8-4 クチコミ


「頭痛い。」


 そりゃ二日酔いにもなるだろう。

 次の日の朝、俺は気になったことがあったのでオリティアに連絡した。

 通信魔法アイテム「スマホ」から聞こえる彼女の声は重たかった。


「間違いなく飲み過ぎのせいだな。」


「ええ。その節はご迷惑をおかけしました。深く反省してます……。」


「あー、よくあることだ気にするな。それよりも、聞きたいことあるんだけど。

昨日オルモアから渡してもらった、博士の発明品あるだろ?」


「ああ、ブルーなんとかってやつ?」


「そうそれ。あれ俺のとこに無いけど、オリティア持ってったんだっけ?」


「ええー? 違うわよ。あんまり覚えてないなぁ、タタミんが最後持ってたような。」


 タタミか。

 そういやあの子、受け取ってから色々触ってた気がする。

 そのまま持って帰っちゃったか?

 俺も酔って覚えてない。


「あの子に連絡してみればいいじゃない。」


「連絡って、通信手段どうすりゃいいの。」


「あの子『コンパクト』持ってなかったっけ?」


 『コンパクト』、どっかで聞いた気が……。

 ああ、アイテムショップでゴリ押しされた女子人気アイテムか。

 丸くて折りたたみできる、中に鏡が入ったアレ。

 店員の話はよく聞いてなかったけど化粧用品じゃないのか?


「『コンパクト』は遠くの人とおしゃべり出来る通信アイテムよ。

しかもこのスマホと違って、鏡に相手の顔が映るから顔を見ながら喋れるの。

今女子たちの間で話題になってるコミュニケーションツールよ?」


 スマホもやろうと思えばビデオチャットくらい出来るわ。

 じゃなくて、あれって携帯電話みたいなアイテムだったんだ。

 そういえば学院内でも、女の子がコンパクト見てたな。

 鏡で化粧直してるのかと思ってた。


「じゃあ俺持ってないから連絡してよ。」


「えー……今ベッドで顔ひどい事になってるから、後でいい?」


「まあ急ぐことじゃないからいいよ。」


 タタミが持ってるんだとしたらいいんだ。

 今すぐ使いたい理由も無いし。

 ただ、もしあの場所に忘れてて誰かに拾われでもしたら厄介だな。



◆◆◆



「えっ……?」


 俺はインターネット風端末『ミーム』を操作する手を止めた。

 驚くべき情報がそこには記載されていた。


 昨日の疲れがあるため、休日の今日は引きこもってのんびりしていた。

 ぼーっと『ミーム』を操作し、面白い情報が無いか探す。

 そこで発見したのが「口コミサイト」。

 現実世界のものと同じく、駅前の居酒屋やクラブなどの口コミが寄せられているサイトだ。

 そこにこんな情報が。


「駅前の『M&W』ってナイトクラブ、危険だから行かない方がいい。

表向きはVLDデュエリストのライブデュエルを肴に酒を飲む店。

しかしもしあなたがVLDデュエリストだったら、強制的にショーに参加させられるかもしれない。」


 「強制的に」という情報が気になり目を留める。

 すると。


「怪しい黒いデッキケースがこの店で取引されて……」


 黒いケース?

 取引?

 ……見つけたかもしれない、あのヤクザの持っていたケースの出処。

 このナイトクラブ、確実に情報を持ってる。

 誰と取引したかまでは無理だとしても、製造元などの情報は分かるかもしれない。


 ここで一つ思い出す。

 新聞部の部室にもこのインターネット風端末『ミーム』はあるんだよな。

 そして博士の発明品をタタミが持ってるかもしれない。

 まさか一人で潜入しようとするなんてこと……。


「いや、そんなことはないだろ。」


 流石に考えすぎか。

 タタミがこの情報を見たなら、俺らに連絡をくれるはずだ。



◆◆◆



 夕日はすでに落ち、あたりはだいぶ暗くなった。

 ここは先日来たばかりの隣駅。

 少し先に見える大きな建物はカードショップだ。


 どうしても気になるから来てしまった。

 タタミが単独潜入してるなんて馬鹿なことはしないと思ったが、俺も人のことは言えない。

 遠くから確認するだけして、それからみんなに伝えようと考えた。

 まあ潜入作戦を立てるために、周囲の情報を把握しておくというのも有用だろ。


「あそこか……」


 建物と建物の間の、ゴミ箱の裏に隠れる。

 ナイトクラブの建物が遠くから確認出来る、いい場所があった。

 こんなこともあろうかと、商店街でちょっと大きめのパーカーを用意していた。

 フードを深くかぶり、ここから目的のナイトクラブを見張った。


 駅の裏通りには飲食店が並んでいる。ナイトクラブはその一角にある。

 周囲の居酒屋は明かりがつき始めた。

 ナイトクラブにも明かりがつき、従業員だと思われる人の出入りが確認できる。

 情報ではもうすぐ営業が始まる。


「え!? おいおいマジか!」


 思わず大きめの声が出た。

 ナイトクラブの建物は二階建て。一階がクラブで二階は事務所?

 従業員は店の入口から出入りしているが、外から二階へ上がる階段も確認できる。

 古いアパートのような簡易的な階段だ。


 その階段に人影が確認出来るが……。

 どう見ても小柄な新聞部・タタミだ。


「あいつ何やってんだ!」


 ダッシュで遠回り。

 飲み屋通りを逆方向に進み、誰にも見られてないのを確認して路地裏に入る。

 目的の建物の裏側に回り、自分の気配を殺しながら階段へ向かった。


 うまいこと階段の下にたどり着き、ゆっくり階段を上る。

 周囲は真っ暗。この階段は使われていないんだろうか。

 足音を立てないように集中する。


 二階に登りきったとこで、人影の後ろ姿を確認できた。

 その人物は階段の下を見ていて、こちらに気がついていない。

 これで人違いだったらどうしよう。

 いや、あの後ろ姿は間違いない。

 ゆっくりと近づき、ここは騒がれてもマズイから……


「動くな。」


「んー!」


 後ろからガッと一気に口を押さえる。

 さらに暴れて音が出ないようにガッツリ抱きつく。


「俺だよ! リクシンだ! 落ち着いて!」


「んー! んー!? ……ん。」


 落ち着いたみたいだ。

 口から手を離す。


「……りっくん? どうしてここに。」


「こっちのセリフだよ! 一人でここに来るなんて危険だ。」


「……りっくん、近い。」


「あ! ごめん!」


 押さえるのに必死だったが、思い切り後ろから抱きついたままだった。

 顔と顔の距離が10cmも無かった。

 あわてて離れる。


「で、こんなところで何してる?」


「……ミームでこの店の情報を見て。……りっくんもでしょ?」


「やっぱりか。まあ、そうだよ。この店が『違法デッキケース』の出処になってるってね。」


「……うん。だからまず、これを仕掛けに来た。」


 これ、と見せてきたもの。

 博士の発明のアイテム《ブルートゥース》だった。


「これ、やっぱりタタミんが持ってたか。」


「……ごめんね、色々触ってみたくて。」


 間違って持って帰ったが、興味があって使い方を模索していたらしい。

 そしたらステレオヘッドセットかと思ってたが、片耳ずつでも通話できることを発見したとのこと。

 遠くを視ることの出来る国宝級の魔法アイテムが原材料。

 スマホ風アイテムを作って余った欠片で作ったと博士が言ってたが、こんな小さいのにすごい。

 遠く離れても声が届くらしい。


「これを一個設置して、盗聴しようってこと?」


「……そう。」


「確かに出来そうだけど、一人で仕掛けに来るのは危険だろ。」


「……一人のほうが身軽。」


「いやでも!」


 タタミはスッと立ち上がり、目の前にあった二階のドアノブに手をかけた。


「……《ヨグソトース》!」



カチャッ



 今のは魔法!?

 鍵の開く音が聞こえた。


「……ウチにはこの魔法がある。……潜入なら任せて。」


 タタミはゆっくりドアを開ける。


「ちょっと待っ……!」


 自分で自分の口を押さえる。

 ドアが開いたってことは、中に声が聞こえてしまう。

 もうタタミを声で止めることは出来ない。

 しょうがない、俺もついていこう。


 潜入調査開始だ。

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