第45話 次なる試練へ

「う~ん……いつまでこれが続くのかな?」

 入学して4度目の金曜日の午後。つまり、1ヶ月がもうすぐ過ぎようとしている中、どの教室内でも多くの生徒たちのモチベーションが下がりきっていた。ライラもレッスンや講義こそちゃんと受けているものの、持ち前の明るさはかなり下降気味だ。

「私はおかげでだいぶ体力もついてきたし、いろんなことを勉強できたから結構充実してるかな」

 アムズガルドのライブでは体力の消耗に悩まされていたが、それも日々の特訓やレッスンで改善されはじめていた。また、記憶喪失だったこともあり最低限の一般常識や生活に必要な知識以外がほとんどないセレナにとって、講義は毎日新鮮な知識を身につけられる魅力的なものとなっている。ちなみに、記憶喪失のことはライラには話していない。変に気を遣われるのを避けるためだ。

「その前向きな感じ、うらやましいなぁ……」

 とは言ったものの、いまだに本格的な歌やダンスの練習がないのは変だとセレナも心の中で思っていた。ここにいるほとんどの女の子がかわいく美しく、歌って踊って輝くアイドルになりたくて入学してきたに違いない。ところが、現実は基礎、基礎、そして、基礎の毎日。週末の休みも規則で王都・グランディアから出られず、年頃の遊び盛りの乙女たちにとって、なかなかに酷な環境だった。



「そんな皆さんに朗報です」

 放課後前のホームルームの鐘が校内に鳴り響く中、担任のマールが教室に入るやいなや、重く沈んだ教室の空気を読んだかのような発言をする。その言葉に聞き耳を立てる生徒たち。

「今から2ヵ月後、皆さんには学校主催のライブに出てもらいます」

 まさに朗報ともいえるマールの言葉に黙っていた生徒たちが一斉にざわめきはじめる。

「なので、そのための練習が必要ですね。ですから、週明けからはライブに向けたレッスンや準備が始まりますので、それに向かって頑張ってくださいね」

 生徒たちはようやくアイドル養成スクールらしくなると安堵の言葉を口々に漏らす。

「ただし、このライブに出演するにはひとつ条件があります。それを満たせない人はどんな理由があってもライブには参加出来ません」

途端に教室の温度が下がる。

「……先生、その条件は何ですか?」

目つきの鋭い生徒が怯むことなく問いかける。

「来月末のテストに合格することです」

「テストの内容はなんですか?」

「今まで受けてきた内容どおりですよ。普通の筆記試験と、簡単なマナーテスト。それに、基礎ステップや音程が取れているなど、真面目に講義やレッスンを受けていれば、問題ありません」

 その言葉に一同が安堵の表情を見せる。それなら、後1ヶ月、真剣に勉強や練習をすれば、十分になんとかなる。生徒たちはそう思っていた。


「それと、もうひとつ。来月から皆さんは“お仕事”が出来るようになります」

 再び、マールの提案。しかし、生徒たちは先ほどと変わって、イマイチよくわかっていないような反応をしている。

「仕事……?ねぇ、セレナ。仕事って働くってことだよね?」

「うん。普通に考えたら、そうなるけど……」

 自分たちは学校に通う生徒。それなのに、仕事ができるとは一体どういうことなのか?

「いきなり言われてもわかりませんよね。えっと……お仕事は放課後やお休みの日に受けることができます。こちらが用意した仕事の依頼を校内の掲示板に貼りだすのでみなさんはそこから自分がやりたい仕事を見つけて、私たちに仕事の受諾を申し出てください。もちろん、お給料もちゃんと出ますよ」

 生徒のほとんどは入学前に親からもらったお金で日々の生活を過ごしている。そのため、

「先生。この仕事は何か意味があるんですか?」

 目つきの鋭い少女が再び質問する。

「そうですね……。このお仕事をこなしていくと、来月のテストで良いことがあると思います。あっ、テストの具体的な日程については、2週間前に発表しますからね」

 そういうと、マールはあっという間に教室を出て行ってしまった。


「セレナは今の話、どう思う?」

「お仕事もちゃんとやっておかないといけないってことだけはわかった、かな」

 そうだよね、と頷くライラ。あれだけ含みのある言い方をしたのだから、大事なことなのは間違いない。そして、この話を聞いた全ての生徒が同じことを考えているだろうとも2人は思っていた。

「これは来月から忙しくなりそうだね」

「うん、そうだね……がんばらないと」

 レッスン、仕事、試験、ライブ。これからやることはたくさんある。セレナは机の下で両手を強く握り、覚悟を決める。


 そして、バルディアス・スクール、2ヶ月目の幕が上がる。

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