第9話 コーチは変態勇者

 3年前、ハルトたち勇者一団は魔王城(正確には魔王に支配された国の王城)に挑み、見事勝利した。もちろん、魔王軍もただ攻め込まれたわけではなく、幹部級の魔人や強力な魔物を総動員させた。一団は道中で個別にそれらの撃破にあたった。最終的に魔王がいる最奥の間にたどり着いたのはハルトを含む5人だった。

「というわけで、ワタシがその名誉ある勇者の一人なわけだよ」

 夕方、閉店時間を迎えた店内。カウンター席に従業員のエリオ、セレナが座り、対面であるカウンター側に店長のハルトと1人の女性が立っている。

「リズさんは今は何のお仕事をしているんですか?」

「由緒ある教会で司祭をやってるよ。みんなに『神様を信じれば救われる』って伝えて安心させる仕事だね」

セレナにリズと呼ばれた女性は暖かい季節に目関わらず、露出が極めて少ない白を基調とした服装をして、さらに純白のローブを身に纏い、いかにも聖職者といった装いをしている。

「随分と適当な説明だな…。司祭とは思えない発言もあるのだが」

呆れが混じった言葉で返すエリオ。

「こいつはこんなやつなんだ。聖職者なんてやっていながら、俺の知る中だとダントツで金と欲望に忠実だ」

すると、リズはセレナにジロリと目を向ける。思わず身震いするセレナ。

「ところ、セレナちゃんってすごくかわいいねー!」

「ひゃあっ?!」

リズがカウンターから身を乗り出して、真正面に座るセレナに抱きつく。顔は豊かなセレナの胸にうずまり、リズはその感触を堪能するように顔面をひたすら擦り付ける。

「や、やめてください〜!」

「セレナから離れろ!!」

「ええじゃないか、ええじゃないかー」

パニック状態のセレナに両手を使って身体を触り始めるリズ。そして、それを必死に剥がそうとするエリオ。そんな女3人が激しく絡み合っている様子を見て、ハルトは、

「やっぱりこいつは呼ばなかった方が良かったかなぁ…」

と、今更ながら後悔の念を抱いた。



「さて、本題に戻るか」

幸せそうな表情のリズと、疲れ果てている姉妹。ハルトは途中でセレナが変な声を出し始めたあたりから厨房へ逃げ出していた。そのためか、2人からの冷たい視線が突き刺さる。

「じゃ、改めて自己紹介するね。ワタシはリゼッタ・フローゼル。愛称はリズ。勇者一行の頼れる紅一点で、大切な回復役として一役を担ってましたー」

笑顔でセレナに向かって手を左右に振る。

「は、はぁ…よろしくお願いします…」

満身創痍で空返事をするセレナ。一方、エリオはリズを厳しく睨みつけ、返事はしない。

「紅一点って、パーティで女はお前だけじゃないだろ」

「アイツはワタシの求める女じゃないんだよねー。ずぼらだし、だらしないし、恥ずかしさを全く感じないし、弄っててもつまんない」

「まぁ、だいたい察したと思うが、こいつは女性が大好きなんだ」

「かわいい子限定だけどね」

「は、はぁ…。ところで、リズさんはどうしてこの街に?」

その問いを尋ねられたリズは勢いよく立ち上がり、セレナを指差して、

「君をアイドルにするために、やってきたのだよ!!」

そう高らかに宣言した。

「な、なるほど…」

薄々そんな予感がしていたが、いまいち信じきれず困っているセレナのリアクションを見て、

「こいつ、こんな感じだけど、自分でアイドルを見つけて、自分の店に所属させているんだよ」

「そう。最近はアイドルを自分の団体、組織に所属させ、活動させることを『プロデュース』と呼び、それを行う人を『プロデューサー』と呼ぶんだって」

「プロデューサー…。ということは、ハルトさんが私のプロデューサーになるんですか?」

「まぁ、体裁上はそうなるんだが、知識や経験は全くないんでな。アスティナと対抗するためには、自称アイドル愛好家でもあり、実際にアイドルを育てているリズを力を借りたいと思って呼んだんだ」

「ワタシが来たからにはもう安心。気にせずコーチと呼んでくれ。あ、コーチってのは練習や特訓をしてくれる人のことね。大船に乗ったつもりでいてくれていいよー」

胸を張って堂々とした態度のリズに対して、

「本当に大丈夫なんだろうな?」

疑いの色を全く隠せていないエリオ。

「ふーん、信じなくてもいいけど、大切な妹さんの今後がかかっているんだから、協力的になった方がいいと思うよ?」

「くっ…」

「それにもしキミが妹さんに協力してあげられたら、かなりいい勝負が出来るんだけどなぁ」

「それは…」

しかし、リズからの指摘に押されて、たじろいでしまう。

「後、いろんな意味で人をせめるの好きだから。気をつけてくれ」

その言葉に対してエリオは恨めしそうな顔で睨み返すが、全く怖さはなくなっていた。

「さて…、では早速はじめますか。あ、ハルト、報酬の金は提示額より少し下げていいよ。代わりにセレナちゃん一週間貸して。いや、貸せ」

「拒否権は」

「ないよー!」

その時、誰かが崩れ落ちる音がした。

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