12-4 異世界への礼儀
「「「…………」」」
「おい、チャンピオンに勝ったんだぞ!? すごいだろ! 何か言えよ!」
一同ドン引き。
ギャラリーである彼女たちの視線が痛い。
あの目は気持ち悪いものを見るときの目だ。
「あの三年間負け無しのチャンピオンが――」
そう言って対戦相手の方を見ると、そこにフォロウの姿はなかった。
「え、いない!?」
「まさか、改造デッキケースの力で!?」
クラウの言うとおりだろう。
改造デッキケースの効果「デュエル開始位置の偽装」。
デュエル空間が解除される時、開始時に立っていた場所を若干ずらせる効果がある。
俺らもオリティアの父の会社に侵入した時に使った。
おそらくその効果で、この第二棟の何処かに逃げられてしまった。
セキセキ! セキセキ!
「おっと。……これは!」
赤石探知アプリが反応し、俺は飛んできた何かをキャッチする。
手のひらを見るとそこには……『赤石』が。
「リクシン、それ!」
「ええ、ついに手に入れましたね!」
「……やった!」
リクシン は セキセキ をてにいれた!
そんなメッセージウインドウが出てきそうだ。
やったぞ。
ついに念願の赤石を手に入れた!
嬉しい!
今なら究極生命体にもなれそうだ!
「よっしゃ、せきせ――」
『キミと戦えて楽しかったよ。この世界もまだまだ広いという事を知れたしね。
僕は世界をもっと旅する事にしたよ。そしていつか領域の向こうを目指す。
またいつか会えると良いね。その時にまたデュエルをしよう――――』
「これは魔法……《言霊》ですか?」
「そうね。まんまと逃げられたみたいね。」
赤石ゲットだと決め台詞を言おうと思ったのに、フォロウのメッセージに被せられる俺。
どうにも締まらない。
この後、第二棟を探したがフォロウ・ランラインは見つからなかった。
まあ赤石も返してもらったし、罪を償ってもらうつもりは無いからな。
そもそも返してもらったって、俺の赤石じゃないし。
◆◆◆
そのあとは一旦解散。
博士の家にはその日の夜に集まり行くことになった。
学年リーダー達はやることあるし、タタミも講義がある。
彼女たちはこれからもここで生きていくんだ。
俺は家に帰って身辺整理。
もう講義に出る必要は無い。
この家ともさよならだ。
心残りなのは仲良くしてくれたアイヌマ君に別れを言えなかったことだな。
あとでタタミにでもお願いしておくか。
「はー……」
部屋の片付けをしてベッドで横になる俺。
すでに夕方だが、約束の時間まではまだある。
ここまで長いようで短かかったな。
少し思い出に浸っていると……コンコンっとドアが鳴った。
え、ちょっと早くない?
まさか赤石の所持がバレた!?
特になんの隠蔽魔法とかも施してないし!
恐る恐るドアを開ける……
「なんだよオリティアかよ。」
「何だよとは何よ。」
「ちょっとビクついてたじゃねーかよ。まあいいや。早いな。」
「早く終わったからね。」
部屋にオリティアを入れる。
彼女はそのままテーブル横の椅子に座った。
丁度いい、中途半端に残ってたココアでもいれるか。
荷物まとめた後だけど。
荷物からココアの袋とミルクの瓶、砂糖とヤカンを取り出す。
ヤカンでお湯を沸かしてる間、ココアの粉と砂糖を調合する。
この作業も見ないで分量がわかるようになった。
マグカップにココアの素を入れ、沸いた熱湯を注ぐ。
すぐにかき混ぜ粉を溶かした後、隠し味にミルクを少し投入。
若干冷めてしまうが熱すぎない方が甘みが口の中に広がる気がする。
「ん~、このココアが飲めなくなっちゃうのが残念よね。」
「俺じゃなくてそこかよ。てか博士のところに行けばいつでも飲めるだろ?」
ココアをオリティアに出し、俺は残ったミルクを飲み干す。
ちょっと多いけど、博士の家に行くまでに痛みそうだしな。
飲み干した瓶を台所に置き、俺はベッドに腰掛ける。
「魔女様にはもう会わないほうが良いのかなーって。
ほら、私有名人だし? 見られたらマズイじゃん?」
「あー、ソッスネ。」
「でもココアをオルモアちゃんに持ってこさせるのもアリかな……」
「ココアのために人を動かすなよ。甘いもんを摂取してるんだから自分から動かないと太るぞ。」
「クラウと一緒にしないでくれる!?」
「おいやめろ、俺がクラウのこと変に言ってるみたいじゃないか。」
オリティアが立ち上がる。
ベッドに居る俺の方に近づく。
あれ、太るとか女性に言っちゃまずかったか?
これだから童貞は。
「え、ちょっと。……え?」
急にオリティアに抱きつかれた。
そのままベッドの上で押し倒される。
「ちょっと? オリティアさん?」
「うっ……うぐっ……」
え。
泣いてる。
「何で、何で帰っちゃうのよぉ、リクシンっ……」
「オリティア……」
彼女が俺の胸に顔をうずめる。
涙が服に滲みて、俺の胸元が熱く感じる。
彼女は小刻みに震えている。
「寂しいよぉ、りくしんーーー! さみじいよぉぉ。
まだ、まだいっぱいしたい事があっだのにぃぃーー!
うえぇぇぇん、りくしーーーん!」
俺は彼女の背中と頭に腕を回した。
そしてやさしく、頭を撫でた。
「ごめんな、オリティア。」
確かに。
ここまで言われてはじめて気がついた。
俺は何のために帰るんだろう。
ずっとここにいても良いんじゃないか。
せっかく仲良くなった友達もいる。
しかもこの世界、謎だってたくさんある。
まだやり残したことがあるんじゃないだろうか。
「りくしぃん、うえぇぇーーん! 離れたくないよぉぉぉ。
大好き、リクシン大好きだよぉぉぉ、うわぁーーーん!
さみしいよぉぉ、りくしぃぃーーーん!!」
え? え?
それってどういう……
「ひぐっ……でもね、リクシンが辛いのもわかるの……。
うぐっ……たまにすっごい悲しそうな顔してるの見てね……。
やっぱり異世界に連れてこられて……辛いのかなって。」
「オリティア……」
それはあるかもしれない。
現実世界の夢を見た後だったり、ギャップを感じた時。
俺自身は異世界を楽しもうとしてたけど、心はストレスを抱えてたのかもしれない。
それを見抜かれていた?
「ううっ……私もね、もし魔界にひとりぼっちで放り出されたら……。
リクシンみたいに耐えられないかもしれない……。
でもね……それでも……うええええええん!!」
両腕を背中に回され、がっつりホールドされる。
またヒートアップして泣き出した。
それからオリティアはしばらく俺の胸で泣いていた。
ツンデレならぬ、ツンガチ泣き。
キャラ崩壊させてまで寂しがってくれる仲間を持てて、俺は本当に幸せものだ。
俺はやっぱり現実世界に帰る。
それが今まで支えてくれた皆への恩だし、この世界に対する礼儀だ。
ありがとう。オリティア。
◆◆◆
「取り乱しました。」
「はい。」
しばらくして俺から離れ、ベッド横にあったチリ紙で鼻水をかむオリティア。
そのあと椅子に戻る。
俺は起き上がり、ベッドの上でボーっとする。
「えっと、好きって言ったのはあれだから! 戦友とか仲間とかそういう意味だから!」
彼女は残っていた、冷めきったココアを一気に飲む。
顔が真っ赤だ。
「わかってるよ。ありがとな。」
「な、何よ、もう……」
オリティアは恥ずかしそうに斜め下を向く。
でもすぐに笑顔になり、いつもの彼女に戻る。
「そうだ! 『ミーム』を教えてよ。クラウたち来るまで時間あるでしょ?」
「お、おう。いいよ。」
それからクラウたちが来る日没まで、臨時の
俺がデュエル以外で彼女らに教えられるのは、このくらいだ。
そして夜になった。
クラウとタタミが俺の家に合流。
博士の家へ向かった。
流石に慣れたのか、あれだけ怖がってた魔女の森も穏やかに歩いている。
途中、思い出話に花を咲かせながら。
彼女らと出会ってからまだ三ヶ月も経っていない。
しかしこんなに多くのことを話せるなんて思わなかった。
本当、出会いに感謝ってあるんだな。
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