第8話 ナンバーワンの正体

「システィ、お前…」

 部屋の入り口から現れた少女はエヴァンスから名前を呼ばれ、

「他のアイドルがいたら、私がこの街のトップから落ちてしまうと思って、この街から他のアイドルを排除したのですか?そんなこと、私は全く望んでいないのに!」

 強い口調で、怒りながらも深い悲しみをにじませた声で話す。

「ち、違うんだ、システィ。私はお前のことを思って…」

「前々からおかしいとは思っていたんです。数年前までは私ほどの実力ではありませんでしたが、他にもアイドルがいたはずです。私はその人たちと一緒に切磋琢磨してアイドルをしてきました。でも、少しずつその数が減っていった。気づけば、私はこの街唯一のアイドルとして、皆から崇められるように人気を得ていった。でも、誰とも競い合えず、高めあえず、一人ぼっちでここまで来てしまった。段々とどうして私はアイドルをしているのか、わからなくなりました」

 と、つらそうに話すシスティにセレナが割って入った。

「あ、あの…、ひとつおたずねしたいんですけど、『お父様』ということは、システィさんはエヴァンスさんの娘さん、ですよね?でも、システィさんがアイドルのアスティナって、どういうことですか?容姿が似ているところもありますが、明らかアスティナはシスティさんより年上だと思うんですが…」

 アスティナは20歳くらいの女性にみえたが、ここにいるシスティはまだ幼さの残る少女といった容姿である。

「本当はお父様からこのことは秘密にしなさいといわれていたんですが…」

「君は『魔法』が使えるんだな」

 ためらいがちに返事をするシスティの代わりにハルトが答えた。

「魔法、ですか…?」 


 魔法。

 それは元々この世界にはなかった未知の力である。8年前、魔王と名乗る者と、その者が引き連れた魔物や魔人の魔王軍は炎や雷などの殺傷能力のある自然現象を発生させたり、高速移動や飛行など人外の力を発揮した。人々は人間の法則や知識では理解しえないその力を総じて『魔王が使役する特殊な法則による能力』という意味合いを込めて『魔法』と呼んだ。

 魔王軍は魔法以外による攻撃を防ぐ力『障壁』も使うため、人々は永きにわたり魔王軍に対して優位に戦う術がなかった。しかし、人々の中にもその力を研究し、利用できないか考える者たちが多くいて、その結果として実際に魔法を使える者たちが生み出された。そして、魔法を使って魔王軍と同等かそれ以上の力で戦った者のことを人々は敬意と畏怖を込めて『勇者』と称した。


「『魔法』って言葉そのものは元は魔王軍の連中が使っていた不思議な力の総称で、それが使える人間の呼称は『魔法使い』ってことになっている。魔法使いによって具体的にどんな力が使えるかは人によって異なるんだ。もちろん、俺も魔法は使える」

「どうして、ハルトさんはシスティさんがその『魔法使い』だと思ったんですか?だって、システィさんと会ってもないはずなのに」

「魔法を使える一般人『魔法使い』と魔王軍と戦った『勇者』にはいろいろ違いがあるんだ。その一つとして、勇者は魔法に関する特別な能力に長けているんだ。俺の場合、魔法や魔法使いに対する感知能力がかなり高い。だから、この屋敷に入ったときに魔法使いがいることは把握していた。システィがアスティナだと思ったのは、アスティナのライブで感じた魔法の力と屋敷内から感じた魔法の力が一致していたからだ」

「なるほど…」

 納得するセレナ。

「ええ、私はたしかに魔法使いです。私の場合は『成長』する力でした。10年後の自分の姿に変身できるようになった私は、そのほうが魅力が出るからとお父様に言われて、憧れだったアイドルをはじめました。でも、結局のところアスティナは私であって私ではないのですけれど」

 システィはふぅ、と一つ息を吐いて、

「それはそれとして、お父様は私の邪魔になりそうな女性を排除しようと画策した、ということは事実なわけなんですね」

「お前のためを思ってだな…」

 その言葉に返事をせず、悲しそうな表情で押し黙るシスティ。それを察したエヴァンスも口を閉ざしたままうつむいている。そのまま沈黙が続く。そんな中、にやりと小さく笑みを浮かべたハルトは、

「よし、それなら勝負をしよう」

「勝負、だと…?」

 唐突な提案をする。それに対して訝しげな表情をするエヴァンス。

「2人の滞在期限である一週間後にセレナとアスティナでライブバトルをするんだ。どっちが観客から人気を集められたかどうかで勝敗を判断する。アスティナが勝ったら俺たち3人は街を出て行く。セレナが勝ったら姉妹2人の住民権を認める。それと今後は店で歌うのも認めてくれ」

「ちょっと、ハルトさん!?どう考えても勝てる気がしないんですけど…」

「システィはどうする?これで君の『競い相手がいない』というモヤモヤが少しくらいは晴れると思うんだが、受けるか?」

「臨むところです!アスティナはこの街ナンバーワンのアイドルなんです。それだけは譲るつもりはありません」

 真剣な表情で意気込むシスティに対して、

「スルーだなんて、あんまりです…」

 と凹むセレナ。

「まぁ、娘さんがここまで乗り気なのに反対するわけないですよね、会長」

「くっ…。わかった、準備は進めておこう」

 そういうとエヴァンスは自分の机に向かって書類を書き始めた。

「詳細が決まったら追って連絡はする。店で歌っていることは一旦不問にしよう。さぁ、これで話は終いだ。出て行ってくれ」

そっちから呼び出しておいて、というイヤミは言わずに、ハルトたちは部屋を後にする。



帰り道。

「さて、うまいこと話も進んだし、頑張ってみるか」

「はぁ…、どうしてこんな展開になっちゃったんでしょう」

退出時にすれ違ったシスティに対抗心むき出しの視線を向けられ、すっかり意気消沈してしまったセレナ。

「まぁ、最悪負けることになっても、会長が娘に華を持たせたいからアイドルを禁止にしたっていう話に確証は持てたからな。まぁ、あそこで会長がだんまりを貫いたらどうしようかと、さすがに焦ったが」

「それはどういうことですか?」

 ハルトはセレナの隣を歩いているエリオに目配せする。すると、エリオは服のポケットから小さな端末を取り出す。

「言質をとるためにエリオに小型録音機を持たせておいた」

「じゃあ、お姉ちゃんが屋敷に入ってほとんど喋らなかったのは…」

「娘さんが出てきた後は音声がしっかり入るようにするためだ。ちなみにだが」

 ハルトは道に落ちていた石を拾い上げる。その小石がわずかに淡く光った後、ハルトはもう片方の手の指で石を軽くはじく。すると、小石は指ではじいたとは思えないほどのスピードで手のひらから放たれ、街路樹の小枝を折る。

「俺の魔法は物体を『加速』させることなんだ。『会長の部屋の前で待てば君しかアイドルがいない理由を教える』と書いた紙を魔法で加速させて飛ばして、俺たちを連れてきた男たちにばれないように娘さんの部屋に忍び込ませた。商工会長に娘を溺愛しているから、会長の部屋の隣にあると予想できたし、部屋の前に名前つきの札もかかっていたからわかりやすくて助かったよ」

 ハルトが見せる光景に驚くセレナとエリオ。

「しかし、会長の疑惑を追及するとは思いもしなかったな」

「これでも勇者時代は諜報・隠密が専門分野だったからな。情報収集や推理は得意なほうだよ」

「でも、良かった。それなら負けてもなんとかなりますね」

「いや、それでも白を切られたり、権力でも使われたりしたらわからない。安心はできないな」

「そんなぁ…」

 落ち込んだり、ほっとしたりを繰り返すセレナ。

「それに、この勝負に勝てば、きっとアイドル活動全体を街が公認する流れに持っていける。セレナはアイドルに憧れているし、なりたいと思っているんだろ?」

「は、はい」

「もし、自分がアイドルになれたとして、でも、一緒に活動する仲間や競い合えるライバルがいなかったら?」

「それは寂しいです」

「じゃあ、そんな想いをしているアイドルがいるとしたら」

「助けてあげたいです」

「それならさ、勝ちに行こう」

「はい!」

 笑顔で頷くセレナ。

「ハルト。それなら勝つ方法はあるんだろうな?」

 真剣な表情でたずねるエリオ。その表情には「妹に赤っ恥を晒させたらどうなるかわかっているだろうな」という意味合いが込められていることをハルトは瞬時に察したが、

「一応な。あるにはあるんだが…」

 そう答えるハルトは戸惑いの色が混じった苦い顔をしたのだった。

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