第17話 負けたくない

 アムズガルドの南西は店や民家がなく、草原が広がっている。さらにその周辺一帯は商工会長・エヴァンスが所有する畑や果樹園があるため、元々一般市民が訪れることが少なく、農作業も終わる午後には人っ子ひとりいなくなることがほとんどである。

 昼下がり、セレナはミーア、エリオと一緒にここでライブそのものに向けて歌とダンスの特訓をしていた。これまで歌ったことのないポップな曲を今回は歌うので、軽い振り付けも曲に入っている。

「はぁ、はぁ…」

 簡単なステップや手の動きを加えるだけでも、その分、集中力や意識がさら必要になるため、経験の少ないセレナは苦戦していた。

「やっぱり、体力もつけないといけないかな。でも、正直その余裕はあまりないし、今回は動きが多いのは一曲に抑えたほうがいいかもね」

「でも、歌だけじゃきっと勝てません」

 ミーアの説明もセレナの心には届いていない。

「セレナちゃん、やっぱりあのこと気にしてる?」

 ミーア、そして、リズはこのレッスンの前に喫茶店でセレナの歌を聴いていた。2人はセレナの歌を貶しはしなかったが、褒めもしなかった。それは評価で言えば、中。普通のレベルということ。

「はい。でも、仕方ないことだってわかってます。これまでちゃんと練習してきたわけでもないですし」

「でも、僕よりうまくてうらやましいよ。ただ、正直に言えば、セレナちゃんくらい歌がうまい子は他にもいるのも事実なんだ。歌だけならアスティナには勝てるのは確かだよ。でも、総合力でいえば…」

「だから、私はパフォーマンスも表情もファンサービスももっと頑張らないといけないんです。システィさんに、アスティナに、負けないくらい」

「さすがにアスティナとパーフォマンスを競うって聞いた時は驚いたよ。でも、きっともし負けても、お父さんはセレナちゃんの頑張りをわかってくれるって」

ミーアには同情を誘って特訓を手伝ってもらうために、『セレナのアイドル活動を父親に認めてもらうために、ライブをする』とうその説明をしている。

「それじゃあ、ダメなんです」

観衆に認められるパフォーマンスをすれば、アイドル同士の競い合いの良さがみんなに伝わり、他のアイドルたちも表立って活動できる雰囲気が作れるようになる。ハルトはそれを予測しており、勝てなくてもセレナが追い出されるようなことはないと踏んでいる。

「私が許せないんです。もし、負けても上手くいくのだとしても、負けちゃいけないんです。私はミーアさんや他の人たちがあの場所でパフォーマンスをしているのを少しの間でしたが、毎日見ていました。皆さんとても楽しそうに歌ってました。でも、その表情、その歌声、その動きに、『誰よりも輝きたい』って気持ちが表れているように見えました。

「セレナ…」

「この街で私はアイドルが本当に好きになりました。そして、アイドルになりたいと思いました。でも、それはただのアイドルじゃないんです。誰にも負けないくらい輝くアイドルになりたいんです!だから、たとえ初めてのライブだとしても私は勝ちたい。勝って認めてもらいたい…」

 セレナのアイドルにかける想い。それはアイドルじゃなくても、競い磨き合う人たちが持つ自然で、大切なもの。

「そっか…そうだよね。負けたくないもんね。たとえそれがどんなに大きなアイドルだって」

「…はい」

 しっかりと頷くセレナの両手をミーアが握る。セレナのわずかに手が震えている。その震えがおさまるように強く優しく。

「残りの6日間、大変になるけど大丈夫?」

「大丈夫です。やりきって見せます」

「体力作りは辛いし、店の特訓ももうちょっと恥ずかしくなるかもしれなくても?」

「うぅ…、だ、大丈夫です」

「よし、じゃあ今後の方針は決まりだね!僕も全力でサポートして、君をアスティナに負けないアイドルにしてみせるよ。ところで、僕から提案があるんだけど…」

「提案ですか?」

「まぁ、セレナちゃんじゃないんだけどね」

 ミーアはセレナではなく、その先を見ている。それに気づいたセレナは後ろをふりむく。

「ミーア、私に用事とは?」

 そこにはなぜかエリオが立っていた。

「お姉ちゃん?!じゃあ、もしかしてさっきの話、聞いてたの?」

「まぁ、なかなかの熱弁だったと思う」

「う、うぅ…」

 妙に恥ずかしがる姉妹2人。

「さて、エリオには僕からひとつ提案があって来てもらったんだ。本当はセレナががんばっている姿を見せるつもりで、この流れはイレギュラーだったけど、逆にちょうど良かったかな」

 なんのことかわからず首をかしげるセレナと、その意味を察した表情を見せるエリオ。

「…あのさ、エリオ、君にもセレナと一緒にライブに出てほしいんだ」


「私がライブにだって…?だけど、私は…」

「もちろん歌でじゃないよ。セレナが歌う後ろで演奏してほしいんだ。聞いたよ。ギターが弾けるんだって?」

「いや、私のはちょっといじった程度で」

「夜中に弾き語るのはいいけど、防音対策はしっかりした方がいい。人より耳がいいから全編よく聞こえた。って、ハルトが言ってたよ」

「あいつ…」

 エリオは手で顔を抑え、ため息をつく。

「どうかな?エリオが一緒なら十分すぎるくらいにセレナの力になると思うんだけど」

「お姉ちゃん…」

 セレナはどうしたらいいかわからず、困った顔で姉を見ている。エリオはその表情を一瞥して、

「すまない」

 そう答えた。

「そっか、残念」

「話がそれだけなら、私はこれで…」 

  そして、エリオはセレナに何も話しかけず、その場を去っていった。


 しばしの沈黙。

「断られちゃったのなら仕方ないね。さぁ、レッスンの続きをしようか。じゃあ、曲はリズが選んだ2曲のままで。今日からは体力トレーニングと基礎練習を重点にやろう」

「はい。あの、お姉ちゃんのことは…私、どうしたら?」

「セレナちゃんは自分のことに集中して」

「わ、わかりました」

「まぁ、エリオの方はあの2人に任せるつもりさ。アスティナに勝つには君たち姉妹2人の力がやっぱり必要だからね」

「確かにお姉ちゃんと一緒にステージに立てたら嬉しいですけど…」

あの2人。その言葉にセレナは期待と不安を入り混じった思いを抱くのだった。

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