかと思いましたが、あぁ、やっぱり人助けでしたか」
すると、木の影からゆっくりと女性が現れる。
「そういう風に疑ってもちゃんと来てくれる心優しい戦姫様だったら、こんな場所で愛の告白をするくらいなら悪くないかもな」
イリスには昼に再会した際、今夜ここに来るよう依頼していた。
「残念ですが、常に周囲に多くの女性をはべらせている浮気性の男性はお断りです」
「いや、勇者時代の時も確かに周りの女性率高かったけど、あいつもいただろう。それと浮気性は心外だ」
「あの人は心に決めている人がいるじゃないですか」
「確かに。あいつら今頃どうしてるかな」
などと軽口を叩きあいながら、ハルトは両手で抱えていたエリオをイリスの背中にうまいこと背負わせる。
「それに告白するにもこの場所はあまりに“臭すぎ”ます」
あちこちから漂う凶悪な殺意の残滓といろんな生物の血が混ざったようなこの空気は、一般人は特別何も感じないかもしれないが、歴戦を潜り抜けた2人は否が応にも敏感にその脅威と危険性を感じ取ってしまう。
「というわけで、私は先に帰りますが、1人で大丈夫ですか?」
「初めてじゃないからな。まぁ、開店と朝食の準備があるから、手短に済ませてくる」
「愚問でしたね。しかし、丸腰だと不安でしょうから、これを」
イリスは懐から短刀を取り出し、ハルトに手渡す。
「助かる」
「それでは」
エリオを背負ったイリスが去っていく。すると遠くから草木が揺れる音が騒がしく響いてくる。
「音につられてやってきたか」
段々と大きくなっていく音。ハルトは一切の身震いもせず、右手に持った短刀の鞘をはずし、逆手に持ち直して構える。
「さて、久しぶりの魔獣退治のはじまりだ」
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