第6話 暗黙の掟

突然の大きな音に驚いて歌をやめるセレナ。即座に扉へ眼を向けるハルトとエリオ。店内はセレナが歌っていた曲のBGMだけが置き去りにされたように鳴っていた。

「ずいぶん、荒っぽい入店ですけど、何か用ですか?」

 入り口にいる2人の男に歩み寄るハルト。対する男らは一人がハルトを、もう一人はしばし店内を見回した後、ステージに立つセレナに眼を向けた。それに気づいたセレンは体をびくりと震わせる。

「貴様。今、そこで歌っていただろう」

「えっと、私は…」

次いでハルトに対峙するような形で立つ男が口を開く。

「店主はお前か。この街ではアスティナ様以外のアイドル活動は禁止されている。即刻止めないとこの商工会から追い出すぞ」

 商工会とはこの街の商業・工業に携わるあらゆる人たちを管理するアムズガルドの中枢組織である。この街を拠点に仕事をする人は全員商工会に登録している。もちろんハルトも引っ越してきた時にその手続きは済ませてある。

「えっと…そんな決まりあったのか?確かもらった書類には書いてなかった気がするが。おっさんは向こうの料理店の店長だよな。知ってたのか?」

 ハルトは店に残っていた客の一人に尋ねる。

「暗黙の了解ってやつらしい。数年前からな…」

 商工会関係者らしき男がにらみつけると、料理店の店長は気まずそうな顔をしてすぐさま店を出て行く。

「ちなみに、もし彼女が歌っていたとして、彼女はどうなるんだ?」

「どうであれただちにこの街から出て行ってもらう」

「なるほど」

 ハルトは腕を組み自分より身長の高い男たちを先ほどより少し強い目つきで見る。

「この街のリーダー的存在でもある商工会は秘密の自分ルール作って、それを無理やり守らせるわけか。実に自分勝手な組織だな」

ハルトは男たちを挑発するように話す。

「仕方ないだろう。アイドルは今や世界機関も認める人気職業。それを商工会が表立って取り締まっていたら、アイドルを普及する街やそれこそ世界機関そのものに目をつけられかねない」

 自身の正義感でも燃えてきたのか。エリオもハルトに合わせてくる。

「やめるつもりはないのか」

「ないな。こっちも商売に関わることなんで」

「お前ら、誰のおかげでここで店をやっていられると」

「それはもちろん大切なお客様たちのおかげですよ」

 全く怯まないハルトに苛立ちを隠せない男たち。

「あぁ、怒ったからと言って無理やり潰すとかは止めたほうがいいかと。これでも自分、元勇者なんで権力の使い方を多少はわきまえているんで」

 その言葉に静まりかえった店内がざわつく。

「勇者だと…」

「なんなら世界機関からもらった勲章でも出そうか?魔王討伐に参加したやつらの中でも、魔王を倒した一行にしか渡されなかった物らしいが」

「どうすればいい」

「商工会長に会わせてくれればいい。直接話をつける」

「…わかった」

 それだけ言うと、2人の男は店を出て行った。


 しばらく経って、あの2人が残した緊張感から店内が解放されると、残っていた客たちがハルトの元へ集まる。飛び交う質問の嵐にさすがの元勇者も慌てているようだった。

「セレナ、大丈夫?」

 すぐさまセレナも元に寄り添うヘリオ。怖かったのかセレナは若干涙目になっていた。

「うん、なんとか。でも、私どうなるのかな?」

「きっと店長が、いや、元勇者様がなんとかしてくれるだろう」

 ヘリオが力強く頷く。

「なにより、元はあいつがまいた種だから、な。ところで店長。ちゃんと考えはあるのか?」

 客に埋もれて見えないハルトが握りこぶしを挙げ、親指を上に突き出す。

「まぁ、信じるしかないか」

「ハルトさん…」

 姉の手を強く握り締めるセレン。それを感じたエリオはじっとハルトのいる方向を見つめるのだった。

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