第20話 魔法使い

市場の管理事務所に残ったハルトとシスティ。

「それで私への話とは何なのですか?まさか、今更になって勝負に怖気づいたから、別の方法を提案したい、なんてことはありませんよね?」

「そんなみっともないことしたら、彼女たちに怒られる。いや、ちょっと質問したいことがあってな」

「なんでしょう?」

「もしかして、君の身体は成長が止まっているのか?」

「……っ?!」

小さな声で他の人に聞こえないように問いかけたハルトの言葉に、システィは思わず息を飲んだ。

「どうしてそのことを…」

「町の人が『アスティナは昔からあの美しさだ』って話していてさ。アスティナとして人前に出ていたのは5年くらい前からって聞いたが、そこから全く容姿が変わらないっていうのはさすがに変だ。『変身』ならわかるが、君は自分の魔法を『成長』と言った。性格からして嘘はつかないだろうし。君は人前にあまり姿を現さなかったみたいだし、そもそも、姿を見せるようになったのも最近だったと聞いた」

「……」

 システィは黙って話を聞いている。

「魔法の副作用、みたいな話は過去にも聞いたことがあった。知り合いにも似た事例があったからな。まぁ、そういった話に関わっていたやつは皆、『人造』の方だったけど」

システィはふぅと、息を吐いて、肩の力を抜く。

「あなたならそのあたりも知っているだろうと思っていました。そう、確かに私は『人造』の魔法使いです。体の成長は魔法が使えるようになってから、止まりました」



魔王侵攻時に対抗策として誕生した魔王軍が使う『魔法』を同じように使役できる『魔法使い』

そして、魔法使いの中から魔王たちを戦うために選ばれた『勇者』

魔王軍と戦う中で研究者たちは魔人や魔獣が人間や他の動物と変わらないものであり、その体内に魔法を発動するための特殊な物質が存在することを知った。研究者たちはそれを『魔素』と呼称した。 さらに魔素が人間の体内にもあることも判明し、人々は『魔法』の使役に一歩近づいた。


しかし、魔素を持っていても、どうしたら魔法の発動に繋げられるかがわからなかった。

そこで研究者たちはやつらの体内にある魔素以外の何かが魔法発動のトリガーにあると考え、この研究のために捕獲した魔人の構成物質となる血液を、人間の体内に取り入れる実験を行った。

実験の結果、被験者は魔法を発動することに成功した。最初の被験者は炎を生み出す魔法が使えるようになった。だが、喜びもつかの間、発動した火炎は急激に勢いを増して、被験者の身体を消し炭に変えてしまった。


その後、失敗と成功を何度も繰り返し、魔法の発動に成功した人間には魔素の極端な活性化を抑える力があるという結論に至った。

研究者と彼らを統べる世界各国は魔法を使える者『魔法使い』が人工的に大量に生み出していく。研究者は研究結果を基に魔素の暴走を抑える薬を発明。これにより、安定した魔法使いを生み出すことに成功する。

一方、そんな中、人間たちにひとつの奇跡が起きた。各地で魔人の血液と安定剤の投与なしに魔法を使える者が現れたのだ。

さらに、これまでの魔法使いとは違い、魔法の使役に関してもいろいろと長けた彼らを、研究者と世界の権力者たちは『勇者』と呼び、魔王たちとの戦いに駆り立てた。こうして、世界を守る大きな戦いは『勇者』たちを中心に進んでいった。魔王侵攻から2年の出来事で、この3年後に勇者たちは魔王を倒す。



「…と、まぁ、この辺りが俺の知っている魔法に関する歴史だ」

「よくそんな危険な情報を手に入れられましたね…」

「魔王討伐の褒美として、メレディア様の力を借りて調べさせてもらった。本人も『いつか上の方であぐらをかいて座っている悠々自適な権力者どもを叩き落したす時に使えるから、余すことなく調べつくして』とノリノリだったよ」

「あの方ったら、本当にもう…」

思わず頭を抱えるシスティ。


現在、血液投与によって人工的に魔法の力を使えるようになった人達には『人造』、なんらかの影響によって自然に魔法の力が発芽した人達には『天然』と、それぞれ俗称がついている。

 相次ぐ『天然』の誕生によって、世界は『人造』魔法使いを生み出すことをやめたが、裏社会ではいまだに魔人の血液が取引されているという情報もある。


「私が魔法使いになったのは6年前です。魔王侵攻時、私は重病に侵されていました。原因もわからず途方に暮れた父。そんな父の前に男たちが現れて、『魔法』の力で治すことができると、魔人の血液投与を薦めてきたのです。あれは恐怖でした。父が嫌がる私を羽交い絞めにして、汚らわしい魔人の血が入った注射器を刺す。その瞬間、『あぁ、自分は人間ではなくなるんだ』と思いました」

 当時のことを思い出し、システィは自身の体を抱きしめる。それでも振るえは止まらない。

「丸一日、私は病をも超える痛みと体中を凍らせるような寒気に襲われました。父は苦しむ私を前に必死に許しを請うていました。しかし、驚くことにその後、急に私の体から痛みや重さといったものが消えたのです」

 過去の辛い記憶を呼び起こしながら、淡々と過去を話すシスティ。その笑顔はとても乾いたものだった。

「その後、私はあなたが話した実験と同じように魔法が使えるようになり、その効果で未来の自分の姿に変わることができるようになりました。まぁその姿が本当に未来の自分なのかは確かではないですが、なんというか、本能的に、感覚的にそうなのだと不思議な確信を持っています」

「まぁ、俺も加速させる魔法が使えるようになったと思ったのは、一種の違和感みたいな自覚からだった。発動もなんとなく念じたら使えたみたいな感じで、細かな原理はよくわかってない。だから、システィが言っていることも合っていると思う」


 魔王の出現によって魔法の存在が明らかになってから、8年。魔法の仕組みに関する研究は続いているものの、全ての事実解明には至っていない。


「そして、魔法が使えるようになってからしばらくして、私は自分の体が13歳の容姿から成長していないことに気づいたんです。あぁ、後、ひとつだけ嘘をつきました。正確に言うと、魔法による私の成長後の姿は10年後ではなく、7年後、20歳の姿なんです。まぁ、これも私自身の感覚によるものなので、確証はないのですが」

「20歳の姿ね…」

 一通り話終えたのか、システィが席から立ち上がる。

「これは父の疑惑と間違った考えを指摘してくれたお礼のようなものです。初めてちゃんと話すこともできて、少し嫌だったけれど、スッキリもしましたし。あなたがこのことをどう使うかは知りませんが」

「もちろん。誰かに言うことはしない。聞いたのは興味本位からさ。ところで、6年前、君の父に魔人の血液投与を薦めたやつらのことで何か覚えていることは?」

 システィは少し考えた後、手首の辺りを指差し、

「皆、この辺りに何か同じ模様のようなものが刻まれていました。それと、投与の副作用で苦しむ私を見て、『こいつも器にはならない』と呟いていました」

 そう言って、事務所から出て行った。



 それから数分が経ち、残ったお茶を飲みきってからハルトも席を立つ。

「さてと、次の宿題を片付けるとしますか…」

 ちらほらとこちらに目を向ける職員たちに軽く一礼をして、ハルトも事務所を後にした。再び、扉が閉まりきると、職員たちは揃って安堵のため息をつくのであった。

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