偶像は勇者に帰す 〜 None but the brave deserve the ”idol”
つかさ
第一部 勇者は少女に希望を見出す
第1話 元勇者、店を開く。
世界侵略を目的として突如現れた魔王を名乗る軍勢と人間との戦い。人々は魔王が操る魔獣や魔人と戦い、多くの命を失いながらも魔を滅ぼす特別な力を持つ勇者たちの手によって、少しずつ奪われた領土を取り戻す。そして、5年にわたる長き戦いの結果、魔王軍は滅び世界は救われたのだった。
それから3年、まだ世界は魔王軍侵略の爪あとが残るものの、失っていた明るさや喜びを取り戻し、再び平和な世界で幸せに暮らしていた。しかし、それと同時に人々が持っていた希望や執念のような生きるために必要な気持ちも失っていた。
「じゃあ、こちらが貸し店舗になります。賃貸料は月々…」
商業の街、アムズガルド。海に面するこの街はオーランド国の貿易拠点でもある。他国の商品や海で取れた海産物などが集まり、この街を軸に広がっていく。
「わかった。小さいけど、中も綺麗だしすぐ使えそうだ。いい店を提供してくれてありがとう」
「まぁ、水を指すようで悪いが、この店の主人も半年くらいで諦めて店を畳んじまったから、兄ちゃんはそうならないように頑張りな」
商人や旅人が多く行きかうこの街には飲食店も多い。そのため、儲かる店も多いが、激戦に敗れて去っていく店も多い。
「半分道楽みたいなもんだから、あんまり気負わずにやってくよ。忠告ありがとう」
この店の主となる者は軽く手を振って貸主に挨拶をし、店の扉を開けた。
今日から店長となるその青年はあらかじめ店に運んでもらった資材や材料を整理していく。各国を旅する中で知った料理の知識と前職で得た大金を資金に今日、夢の一歩を踏み出した。
「これは…もう使わないか」
皮と木で作られた縦長のケースを開けると土色の地味な弓がひとつ入っていた。表面には無数の傷がついているが壊れた様子は全くなく、逆に年季の入った愛用の一品にも見て取れる。
「まぁ、平和になった世の中には、勇者なんて職業必要ないからな」
蒼穹のハルト。
それが彼につけられた勇者としての二つ名だった。本人は大層恥ずかしがっていたが。弓手の彼は前衛で戦うわけではなく、主に諜報や偵察、戦闘時も敵の見えない位置から遠距離攻撃をするという勇者一行の中での影のポジションだった。それゆえに、常に冷静でどんなことにも動じない精神力を持っている。
「しかし、元勇者がカフェの店長か。あいつらは今頃…」
自分の境遇にフッと笑みをこぼし、一緒に戦っていた4人の仲間を思い出…そうと思ったが、必死に頭を振り払う。変わり者揃いだったメンバーに振り回された苦い過去も一緒に蘇ってしまうので思考を元に戻した。冷静なハルトも仲間の前ではただのツッコミ役に成り下がっていたとか、いないとか。
「くそっ、やっぱりちょっと思い出しただけで胃が痛くなってきた…」
胸のあたりをさすりながら、箱から食器や調理器具を取り出して並べる。
こじゃれた音楽を流して、旅人たちがふと立ち寄って旅の思い出を語り合う、そんな店になるといい。ハルトはそんな小さな夢を胸にこの店を立ち上げた。きっかけは魔王を倒すための旅の途中で訪れた小さな店。老紳士が営むそのカフェは周囲の世界が混沌と闇に染まっていく中、まるでそこだけ切り取られた空間のように平穏と静寂に包まれていた。人々はこの店でほんのわずかな安らぎを楽しみ、笑顔で店を出て行って、それぞれが再び過酷な世界へと立ち向かっていった。
「まぁ、今はそんなご時勢じゃなくなったけど」
それでも誰かがつかの間のひと時を安らげる、そんな場所を自分も作ってみたいと思っていた。
しかし、犠牲なしに魔王を倒せなかったように、今の世の中もそこまで甘くはなかった。
「客が来ない」
開店から数日が経ったある日の夕方、ハルトはカウンターに肘をつき、今日も何度目かわからないため息を吐いた。ビラも配った、店頭も装飾した、客引きもした、それでも客は来なかった。
原因のひとつは店の配置。港からそんなに離れていないものの、この店は街で唯一人通りの少ない南門の近くにあった。南側の入り口から出た先にある町や村は魔王軍によってほとんどが潰されてしまい、今もほとんど人が住んでいない。当然、南側からの人の往来は少ないため、この店の近くに立ち寄る人すらほとんどいない状況だった。
「さて、どうしたものか」
人が来ないのでは料理のおいしさ、珍しさも武器に使えない。勇者としての報奨金はわりとあるので利益がすぐさま必要というわけじゃないけれど、なにか客寄せできるものを探さなければ貸主の言うとおり半年経たずに店じまい。残ったお金でひもじい隠居生活なんてことになりかねない。大きな商業都市だから大丈夫だろうと高をくくったツケが回ってきてしまったわけだ。
「さて、どうするか…って、なんだこの音?」
外からなにやら音楽が聞こえてくる。それと人々の歓声も。なにごとかと思ったハルトはクローズの看板を掲げて、音のする場所を目指した。
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