第5話 順調と不穏
「予想以上に上手くて驚いた…」
「そうだろう。自慢の妹だからな」
店のカウンター席で向かい合い、目の前の様子に異なる感情を湧かせるハルトとエリオ。
姉妹が来てから1週間。客足は以前よりも増え、店の経営は順調に進んでいる。
成功要因は二つ。
一つは、ハルトが他の国から持ってきた材料をを使った商メニューが徐々に評価を集めてきたこと。
そして、もう一つの要因は店の奥に用意したミニステージで歌うセレナ。1日数回、歌唱ステージを設けたところ、客足がさらに伸びた。一部の男たちからは『どうやってスカウトしたんだ?』とか、『何か弱みを握ったのか?』など、前にも増して疑問と憤怒の声が聞こえてきた。そう言いたくなるほどにセレナは歌がうまかった。歌唱力ならこの街のアイドルであるアスティナよりも上だと思えるほどに。
「やわらかくて優しい声だけど、歌い方は明るいから聞いていてつい盛り上げたくなるという感じかな」
ハルトはそう評価する。
「昔はあがり症で人と話すのが苦手だったが、いつの間にかそれも治っている。見違えるようだ」
「歌手としてもやっていけるんじゃないか?」
「うむ…、厳しいことを言えば、歌声だけなんだ、セレナの魅力は。他が未熟すぎる」
「一部分はすごく成熟していると思うけどな」
「お前は妹をそんな眼で見ていたのか…」
横に立つエリオが呆れた顔でハルトを見る。
「軽いジョークだよ。下手なことしたら、エリオに殺されそうだし」
「殺すだなんて、そんな…」
数日前に思い切り胸倉をつかんだ時の記憶を思い出す2人。
「一応、これでも戦闘経験は豊富だからな。エリオが結構強いってことはわかってる」
「さすが、元勇者様だ」
「まぁ、今はこうして人気の美人姉妹に囲まれて、喫茶店の店長やれているだけで十分さ」
エリオの顔は赤くなっていた。
話は遡ること一週間前。ハルトが姉妹に「アイドルになってほしい」とお願いしたところ、
「私たちが、ですか!?」
「な、なにを言ってるんだ!?」
2人は当然のごとく困惑した。
「うちの店のアイドルになってほしいんだ。多いだろ、そういうの」
世界で人気のアイドルの多くは店や会社、団体、さらに大きなところでは村や町などの自治組織に所属し、その長が自身や組織などのPR、意志や団結力の向上に彼女らの力を用いている。アイドル側も活動するために資金力やバックボーンが必要なので、お互いに利害関係は一致しているというわけだ。しかし、あまりにも影響力が強いため、アイドルを崇拝して宗教組織を立ち上げる者まで現れ、2年前に大問題となった過去もあった。
「まぁ、アイドルといっても、店で歌ってくれるだけで十分なんだが、客たちが気になるとかの理由もあるだろうし、無理強いはしないよ」
少し考え込む2人。
「すまないが…」
「私、やります!」
断ろうとしたエリオの言葉を無意識で遮り、セレナが言葉を発する。
「歌うのは大好きだし、アイドルにもなってみたいと思っていました。アスティナさんのライブや、地下酒場の女の子たちのパフォーマンスを見て、私もこんな風になりたいって感じていました。だから、私なんかで良ければ…、いいえ、私にやらせてください」
真剣な表情を見せるセレナ。
「それだけの想いを持ってるなら、ありがたいよ。とはいえ、俺だって知識やノウハウもろくにないから、アスティナみたいなアイドルはまだ全然無理だと思うけど。力を貸してほしい」
ハルトとセレナは互いに手を差し出し、握手を交わす。
「2人に水を差すようで悪いが、私にはできない。ただ、それ以外でのサポートはするつもりだ」
「いいって。そこもいろいろと事情があるんだろ?まぁ、エリオはそういうタイプじゃなさそうだしさ」
「まぁ、な。そういうのは私には似合わないよ」
「…そんなことないと思うんだけどなぁ」
ちょっと拗ねた感じでセレナが呟いたが、これ以上な説得は難しいと察したハルトは、
「よしっ!そうと決まれば早速舞台を準備しないとな。エリオ、手伝ってくれ」
エリオの肩を軽く叩き、店の倉庫に向かった。
そして、今に至る。
「これで店も安泰かな。良かった、良かった」
このままいつまでも聴いていられたらいいのだが、仕事はまだまだ残っている。ハルトは一旦厨房に戻ろうと立ち上がると、突然店の扉が大きな音をたてて開いた。
「ここか。問題の店は」
客とは呼び難い険しい表情の2人の男の入店に、店の空気は一瞬にして変わった。
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