第21話 まだ一日は終わらず

 夜のアムズガルド。商店賑わう北側や夜の船便が届く東側と違って、南側はほとんど人気がなくなり、より一層静けさを増す。この時間になると、市民を旅人も部屋に籠り、各々の時を過ごしている。

「それで、ようやく振り付けも様になってきたと思えるようになってきたんです。ミーアさんからも及第点をもらえました」

「そうか、良かったな。かなりハードだけど、3日後には間に合いそうか?」

「もちろんです。間に合わせてみせます!」

 そのひとつ、ハルトたちが営む喫茶店『アロウズ』では閉店後の片付けと夕食も終わり、厨房の流し台でハルトとセレナは洗いものをしていた。

 昼に急な追加労働を押し付けられたリズはハルトの帰宅後、大変お怒りになって、『これを作れー!!』と、これまたなぜ持ってきていたのか謎な、他国の料理雑誌をハルトの眼前に押し付けてきた。

「すまないな。お菓子作りまで手伝わせて」

「いえいえ。私も初めてだったので、すごく楽しかったです。ケーキでしたっけ?また、作りたいですね」

 リズは記念すべき最初の報酬に、小麦粉を使うため、この国ではどの店も出していない『ケーキ』を所望してきた。これにはさすがに手間がかかるため、レッスン後のセレナも手伝いに回った。そして現在、その後片付けをする2人。一方のリズは約束である食後のデザートに満足したのか、それとも肉体労働に疲れたのか、すでに就寝している。また、ミーアは地下酒場で仕事中である。

「お姉ちゃん、大丈夫かな…」

 エリオは昨夜、別の仕事に出たっきり、まだ戻っていない。

「別の仕事について、エリオからは何か聞いていないのか?」

「何度聞いても『大丈夫』くらいしか答えてくれないんです。心配なのに…」

「その仕事を始めたのはこの街に来て、いつのことだ?」

「えっと…2、3日経ってからです。たしか、初めて地下酒場に行った日だったと思います」

 その言葉を聞いて、ハルトは眉をぴくりと動かす。

「そういえば、2人はどうしてあそこに行くようになったんだ。俺も街のいろんな人に聞きまわってようやく教えてもらった場所なんだが」

「夕方、お姉ちゃんと街を歩いていたら声をかけられたんです。前の街でアイドルのライブを見て興味が湧いていたことを話したら、『ライブが見れるよ』って案内してもらったんです」

「なるほどね…」

 そんな話をしている間に皿洗いも終わる。ハルトは蛇口を閉め、着ていたエプロンの紐を解く。

「もしかして、お姉ちゃんのこと、ですか?」

「あぁ。大切な妹を困らせている姉をちょっと叱りに行くよ」

「ハルトさん。優しくて、かっこよくて、弱いところを見せようとしない強情な私のお姉ちゃんをよろしくお願いします」

 深々とお辞儀をするセレナ。その足元にはひとつ、ふたつと水滴がどこからか零れ落ちていた。

「朝までには戻ってくるから、セレナはちゃんと寝るんだぞ。あ、戸締りは忘れずに頼む」

 厨房に一陣の風が吹き、後には頭を垂れたままのセレナだけが残っていた。

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