第18話 静かな昼下がり

 セレナとアスティナの対決まで残り3日。

 セレナは朝・体力トレーニング、午前・店でファンサービスの練習、午後・ダンス練習、夜・歌の練習というスケジュールを必死にこなしている。

「もうすっかり板についてきたねー。固定ファンも順調に増えてるし。これはいけるんじゃないかなー?」

今日も接客に邁進するセレナをカウンターから見守るハルトとリズ。

「その軽い口調だと、言っていることと逆のことを本当は考えているってことか」

「わかった?まぁ、隠す必要もないよね。そう。今のままだと良く見積もっても勝率5%くらいかな」

「やっぱり低いな」

「まぁ、この1週間で考えている全ての条件が整って50%だからね。あくまで確率だから気にしなくていいよー。1%でもあれば勝つ可能性はあるわけだし」

向こうの席では話題の渦中にあるセレナが客と談笑している。今の店内は昼時なのにそんな余裕があるくらい客が少なかった。

「しかし、セレナちゃん1人で回せるくらいの昼って相当だよねー。いやー良かった、姉が不在なのが今日で。というか、戻ってくるのかな?」

エリオは昨夜から別の仕事が入ったと言って店を出たっきり、まだ戻ってきていない。

「あ、戻って来なかったら、午後はリズと俺だけだからな。下手すれば明日もそうなるかもな」

「ちょっとー?!勘弁してよ、ワタシ1人じゃ無理だから!体動かして汗水流して働くタイプじゃないし!頭脳派参謀タイプだし!」

「近い、近い。落ち着けって。ちゃんとスカートタイプの制服も用意してあるから」

ぐいぐいと迫るリズの顔を片手で押さえつけるも、体ごとさらに迫り寄ってくる。

「そこじゃないから!ちょっと、じゃあ、探してきて。早く連れ戻してきてよー」

「そうしたいのは山々なんだが、今夜まで我慢してくれ」

「それじゃあ労働力確定じゃん!ねぇ、給料は出るの?ねぇ?!」

ハルトの左腕を掴んで上下に振る。

「出ない…」

「クソ店長がー!」

怒りとともに、一層激しく振り回す。

「…が、明日から3時のおやつと夕食後のデザートをつける」

「のったー!!」

契約成立。リズは即座に握った手を離し、その両手を頬に当てて、まだ見ぬ甘い誘惑たちの姿を妄想している。

「なるほど。金以外に飯にも弱いのか、覚えておこう」



「ところで、今日ってなんでこんなに人が少ないのかねー?」

待ち受ける甘美な世界への想像をたっぷり膨らませ終わったのか、元の状態に戻ったリズが問いかける。

「今日はこれからアイシーラからの使者を招くイベントが市場で開かれるんだと。それでイベントには街を代表して商工会長と娘のシスティが出席するから彼女目当てに人が集まっているんだろう」

システィは顔を出す頻度は少ないが、そのかわいさと礼儀正しさから市民からは人気である。聞くところによると、アイドルをやればいいのに、という声もあるとかないとか

「でも、それだけでこんなにガラガラになるの?」

「アイシーラの使者側に護衛として、『戦姫』がいるからな。ちなみに客が少ないのはうち以外もだそうだ」

「あぁ、なるほどねー、あの石頭が来るんだ…」


アイシーラはオーランドから海で渡った先にあり、魔王侵攻時は戦いの最前線に立ち続けて領土を守り抜いた世界に名だたる強国である。

『戦姫』はアイシーラ最強の女性勇者で、数々の武勇をつくり、男性優位な世界各国の中で、アイシーラを女性君主国家に変えさせる立役者となった人物である。18歳という若さで王女の最側近となり、力だけでなく知力も振るい、国を支えている。


「あの子は嫌いだからねー。真面目で、義理堅くて、頑固で、超善人で、冗談が通じないんだもん」

「お前の真逆だしな。まぁ、かく言う俺も苦手だったが。当時は『東の戦姫』に対して、リズが『西の聖女』って呼ばれて崇められてたのは不思議で仕方なかったよ」

「外面だけはいいからねー」

「自分で言うか」

勇者は世界中から集まって魔王を倒したのだが、各国の勇者たちは強すぎる個性に加え、当時の世界情勢も相まって全体的にあまり協力的ではなかったという。

「そうか。あの2人がちょうど来ているのか…。会長の娘に関してはなかなか人前に出てこないし、ちょうどいいタイミングだな」

「おっとー、これはなにやら嫌な予感がしてきたよ…」

「察しが良くて助かる。どうせしばらくは客もほとんど来ないだろうし、ある程度のメニューの出し方はセレナにも教えているし、大丈夫か」

 ハルトはエプロンの紐を解く。

「すまない。1~2時間ほど店を空けるから、よろしく」

「ちょっと待ったー!!」

 リズは両腕を使ってハルトを捕まえようとするが、一瞬にしてハルトは姿を消し、扉に付いている鐘が鳴り響く。何が起こったのかと不思議に思うセレナと客たち。

「…ちくしょー。今日からデザートだせよー」

 仕方なく、リズは着替えるために2階へ上がっていくのだった。

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