生活編

第47話 仕事探し

「セレナ。私、甘く見ていたみたい……」

「私も……少し考えればわかることだったのに……」

 先週末、マールからライブと仕事と試験について聞かされたセレナたち。今日はそのうちの『仕事』が始まる日だった。

 あの後、配られた書類によると、生徒たちに募集された仕事の求人票は毎朝、寮1階の掲示板に貼りだされる。内容や賃金、勤務時間もまちまちで、生徒たちはその中から自分がやりたい仕事をで選択する。

 つまり、簡単で賃金が良い仕事が必然的に早く無くなり、そのため生徒たちは早朝から掲示板近くに待機し、求人票が貼りだされるのを狙っていた。当然、それに乗り遅れてしまえば、残ったものは割に合わない仕事になる。


「5日間の給仕のお仕事。でも、賃金がちょっと低いかな」

「セレナ。こっちに3日間の荷物運搬の仕事があったよー。時間も短いし、賃金も良さそう!」

「さすがにそれは私向きじゃないかも……」

 2人は人もまばらになった掲示板前でそれぞれ自分に合った仕事を探していた。

「ところで、求人票の右下にある『40』って何だろう?」

「私の紙にも『50』って書いてある……」

 求人票の片隅には小さく同じ文字が書いてあった。うっかりすると見落としてしまいそうだが、他の求人票を見ても数字の大小はあるが同じように書かれていた。

「これは思ったよりも大事になるかもしれないね」

「そう、みたいだね……」

 

 その後、2人は先ほど選んだ仕事にすることを決めた。本当は2人一緒に仕事をしたかったが、ここは自分がやりやすい仕事をして互いに効率よく進めた方が良いという考えになったからである。

 仕事はどれも放課後からはじまる。人によっては初めての仕事のため、その日の授業では全体的にどこか生徒たちの心が浮き足立っていた。



 放課後。


「セレナです。よろしくお願いします」

 セレナは王都の入り口付近にある料理店にいた。膝が少し見えるくらいのスカートと紺の洋服にエプロン姿というよくあるウェイトレスの格好で行儀よくお辞儀をした。

 店の広さはアロウズと同じくらい。さっと見渡して、これなら自分でもなんとか回せそうだとセレナは判断した。それよりも、今彼女が気になっているのは、隣に立っている人物のことだった。

「ロゼッタです。よろしくお願いします!」

 きれいな背筋とはっきりした声で挨拶をする少女。たまたまセレナと同じ求人を受けた彼女は明るい笑顔で優しそうな雰囲気を醸し出していた。

「うちに来てくれて本当にありがとう。2人ともウェイトレスの仕事経験はあるって聞いてるから、基本的な説明は省いて大丈夫だよね。いや~、本当に助かったよ」

 店主である細身の中年男性は胸を撫で下ろす。

「じゃあ、僕は厨房にいるから、仕事については彼女から説明を受けてくれ。早速だけど、後30分で開店なんでね。よろしくお願いするよ」

「はい!頑張ります」

 そういうと、店主は奥へと姿を消した。代わりに店長が立っていた位置に若い女性が立つ。

「はじめまして。私はユイって言います。今回は他の子が急病でしばらく休むことになっちゃって、タイミング悪く代わりの人も全然いない状態だったから、2人にお願いすることになったの。いきなりで大変だと思うけど、すごく混む店じゃないし、メニューも多くないからすぐに慣れると思うわ」

 2人よりも年上と思われる落ち着いた雰囲気を漂わせるユイ。そんなユイを、セレナは憧れ混じりの、ロゼッタはずっと真剣な眼差しでそれぞれ見ていた。


 その後、2人は店と仕事の説明を受け、すぐさま開店の準備をはじめた。黙々と作業するロゼッタ。

「……」

 セレナはそんなロゼッタが気になって仕方なかった。そして、意を決して声をかけることにした。

「あの……。ロゼッタさんって、同じクラスのロゼッタさんですよね?あの、私、セレナって言います……」

「ええ。知ってる」

「あ……ありがとうございます……」

 さっきの挨拶とは違って、あまりに淡白な返事に思わずなぜかお礼を言ってしまうセレナ。

「もうすぐ開店だから。仕事に集中したら?」

「す、すみません……」

 一切目を合わせることなく、交流を終了させられてしまった。


――やっぱり、ロゼッタさんだ……


 ロゼッタはセレナと同じクラスの女子である。会話したことは一度もないが、彼女自身はクラス内では結構目立った存在になっている。歴史の授業では講師のブライアンの冗談にキツい返しを入れ、他の講師や生徒に対しても遍く、良くいえばクール、悪く言えば冷たい態度をとっている女子生徒。セレナは入学直後のマラソンでも、弱気な発言をした女子たちに愚痴を零していた彼女に遭遇していた。

 だから、セレナにとっては今の冷たい態度のロゼッタの方がある意味しっくりしていた。そうすると、あの明るい様子は人付き合いや接客のための演技なのだろう。そんなことを考えている間にオープンの時間が訪れ、最初の客が来店した。

「いらっしゃいませ。2名さまですね。こちらへどうぞ。あっ、お荷物お持ちいたしますね」

 店の扉の鐘が鳴るや否や、ロゼッタは扉へと移動し、客たちを丁寧な接客で迎え入れた。その姿は普段学校で見るものとはかけ離れたものだった。


――本当にロゼッタさん、だよね?


 彼女が本人なのはさっき本人から直接確認したわけだが、それでも疑ってしまうくらいの豹変っぷりだ。

「ねぇ、ぼさっとしてないで、ちゃんと動いたらどうなの?」

「は、はいっ!」

 すれ違いざまに小さな声でロゼッタに注意される。ちょうどロゼッタの表情は客からは見えていない。その顔と声にはたしかな怒りの色が混ざっていた。

 とにかく、彼女について考えるのは後にしよう。気持ちを切り替えて、セレナも仕事モードに入る。

「セレナちゃん。3番テーブル、お願いしますね」

「はい!ただいまお伺いします」

 先ほどとは違って、セレナに対しても明るく優しく振舞うロゼッタ。セレナとしては若干、気味の悪さすら感じたが、態度に出すわけにはいかず、平静を保とうと仕事に集中することに努めた。



「2人ともお疲れさま。後は私たちで大丈夫よ。明日も朝から学校よね?遅くまでありがとう」

 あっという間に時間は過ぎ、今日の業務が終了した。店内の清掃も済ませた2人にユイが話しかける。

「そうですか。でしたら、お言葉に甘えさせていただきますね。えっと、私たちお力になれましたか?」

「もちろん!ロゼッタさんたちが来てくれて本当に助かったわ。あ、ごめんなさい。2人ともすごく動きがいいから、厨房の方につきっきりになっちゃって。今、あっちも人手不足で……」

「大丈夫です。なんとなくそれはわかっていたので。むしろ、私たちを信頼してもらえたみたいでうれしいです」

 ロゼッタの後ろに立つセレナもうんうんと頷く。

「2人とも良い子ね。この店の本当の従業員だったら良かったんだけど……」

「すみません。私たちは学校がありますので。ずっとは……」

「ご、ごめんなさい!変なこと言っちゃって。それじゃあ、明日も同じ時間からよろしくね」

 そう言うと、ユイはそそくさと厨房の方へ下がっていった。

 

 2人は店内奥の更衣室で着替えを済ませる。着替え中は互いにずっと無言のままだった。学校での冷たい雰囲気に戻るロゼッタ。実に見事な切り替わりである。

「ねぇ。店を出たら、ちょっといい?」

 ロゼッタが着替えながら、また一切顔を合わせずセレナに話しかける。

「大丈夫ですけど……。えっと……何か私に用事、ですか……?」

「出たら話すから」

「は……はい」

 はっきりそう言われてしまうと、セレナとしてはもうこの場では何も話せなかった。居たたまれない気持ちになってきたセレナは着替えの速度を上げ、さっさとここを出たくなった。



 時間は21時を過ぎており、あちこちで街灯といろんな店から漏れる明かりが町を照らしていた。その一角、ちょうど影になっている路地裏に立つ少女2人。

「私に話って、なんでしょうか……?」

 薄暗い闇の中、セレナがおそるおそるたずねる。別におびえる理由はないが、ロゼッタのキツイ視線を受けていると、勝手に声と身体が萎縮してしまう。目線をチラチラと左右や前後に向ける。なぜか、逃げ道を気にしてしまう。

「別に捕って食うわけじゃないんだから」

「そ、そうですね……」

 どうやら、目の前の相手には視線の動きと表情で気づかれていたようだ。さすがにいきなり喧嘩を売られたり、脅されるような変なことにはならないと安心するセレナ。


「えっ……?」

 ところが、安心して顔をあげたセレナの目に入った光景は、


「死んで」

 懐からナイフを取り出し、無表情のまま、空気も凍るような冷たい声で死を宣告するロゼッタだった。

 わずかな灯りを吸い込んで光る銀の刃が、自分の首下めがけて振り下ろされる一瞬の様子を、セレナはまるで傍観者のように何もせずにただ見ていることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偶像は勇者に帰す 〜 None but the brave deserve the ”idol” つかさ @tsukasa_fth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ