第7話 商工会長と疑惑

 商工会長の家はアムズガルドの西端、市場とは反対側の高台に建っている。古めかしいけれど気品のある屋敷で先祖代々受け継がれてきたという。その屋敷2階の奥に商工会長であり、この街の最高権力者でもあるエヴァンス・アムズガルドの職務室がある。

 あの騒動から数日が経ち、ハルト、セレナ、エリオの3人はそのエヴァンスから正式な呼び出しを受け、屋敷のその部屋に呼び出された。

「さて、勇者様は何がお望みですか?1人で切り盛りできる喫茶店なら、より好物件もご用意できますし、この街が気に入らないのであれば、別の街へと向かう旅費や店の道具などの移送費もお支払いしましょう」

 小さな丸メガネと口元とあごに生える髭が特徴の男性が目の前に立つハルトたち3人に提案する。

「手厚い待遇なことで」

「世界を救った偉大なお方に無礼を振舞うことなどできません」

先日、店に突如やってきた彼の部下とは正反対の態度をとるエヴァンス。

このまま、提示された条件を飲めばハルトは確実に店を続けられる。立地条件が良くなれば、それなりの利益は見出せるだけの知名度もハルトの店は獲得しつつある。無理に今の形にこだわる必要はないとも言える。

「ただ、その選択肢には2人をこの街に残す要素が見られないんだが」

「おっしゃる通りです」

「もう店で歌わせるのはやめると言っても?」

「残念ながら」

『そんな権利があるのか』と言いたいところだが、アムズガルドで仕事をして定住するにはこの街の長である商工会長、つまり、エヴァンスから住民権をもらわなければならない。エヴァンスが適当な理由をつけて2人に住民権を与えなければ、この街を去らざるを得なくなってしまう。

「調べてみたら、2人はこの街の住民権がないのにあなたの店で働いていたそうじゃないですか。これは紛れもなく、規則に明記されたことですので、言い逃れすることはできませんよ」

 エヴァンスに視線を向けられ、思わず目を逸らす2人。

 この街はその大きさと発展度から商業スパイや犯罪組織に狙われやすかったので、人の出入りに関しては昔からかなり厳しい。そのため、住民権がないと雇用者として働くことが出来ない。姉妹がそのことを知っていたかどうかはわからない。ハルト自身はこの規則を把握していたが、この2人に働いてほしい気持ちが先行してしまったため、確認はしていなかった。

「その点に関してはこちらに落ち度があるのは承知している。ただ、自分の初歩的なミスで2人を路頭に迷わせたくはないんだ」

「それはそちらの一方的な言い分にすぎません。勝手に規則を破ってしまったのでは、住民権を与えるかどうか、しっかり考えなければいけませんね」

 話は平行線のまま、しかも、ハルトたちに分が悪い状況。このまま流れれば、2人は1週間後にこの街を出ていくことになる。そこでハルトは、

「そうか…。ところでアスティナって何者なんだ?」

と、突然切り出した。

「アスティナだけがアイドルを許されていて他のアイドルは禁止している。普通に考えたら商工会とアスティナに関係があるようにしか思えないんだが」

 その質問に対して、

「彼女はこの街の住民権を所持し、世界機関発効の資格も取得している。私も今の世の中、アイドルは必要だと切実に思っていますが、彼女らを守るために有資格以外のアイドル活動をあえて禁止にしたのです。今後、この街がより良くなっていくために」

 エヴァンスはそうはっきりと答えた。


世界機関が発効する資格は通称「アイドルランク」と呼ばれ、Fランクから最大Sランクまでの7段階ある。取得期間は最大でも1ヶ月と短めだが、費用が高い、推薦が必要、審査が厳しいと、大きなバックボーンがついていない一般市民のアイドルからは専ら不評であり、表立ってアイドル活動をしている人たちの約半数はアイドルランクを保有できていないのが現状である。そのため、各自治組織はアイドルランクの有無で規制や優遇をすることがなかなか出来ずにいる。


「でも、その理由はそこまで重要じゃなくて、実はアスティナはあなたの家族で、彼女のアイドルとしての街での人気を確立させ続けたいというのが、あなたが他のアイドルを禁止する本当の理由だったら…」

 そのハルトの一言に、

「それって一体…」

「どういうことなんだ、ハルト?!」

驚く姉妹と、

「何を意味のわからないことを…」

呆れるエヴァンス。

「まぁ、それは本人に聞くのが一番かな」

 ハルトが部屋の扉の前び近づき、ゆっくりと開ける。そこにいた人物を見て、エヴァンスはすぐさま表情を驚きのに変えた。

「…お父様、その理由は本当のことなんですか?」

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