第35話 熱演 少女は舞う。そして…

アスティナのライブが終わった後も、観客たちは誰一人として帰ろうとはしなかった。

次にこの場に立つ少女は、アスティナのような人気アイドルではない。そもそも、正式にはまだアイドルなのかどうかもわからない、そんな子なのだ。

それでも、そこに集まった人たちはこれから起こる出来事になぜだか期待してしまう。まだ、楽しい時は続くのだと。



―はじめて見るそこからの景色は、これまで見たどんな素晴らしい景色よりもきれいでした。といっても、たった3年間ですけど―


気持ちが高揚している。昨日はあんなに不安がってみんなに迷惑をかけた。さっきまで、アスティナによる圧巻のパフォーマンスを目の当たりにしていた。

それでも、やはり緊張も不安もなく、セレナは『早く歌いたい』と思っていた。


―良かった。みんな嬉しそうで―


ステージの中央にピンクと白を基調とした衣装を纏ったセレナが立つ。

 お店の常連たちが前の方でセレナの晴れ舞台を見守っている。満面の笑みは見ていると勇気づけられてくる。

右側の少し奥の方には、3日前にライブを宣伝するチラシを街頭で配っていた時に会った女性たちがいた。『面白そうだから、もう一日滞在を伸ばして見に行くね』と言ってくれた。本当に来てくれていた。

左側にはリズやミーアの姿が見える。2人の太陽のような明るい笑顔を見るだけで心の中がさらにあったかい気持ちでいっぱいになる。

そして、舞台袖を横目で見る。自分をこの場所に連れて来てくれたハルトがいる。出会ってそんなに月日も経っていないが、激動の毎日を共に過ごして来た。なんでだろうか、もっと前から知っていたような気がする、どこかそんな感じのする勇者と呼ばれた人。


―私が本当のアイドルになったら、今度はしっかりプロデュースしてくださいね―


 まだプロデューサーとしては未熟なハルトに、セレナは心の中でそっと呟く。



「はじめまして!私、セレナと言います!」

 それだけ口にすると、セレナはマイクを片手にしっかりと握る。自己紹介はこれだけで十分。後は、自身が奏でるその歌で自分を知ってもらいたい。


 スピーカーから、新しい世界への一歩を踏み出すための、行進曲が聞こえてくる。

 

 イントロが流れだす。爽快なメロディーはこの夕暮れには少し似合わないが、そんな些細なことは気にせず、セレナはこの日のために短い練習期間でしっかり覚えてきた振り付けを披露する。

 その動きに合わせて、会場の後方から一筋の風が吹いてくる。まるで、音楽に花を添えるような涼風は、アスティナの舞台で熱のこもった観客たちの熱い心をほんの少しだけ、セレナのパフォーマンスに集中できるように冷静にさせた。


『君の心は、ねぇ、どこにあるんだろう?』


『いつになったら、私、見つけられるのかな』


 それは、いつも近くにいるけれど、なかなか想いを伝えられない恋する少女の歌。恥ずかしくて言えない。だから、気づいてほしい。でも、なかなか気づいてもらえない。お互いに向ける想いのかたちは、いつか同じものになるのだろうか。幸せな毎日にどこか感じる、一握りの不安。

 本心を言えない、という部分はアスティナの1曲目と同じだが、妖艶な大人の部分を引き出していたあの曲とは対照的に、この曲はまだ子供な少女の純真さをうたっている。


―まるで、私みたい―


 3年間。記憶をなくす前から考えたら、17年間。彼女の隣にずっといてくれた姉。今ではたった一人残った家族である。たとえ真実がどうであろうと。

 優しくて、心強くて、かっこよくて、ちょっとかわいい所もある、世界に誇れる自慢の姉。


―お姉ちゃん、私、信じているからね―


 姉の姿を見なくなって3日が経つ。これまでも夜中にひっそりと寝室に戻ってきたり、朝食の前に疲れた様子で帰ってくる姿をセレナは度々見ていたが、数日も帰ってこないのは初めてだった。

 それでも、セレナは姉のことを心配しすぎないようにしてきた。きっと姉なら、『私のことは気にしないで、ライブに集中して』と言うに違いない。全く身勝手な話ではあるが。


 悲しかった。寂しかった。怖かった。もしかしたら、姉にとって自分は迷惑な存在なのかもしれない。そんな思いが胸をよぎることもあった。それも、あえて心配しまいと振舞った理由だった。自分はきっと姉の不安になる。そう思っていた。



『優しい君の横顔を、いつか私に振り向かせてみせるから』


―でも、そんなこと、考えたって意味がないんだ―


 あの地下酒場で、エリオはステージで活躍する少女たちに憧れるセレナを見て、


「セレナだって、"必ず”なれる。大丈夫。私がそばについているから」

 そう言ってくれた。


―だから、大丈夫―


『だから、待っててね。きっとあなたを真っ直ぐ抱きしめる、その時まで』


―もう、怖がらないよ。恐れないよ。だって、私はアイドルになるんだから―


 彼女は心の中で誓う。その瞳はたしかに輝きに満ち溢れていた。



 一番が終わり、間奏が流れる。

 気づけば、観客たちの視線は全てセレナに向いていた。誰もが皆、目の前で楽しそうに歌い舞う少女に見惚れている。

 それは、アスティナのような眩い輝きを見せる流星を見つめる熱い視線ではなく、生まれたばかりの新星に希望と期待を込めて見上げる暖かな眼差し。

 

 最高に気持ちが良かった。これが、アイドルだけが感じられる幸せなのだと、セレナは思った。


 もうすぐ、2番がやってくる。こんなに楽しい歌も半分を通り過ぎようとしている。この時間が愛おしい。だから、悔いが残らないよう、全力で魅せようと決めた。まだ、体力も大丈夫。やれる、はずだった。


「…え?」


 その時、突如として、セレナの動きが鈍くなる。体中が重い。胸が苦しい。頭が痛い。全身のありとあらゆるところから悲鳴が聞こえてくる。


―もう、怖がらないって決めたんだからっ!―


 “正体不明の何か”に全力で抗う。しかし、それは痛みという名の不協和音を伴いながら、セレナの体力を容赦なく削り取っていく。

 呼吸が乱れる。ステップがずれる。どんなに気持ちは強く持っていても、体がやはりついていかない。


ー声が出ないっ!?―


 さっきまで楽しそうだった観客たちの表情が心配の色に変わる。歓声に段々とざわつきが混ざりはじめる。


「ぅぁ…がっ…!」

 叫ぶくらいの大声を出すつもりでも、かすれる程度の声も出てこない。ライブという大舞台で声が出なくなってしまったら、もうどうしようもない。


―こんなことで、終わりたくないっ!―


 体が再びぐらりと傾く。踏ん張ろうとしたが右足に力が入らず、倒れそうになった。倒れたら、本当に止まってしまう。それだけは嫌だ。そう願った、その瞬間、

「あれ?」

 急に体中に力が湧いてくる。まるで、さっきまでの痛みがなかったかのように、いつも通りの自分が戻ってきた。

 すぐさま、両耳で音楽をとらえて、自分が今どこにいるかを感じ取る。声も出る。手足も自由に動く。歌と振り付けを必死に合わせ、笑顔をつくる。途中から歌と踊りを持ち直すのは相当難しいが、意識があったと時はずっとこの歌を反芻していた、その甲斐があった。


 一瞬、横を見る。舞台袖で呼吸を乱しているハルトと、自分に向かって光る両腕を伸ばしているリズの姿が目に入った。自分の体を不自然にならないよう見渡すと、ほんのりと体が光っていた。

「リズさん…」

 セレナはこの回復と光がリズの使った魔法だとわかった。

 観客たちは再び、楽しそうにステージを駆け回るセレナの姿にほっとして、また応援を再開していく。特に不思議な反応もしないため、体が発光しているのは演出なのだろうと思っているに違いない。


―みんながいてくれて、良かったー


 原因はわからないけど、みんなが繋げてくれたこの時を決して無駄にはしない。

 セレナは全力でパフォーマンスをする。今まで、練習してきたウインクやアピールをする余裕はなかったが、それでも出来る限り、思いつく限り、ここに来てくれた人たちを少しでも、一人でも多く、幸せな気持ちにさせてあげたい。そうセレナは考えながら、歌い踊った。



 音楽がフェードアウトしていく。1曲目が終わった。

 会場からはアスティナに負けないくらいの盛大な拍手が鳴り渡る。突然のハプニングを乗り越え、曲の最後までステージに立ち続けた不屈のアイドルに人々は精一杯の賛辞を贈る。

「ぜぇ…、はぁ…」

 しかし、セレナの体は魔法の力で奇跡的に回復したももの、歌い終わった瞬間に極度の疲労に襲われた。もうここに立っていることだけで限界な気がした。満身創痍。次の曲を歌う余力だってもう残っていない。


―それでも、私は…歌い続ける。そう決めたんだ―


 歌う力もないのに、歌い続ける。矛盾しているけれど、もうセレナに他の選択肢はなかった。声が出ないなら、喉が壊れる覚悟で声を出そうとすればいい。手足が動こうとしないなら、引きちぎれそうになるまで目いっぱい動かそうとすればいい。もう何を言っているかわからないけれど、無理でも何でも通してみせる。後は気持ちで動き続けるしかなかった。


 もう一度、マイクを握り締める。震えながらも口元へ運ぶ。

「…ぁ」

 やっぱり声は出ない。


―いやだ、絶対に出してみせる―


 ぐっと歯を食いしばり、体の無事なんか一切気にせず、自分の全てを出そうと深呼吸した。すると、



「少し疲れてるぞ。ほら、水くらい飲まないと」

 空いた左手にひんやりと冷たい感触が伝わってくる。

「えっ…?」

 観客たちが今度はざわめきだす。全員の視線はセレナの少し左側を指している。

「ほんと、に…?」

 その時、セレナはあれだけ出なかった声が、いとも簡単に口から漏れ出したことに気づいた。身体の中にまだ歌える力が秘められていることに気づいた。そして、ゆっくりと自分の左側にいつの間にか立っていたその影を見る。


「お姉ちゃん…」

「本当に、ごめん。遅くなった」

 姉は今にも泣きそうな笑顔でセレナの頭を優しく撫でる。髪の毛を触れる手はとても湿っていた。

「お姉ちゃん、汗、すごいかいてる」

「ご、ごめん。汚かったか?」

「ううん、大丈夫」

 よくエリオの姿を見ると、体中にこぼれるくらいの大汗をかいていた。どれだけ全力でここに向かってきたのだろうか。

「ここに上がって、大丈夫なの?」

「本当はいろいろと不安だった。でも、ちゃんと相談して決めたから」

「相談って…誰と?」

 すると、エリオは返答に困って、明後日の方角を見る。

「そ、それは…」

「いいよ。お姉ちゃんが帰ってきてくれた。それだけで十分だから」

 セレナはエリオの胸に顔をあて、自身の表情を隠してぼそりと呟いた。


―今日のステージでは涙を絶対に見せない。アスティナが全力を出して、みんなを笑顔にしたんだから、私だって。だから、涙はいらない―


「あの、すみません。急にドタバタしちゃって」

 セレナはステージの外側に体を向け、大勢の人たちともうすぐ沈みそうな夕陽を見つめる。


―不思議。ついさっきまで、もうどうしようもなかったのに―


「もう、大丈夫です。後、一曲ですけど、私の全力を込めて歌います!と、その前に…」

 セレナはエリオを軽く引っ張り、自分の真横に立たせる。

「今、隣にいる人は、私にとって本当に大切で…」

 そして、そのまま、左手をエリオの背中に回し、自分の体をエリオに押し付ける。

「大好きな、自慢のお姉ちゃんです!!」

「ちょっと、セレナ!?」

 人前で行われた妹の大胆な行動に、赤面してしまうエリオ。一方、会場からなぜか沸き起こる拍手と黄色い声。『いいぞー』とか『姉妹愛サイコー!』など、観客たちの思い思いの叫びがステージ上の2人にかけられる。

「あれ、なんか当たってる…」

 そこで、セレナは初めて、エリオが何かを持っていることに気づく。

「お姉ちゃん。それってもしかして、ギター?」

「気づくのが遅い」

 そこで、完全に太陽が地平線へ沈み、ステージには少し離れたところから、スポットライトが当てられる。そして、2人の姿と、エリオが身にしている鮮やかな真紅のギターが照らされた。


「セレナ。次の曲、予定の曲から変わるけど大丈夫?」

「もしかしなくても、お姉ちゃんが夜中にこっそり歌っていたあの曲だよね」

「やっぱり、セレナも知っていたのか…。道理でハルトたちがこの曲に変えるのを勧めてくるわけだ…」

「いい曲で、いい歌詞だよね」

 それ以上、聞くと恥ずかしくなると思ったエリオは、その言葉をスルーして、ギターを軽く弾き鳴らす。軽く音を出した後、2人は舞台袖を見る。そこでは、リズが元気いっぱいに右手を前に突き出し、ハルトがしっかりと頷いた。それぞれのGOサインを確認した姉妹は前を向きなおす。


「「聞いてください、曲は――」」



 夜空に咲き誇る満開の星々が照らす中、黄金と白銀の髪がそよぐ夜風にあたって、軽やかに揺らめく。


 さっきまでのことが嘘のように、すっかり色を取り戻したセレナの歌声が会場全体に広がっていく。さらに、一音も乱れず奏でるエリオの音色が、セレナの紡ぎ出す音を幾重にも包み込んでたくさんの人たちの耳へと届く。


『一人寂しい夜には、この歌を思い出して。震える背中を抱きしめる君のための歌を』



 響く。どこまでも歌は響く。その歌声は、ステージのずっと奥に幾人かの少女たちの心にも届いていた。

「すごい…」

 なんでこんなにも胸の奥にまで響いてくるのだろう。もう、少女は感動せずにはいられなかった。

「私もいつか、こんな風にみんなに伝わるような歌を唄いたいな」

 不思議と、それはそんなに難しいことではないような気がした。きっと、大切なのは、自分のありったけの想いを余すことなく全員に伝えたいという真っ直ぐで強い気持ち。

「うん、きっと唄えるよ」

 あの時、ハルトたちによって救出されたアイドルを目指す少女たちは、自分たちより一歩だけ先に進んだその少女の姿をじっと見つめていた。いつか、自分たちもあのステージに立つために。



 エリオは舞台上を楽しく動きまわるセレナを見守りながら、自分が出来得る限りの最高の音楽を奏でる。とはいえ、本職でもプロでもない。素人に毛が生えた程度のお粗末なものかもしれない。でも、セレナのために、全身全霊で弾き鳴らしてみせる。それは舞台に上がる前に自分と、彼女に誓ったことだった。


 ―結局、手放せなかったな―


 エリオは思う。


 2日前、クラルかエリオ、どちらかの姿でいるか選べること、どちらかの姿でしかいられないであろうことを知らされた“彼”は誰もいない西のはずれで、結局、どちらでいるべきなのか決められず、いたずらに時が過ぎるのを待っていた。

 その時だった。確かに脳裏に“彼女”の声が一度だけ聞こえたのは。


「3年間、私として生きてくれて、ありがとう。もう十分だから。妹もまだ誰かが必要かもしれないけれど、それはあなたでもきっと大丈夫だと思う」


 ―都合の良い、ただの妄想とは言えばそれまでだ。でも、俺はそれが彼女だと信じた―


 そして、その言葉を聴いて、クラルは思った。エリオはそれでいいのか、と。

 この体は融合したとはいえ、以前まで間違いなくエリオの姿だった。けれど、今、彼女の意思はここはない。融合したあの時、彼女が瀕死状態だったから、もう意思を宿すだけの力がなかったのかもしれない。

 だから、このままクラルの姿でいたら、今までクラルの知りうる限りで代弁してきたエリオの心は完全に消えてしまうのではないか、そんな不安が漠然と襲い掛かってきた。


―だから、俺は、エリオの意思がいつの日かちゃんと戻ってきて、“ふたり”でセレナの前に帰ってこれるときまで、エリオでいようと決めたんだ―


 相談だなんてあまりに聞こえの良すぎる言葉だったけど、きっと間違っていなかった。セレナがアイドルとして新たな世界に挑戦するために、最適な正解を選んだのだとクラルは思う。


―アイドルはさすがに恥ずかしくて無理だけど、唯一、姉妹に自慢できた音楽でなら、セレナのこれからを支えられるはず―


「お姉ちゃん、私、とっても楽しいよ」

 最後の間奏の最中に、セレナがそっと囁きかける。


―それに、大好きな妹の輝く姿を見たくない姉なんて、いるわけないもんな。だから、これで良かったんだよな。いや、良かったっていつか言わせてやる―


 この姉妹が、クラルとしての自分が、全ての気持ちに決着をつけられる時まで、彼は彼女として人生を続けていく。それが、最愛の女性とその大切な妹を思った一人の男の答えだった。



『夜空を彩る星のように、ずっと輝き続けたい』


『隣に並ぶあなたと一緒に世界を照らそう…』


 エリオは楽器を鳴らす右手を止め、セレナは声を響かせるマイクを下ろす。そうして、姉妹による熱演が幕を閉じた。


「セレナ。私もすごく楽しかった」

 互いを見つめ、微笑みあう2人。会場からはその姿にさらに感極まり、拍手喝采が止まることなくずっと鳴り響く。2人はぎゅっと手を繋ぎ、会場に集まった全ての人たちに向けて礼をする。ここに上がれたことを心の底から感謝するように。

 そんな2人を、観客も、関係者も、風も、星も、まるで世界中全てが称えているようで、セレナとエリオはそんなちょっと自惚れたような感覚を、しっかりと身体全てで噛みしめるのであった。


「お疲れ様。2人とも最高だった」

「でも、練習したことも半分くらいしか出来ませんでした」

「まぁ…、いろいろあったから仕方ないさ。でも、それを差し引いてもとても良かったよ」

 舞台袖に下がると、ハルトが水を2人に手渡して、労いの言葉をかける。

「ふっ、当たり前だ。自慢の妹なんだからな」

「そうですよ、当たり前なんです。自慢のお姉ちゃんなんですから」

 曲が終わってから、2人は笑顔でずっと手を繋ぎ続けている。観客や関係者から見ても、仲の良い美しき姉妹にしか見えなかった。ただし、ハルトを除いては…。



 会場の方では当初の通り、ステージ周辺に集まった人たちを中心に配布した投票券でどちらのライブの方が良かったか投票してもらっていた。観客一人ひとりがそれぞれの感想を一枚の紙に込めていく。

 投票が終わり、結果がわかるまで一時間ほどの猶予がある。観客たちはそれまで、賑わう会場やアムズガルドの街を楽しんでいる。一方、ステージ裏ではアスティナとセレナがその時を静かに待っていた。


「ところで、お姉ちゃんは…?」

 気づいたら、また姉の姿がないことにセレナは気になって、近くにいるハルトに問いかける。

「あぁ、エリオならミーアに連行されていった。まだ店が忙しいからな」

「でも、リズさんやオリビアさんもいるんですよね。…ということは、今日は本当に大繁盛なんですね!そんなに売れ行きがいいなら、私も少しご褒美とかお願いしていいのかなぁ、なんて」

「そりゃ、今日の功労者に何にもないなんて、ひどいことは言わないさ。何が欲しいか、ちゃんと考えておいてくれよ」

「はいっ!やった!何にしようかな…」


 そして、数秒。2人の間に本当にわずかな沈黙が生まれた。少しだけ、ハルトの表情が真剣になったような、しかし、少し曇ったようなそんな表情に変わる。

「セレナ。疲れているところ悪いんだけど、ちょっとだけいいか?」

「全然大丈夫ですよ。なんですか?」

「ここだとなんだから、出来れば外で話したいんだが…」

「は、はい。わかりました…」

 その真剣な面持ちになぜか緊張してしまうセレナ。ハルトに促されるまま外へ出て行った。

「……」

 そんな2人をアスティナは何も言わずにちらりと覗き、“静かに見守っていた”。

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