第4話 新装開店
今日のパフォーマンスタイムは終わったのか、ステージはすっかり沈黙し、店の中は男たちのうるさい声が充満する。
数杯飲んだ程度で出来上がってしまったハルトはテーブルに突っ伏して頭を悩ませる。
黒服の少女のパフォーマンスの後、ハルトは彼女らに会えないか聞いてみたが、
「よく考えなくても、わかるわよね」
とあのウェイトレスに告げられた。ハルトにもわかるように横目でガタイの良いウェイターを見ていたのは「しつこく言ったら突き出すぞ」という警告なのだろう。たしかに大事な客集め要因をわざわざ外に出すわけがない。
「誰か、うちの店で働いてくれないなぁ…」
先ほどの姉妹もいつの間にか店を出たようだった。店内には数人のウェイトレスを除いて、ほとんどが男。勧誘する相手もおらず、ハルトがここでやれることはもうない。
「とりあえず、人手だけでも集めないと」
というわけで、ハルトは翌日、求人をかけることにした。ライブがあった中央広場には街中や市場の店などが各々求人募集ができる掲示板がある。ここでウェイター、ウェイトレス募集、と書いて貼り出したのだが…
開店から1週間。求人を見て来た人はゼロ。客足もちらほら来る程度で依然として状況が自然に改善される気配はない。一応、客から味やサービスについて指摘されたことは直しているが、口コミで人気になるにはあまりにも遠い道のりだった。
賃料がかなり安かったのも頷ける。というか、そこで気づくべきだったのではとハルトは今さらながら後悔した。
「かくなるうえは…。でも、あの手はなぁ…」
次の手段を思いついてはいるが、できれば使いたくないことなのか、時折、頭をかきながらハルトは途方に暮れていた。
すると、しばらく開閉動作をしていなかった扉がどこかぎこちない音を立てゆっくりと開く。
「すみません、アロウズってここですよね?」
「求人の募集を見て来たのだが」
『アロウズ』はこのカフェの店名である。
「そうだよ。ふぅ、ようやく来てくれた…って、君たちは…」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
「いや、こっちがたまたま見かけただけなんだ」
ようやくやって来た初の店員候補はあの地下酒場で見かけた姉妹だった。
ハルトの対面に座る金髪の姉・エリオと銀髪の妹・セレナは真剣な表情でハルトから仕事の説明を受けていた。
「じゃあ、二人も最近この街にやってきたばかりなんだ」
「まだ2週間くらいですね。住む場所も決まってないので、今は宿暮らしなんです」
「別の仕事もしているのだが、仕事が不規則だから安定した収入が欲しくてな」
「近くの宿で暮らしているので移動も楽ですし」
魔王軍の侵攻で住んでいた村がなくなってしまい、3年間、各地を旅してまわっていたという。
「そういえば、この前地下酒場で見たけど。2人はアイドルが好きなの?」
「は、はいっ。別の街ですごくかわいいアイドルを見て、それからハマったというか、憧れるようになったといいますか…」
唐突な質問にソワソワするセレナ。
「エリオも?」
「私はセレナほどではないが、まぁ、それなりに…」
エリオも急にたどたどしい感じになってしまった。
「ふむ、なるほど。じゃ、採用で。2人共、今日からよろしく頼む」
ポンと、2人の肩に手を置き、笑顔を見せるハルト。
「えぇ?!」
「待て、脈絡がおかしいだろ!いくらなんでも即決すぎないか」
姉妹からすかさずツッコミが入る。
「見てわかるように全然客がいないんだ。だから、二人の協力がすぐにでも必要なわけなんだ」
最初は驚いた二人だが、少し間があいた後、互いに「あぁ…」と揃って声を漏らし、若干納得してない表情をしつつも、契約書にサインをした。
「そうとなれば、膳は急げだ」
店の2階は更衣室兼ハルトの家になっている。ハルトは前の店主が置いていったシンプルな制服から2人にあいそうなサイズを手渡した。早速着替えてもらったが、エリオもセレナもそれぞれ違う理由で服のサイズが足りなかった。
「…そっちは背で、こっちは胸か。ちゃんとしたの用意しとくか」
「店長、なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない。後、ハルトでいいよ。店長はなんかむずがゆいから。ところで、今更だけど、なんでうちの店に来たの?他にも求人をだしていると思うけど」
すると2人はバツの悪そうな顔をした。
「何店かは行ったんだ」
「でも、店員さんたちの視線が気になって」
「あぁ…」
あの店で聞いた2人が人気という話はどうやら本当のようで、本人たちも自分たちへの評価はそれなりに自覚しているようだ。
「ここはハルトさん一人だし、新しいお店だからそこは気にしなくていいかなと思ったので」
「でも、お客さんからの好意の視線はあるかもしれないよ」
「そこまで贅沢は言わないし、そんなに自惚れるつもりもない」
ハルトとしては、自惚れてしまうくらい人気が出てもらっても一向に構わないと思っているが。
「まぁ、それなら気兼ねなくこっちも仕事を頼めるよ。じゃあ、早速ビラ配りを頼む」
そうして、2人にチラシの束を手渡す。
それから1時間後、
「ハルトさん、注文入りました!」
「これ、出来たんだな。持って行くぞ」
姉妹は休む暇なく厨房とフロアを往復する。
「予想はしてたけど、ここまで嬉しい悲鳴をあげる展開になるとは」
先ほどまで従業員3人しなかった店内はいつの間にか20ほどの客席のほとんどが埋まっていた。
客からは時折、「うちの店が欲しかったのに」「どんな手を使って落としたんだ」なんて声や恨み節も聞こえてきたが、お店と料理自体の評価は高いようだった。料理に関してはまだ『物珍しさ』が評価を上げている要因なので、手放しに喜ぶことはできないが。
「2週間でここまで男たちの人気者になれるってことは、相当のことだよな」
と厨房で独り言を呟くハルト。
エリオはハルトと同い年。セレナはその2つ下とのこと。容姿端麗なのは明らかだが、姉妹というのがこの2人の魅力なのだろう。しかも、正反対なくらい容姿も性格も似ていないところがさらに魅力を引き立てている。
「さて、2人がどんな反応をするか、試してみるか…」
日もだいぶ傾いたころ、ようやく店内も落ち着いてきた。
「ところで、ハルトさんは前もどこかでお店を開いていたんですか?」
厨房で後片付けを手伝うセレナがふとたずねてきた。
「いや、店開いたのはここが始めて。前々から店を開くのに憧れていて、それではじめた」
「じゃあ、前は別のお仕事をされていたんですか?」
「最近までは魔物の残党狩りとか護衛の仕事とかかな」
「ということは、結構強いんですね。もしかして…、昔は魔王軍とも戦っていたんですか?」
「あぁ、うん。戦ってたよ」
「どこかの街の防衛ですか?それとも戦場で魔王軍と戦っていたとか?」
「えっと、魔王城で。魔王と」
「へぇ…魔王城まで行かれたんですか…。え!?魔王城!?」
セレナは突然驚き、手に持っていた皿を落としてしまう。その音に反応したエリオが厨房にやってくる。
「なにか大きな物音がしたが、大丈夫か?」
「…ということは、ハルトさんは『勇者』なんですか?」
「勇者…だと」
「まぁ、ね。一応…って、えぇ!?」
入り口にいたエリオが急に接近し、ハルトの胸倉をつかみ、射殺すような目つきで睨みつける。
「ちょ、ちょっと、エリオ…さん?」
「お姉ちゃん!?」
鬼のような形相のエリオは一つため息をつき、
「すまない、ちょっと気が動転した。なんでもない、気にしないでくれ」
そう言ってハルトを解放する。
「気にするなと言われてもなぁ…。まぁ、危害を加える気がないなら、深くは聞かないけど」
「お姉ちゃん…」
そこから、場の空気が戻るまで若干の時間を要したが、ひとまず落ち着いた感じになったのでハルトは話を切り出した。
「さっきの件はとりあえずおいといて。2人が来てくれて本当に助かった。なんとか店も軌道に乗れそうだ」
「それは良かったです。ハルトさんのお力になれて」
「けど、俺はもっとこの店にしかない強みが欲しいんだ。」
「強み、ですか?」
「そう。今は2人見たさと、この街にはあまりない料理が並んでいることへの珍しさで客が来ているけれど、それだけだとリピーターや新しい客を増やすのは難しい。もちろん、俺の料理の腕を上げることも必要だけど。2人にも折り入ってお願いがあるんだ」
「お願い?」
「…2人は歌うまいか?」
「歌か。私はうまくないが、セレナの歌声はいいぞ。誰もが聞きほれる」
「や、やめてよ、お姉ちゃん。そんなうまくないから」
「へぇ、そうなんだ。よく歌うのか?
「趣味程度です。人前で歌ったことなんて、村で暮らしていたときにお祭りで少しあったくらいだし」
いろんな感情のせいで赤くなったセレナは困った風に喋るが、どことなく姉に評価されたことを喜んでいるようだった。
「エリオは何か得意なことは?」
「いや、私は自慢できるものは別に…」
「そんなことないよ!お姉ちゃん、楽器弾けるよね?」
「な、なぜ、それを!?」
セレナの発言で途端に逆転する2人。
「この前、街の楽器店で嬉しそうにギターを弾いているところ、見ちゃった」
「見られていたのか…」
「うん!似合ってたよー」
傍目から見るとほほえましい感じでやり取りしているそんな二人を見て、ハルトは話を切り出すことにした。
「えっと、少し脱線したが、本題に戻る。2人とも、この店のアイドルになってくれないか?」
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