第33話 不安と、希望と(後編)
「ごめんね、セレナちゃん。ね、許して?」
「もう、知りません」
セレナはまだ顔が赤いままだが、それは怒ったことによるもの。目の前でひたすら謝りつづけるリズに背を向けてご立腹の様子だった。
「まぁ、リズのせいでなんだかメチャクチャな感じになっちゃたけど、彼女の言ったことは紛れもなく本当のことだよ。だから、せめて明日までは私たちを信じてくれると嬉しいかな」
「ミーアさん…」
「それに、セレナはアスティナといい勝負ができるだけの力とセンスを身につけていると思うよ。当然ながら、ビギナーズラックに頼っているところもあるけど、運も実力の内さ。それに運を引き込むのは本人の力だしね」
ミーアは右手をセレナの前に差し出す。
「だから、一緒に頑張ろうよ。もちろん、ライブが終わった後も、さ」
「ミーアさん…」
すると、左側からオリビアが左手をすっと伸ばす。
「私も微力ながら手伝うから」
「オリビアさんまで…」
セレナは両手で2人の手をぎゅっと握る。そして、二つの眼からは再び大粒の涙が流れる。
「ごめんなさい。私、全然わかっていませんでした。皆さん全員が頑張ってくれているのを。それなのに私、自分が苦しい、自分が大変って、まるで一人だけ大変な思いをしているって勘違いして、八つ当たりして…」
すると、床に座って頭を下げていたリズが顔を上げる。
「まぁ、私を放置プレイしてくれたことは一旦置いといて…。セレナちゃんは別に間違ったことは言っていないと思う。あとさ、これは私たちが自分のために、セレナちゃんのためにやりたくてやっていることなんだから。それを気に病む必要は全くないよ。良かったら代わりに感謝してもらえると結構嬉しいんだけどね」
リズはゆっくりと立ち上がり、セレナの頭を優しく撫でる。
「どんなに頑張っても、辛いことや苦しいことは必ずある。たまには他の人に少しくらいなら、ぶつけたって言いと思う。でもさ、頑張っている人にはちゃんとその辛さや苦しさを分かち合って支えてくれる仲間がいるもんだよ。だから、“一緒に”頑張ろうよ」
「はい…!」
俯きながら泣きじゃくる声で、それでも力強くセレナはしっかりと返事をした。
「さて、大事な話も済んだことだし、お疲れのセレナちゃんにはしっかり寝てもらいますかねー」
「あのぉ…、やっぱり私少し練習します。なんだか元気も出てきましたひゃら?」
「だめー。黙って、お姉さんの言うことを聞きなさい」
リズはセレナの頬を引っ張り、最後のお願いをあっさりと却下した。
「ただいま。ふぅ…さすがにこの労働はこたえたよ…って、あれ?」
すると、店の扉が開き、広場で作業をしていたハルトが帰ってきた。
「あっ、お帰りなさい。ハルトさん」
「良かった。ちゃんと起きてくれて。でも、ごめんな。まだセレナが眠っているのに店を空けてて」
「もう、本当ですよ。…でも、ハルトさんは信じていてくれたですよね。私が大丈夫だって」
「もちろんだ」
その返事に、セレナは今日一番のまぶしい笑顔を見せる。
「むむむ…。これが嫉妬というやつか」
「最後に全部持っていかれちゃった感じだね、リズ」
「あなたにはぴったりの役回りだと思いますけど」
その横で3人が様子を見ながら、談笑している。
「ところで、さすがに疲れたから、ちょっと一眠りしてくるよ。悪いけど、そっちの手伝いはもう少し後にさせてくれ」
「仕方ないなー。夕方までだからね」
「私もしっかり休みますね。あっ、イメージトレーニングくらいはしてもいいですよね?」
「僕らもさすがにそこまでは制限しないよ。夢の中でしっかり練習するといいさ」
そのまま、セレナは2階に上がっていく。
「じゃあ、軽く風呂に入ってから寝るかな」
少し間を空けて、ハルトも2階へと姿を消す。
2人が去った後、1階では3人がなにやら話している。
「ねぇ、リズ。本当にアレをやったの?」
「ふふん。有言実行がワタシのモットーだからね」
「もう、その無駄な発想には呆れて何も言えないんだけど」
リズはニヤニヤと笑う。
「遅刻者にはちょっとお仕置きしないとねー。いや、ご褒美ともいえるかな」
風呂で軽く汗を流したハルトは、自分の部屋に戻ったが、その変わり様に驚き、入り口で棒立ちになっていた。
「ベッドがない…」
ハルトのベッドはマットレスや掛け布団などが全て取り払われていた。それどころか、部屋の床がたくさんの箱で埋め尽くされている。
「届いた資材を置く場所がなかったから、部屋を借りたよー。後、天気が良かったから、ベッド関係の物は干したから」
部屋の外からリズが思わず殴りかかりたくなるようないやらしい笑みで話しかける。
「いや、一階は十分余裕あっただろ。それになぜこのタイミングなんだ」
「寝るなら、隣の部屋でよろしくね!」
リズはハルトの問いかけを無視して、親指を立てるポーズをしながら階段を降りていく。
「あいつめ…」
ハルトは自分の隣室を見て、恨めしく呟く。一応、そのもう1つ隣の部屋、リズとミーアの部屋を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
「はぁ…抜かりはないか」
ここ数日、ろくに睡眠をとってないうえに、戦闘と労働の連続だった。そのため、今は一秒でも早く眠りにつきたい。かなり気がひけるが、仕方なく隣室の扉を開ける。
「あれ?ハルトさん、どうしたんですか?」
すでにベッドで横になっているセレナ。掛け布団に隠れて襟元と肩のあたりしか見えないが、寝巻きにも着替えていた。
「えっと…その、なんというか」
「もしかして、明日のことですか?やっぱり何か私もやっておいた方がいいんじゃ…」
「いや!それは大丈夫。そうじゃなくてさ。あのさ、隣で寝ても大丈夫か?」
「えっと、隣って、ここですか?ちょっと恥ずかしいけど大丈夫ですよ…」
セレナは左手で自分の隣を指差す。
「そこじゃない。隣のベッドで、って意味だ。さすがにそこは無理だ」
「でも、お姉ちゃんには寂しい時、隣で寝てもらっていました。すごく落ち着いて寝られるです」
勇者時代から女性比率高めの中で過ごしてきたにも関わらず、恋愛経験はまるでなく、実は一対一のこういう何か意味深な状況がかなり苦手なハルトである。
「…そう考えるとあいつ、すごいな」
「何か言いましたか?」
「いや、大したことじゃないさ」
たぶん、慣れ親しんだリズやボーイッシュなミーアなら、こんなことにはならないのだが、なぜか、セレナ相手だといろいろと気になってしまう。
というわけで、結局はセレナのベッドの隣にあるエリオのベッドで眠ることになった。さすがに相当の疲れが溜まっていたせいか、横になるとあっという間に眠気が襲い掛かってくる。
「あの、ハルトさん。まだ、起きてますか?」
50cmほど隣で寝ているセレナがどこか恥ずかしそうな様子で話しかける。
「あぁ、起きてるよ」
「えっと、子どもっぽいお願いでアレなんですけど、手、繋いでくれませんか?」
そう言うと、セレナは布団から左手をちょこんと突き出す。
「やっぱり、ちょっと寂しくて…」
きっと、本来なら自分がいる場所に寝ているはずである今の彼女にとって一番大切な存在のことを言っているのだろう。
「それくらいなら、かまわないよ」
一回り大きいハルトの右手がセレナの左手を握り、その指に絡まる。
「なんだか、幸せな気分です」
「大げさだなぁ…」
「そんなこと、ないですよ」
互いの手のひらから伝わる温もりが、2人を心地よい眠りへと誘っていく。
「明日、勝とうな。それで華々しくこの街で二番目のアイドルとして、デビューしよう」
「ふぁい…がんばり、ま…」
「なんだ、もう寝たのか」
すやすやと気持ちよさそうにかわいらしく寝息をたてている。
「そりゃ、疲れたもんな」
と、その時、一瞬だけハルトの体にわずかな悪寒が走る。
「おいおい…。もしかして、このタイミングで予感が的中したっていうことなのか」
それでも、時計の針は刻み、勝負の舞台へと彼らの世界を否応なしに連れて行く。
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