8-3 お肉


「タタミん、周囲の状況は。」


「……人の気配無し……予定表によると今日ここに近づく部活は無いよ。」


「オリティア、学校側には。」


「魔法の練習だって言ってあるわ。」


「クラウ、例のものは。」


「はい、店主から最高級のものを頂きました。」


「よし、始めるぞ。――――B・B・Qだあああああ!!」


 BBQ――バーベキュー。

 温かいこの季節、外で焼肉すると絶対うまいはず。

 ヤクザやら赤石やらはとりあえず置いといて、今日は羽休めすることにした。


 場所は学院・第二棟の屋上。

 第二棟はちょっと奥まったとこにあり、人目につきにくい。

 そこの屋上を借り、BBQをすることにした。


「それにしてもいきなりよね。外で焼肉をしたいって。」


「思い立ったが吉日って言う……言うよね?」


「ええ、この世界こっちでも言うわね。」


「リクくーん、これどうしよーう?」


 クラウが荷物を入れてきた木箱を持ちながら、俺に指示を仰ぐ。

 今回は屋上の中心部に堂々と、BBQ一式を設置する予定だ。


「ああ、それをイスにすればいいんじゃない? エル字……じゃない、こう、直角に並べて。」


 「L」の文字が無い世界に「L字型」を説明するにはなんて言ったらいいんだろう?

 俺も直接手伝い、木箱を五つ並べた。

 この木箱は密閉性もよく、保温効果もある。これも魔法効果らしい。


 小さいドラム缶を縦に切ったようなものをコンロにし、その中に炭を入れる。

 炭がこの世界にもあってよかった。

 炭への着火は燃える石を投入して終わり。「文化たきつけ」みたいなものか?

 そして網を上に置く。


「……これでいいの? 網から落ちそう……」


「そんなに粗い網じゃないでしょ。」


 彼女たちはBBQをやったこと無いらしい。

 ってか外で焼肉をする習慣が無いらしい。

 外で食事することは、冒険者たちの食事法としてイメージがあるからだと。

 ドラム缶的なのはすぐ用意できたけど、商店街で網を探すのに一苦労した。


 用意した食材や道具は階段で運んできた。

 クラウが「風の加護」だかっていう魔法をかけてくれて、大きな木箱も軽々持てた。

 ほんと魔法便利。

 とは言え、コンロと木箱五個を四階建て屋上まで運ぶのは苦労したけど。


「外で食べるなんて初めてです!」


「こんないいお肉を外で食べるなんてもったいないわよ。」


「……でも炭で焼くと、味が違うって聞いたことある……かも。」


「ぜったい美味しいから! ほら座ってて!」


 彼女たちを木箱に座らせた。

 余った木箱に食材を置く。

 肉と野菜があるが、何の生物の肉かは聞かないようにしよう。

 ただ、わかることがある。

 半端ない霜降りっぷりから、絶対美味しい。


「でもこの手作り感、いいわね。外で食事って言うのも悪くないかも。」


「風が気持ちいいです。木箱をイスにするなんて発想、今までありませんでした。」


「だろ? 肉は両面焼いたらうまいんだぜ!」


「え? ええ、それは知ってますけど。」


 木炭がいい感じに安定してきた。

 上に網を乗せ、少し加熱する。

 網は焼肉用じゃないので、ウェーブがかかっていないがまあ使えるだろう。


 ここでお肉を投入する。

 まずはいきなり脂身の多めな肉から。

 網に脂をなじませる事で、お肉が剥がれやすくなるはず。



ジュゥゥゥ……



 うん、いい音だ。

 女子が多いから肉だけってのもよろしくないだろう。

 あれは……玉ねぎか? 白っぽいネギ風の野菜を網に乗せる。

 あとは前にアイヌマが食ってた、唐揚げにも添えてあった緑の野菜。

 きっとキャベツ的な物だから一緒に焼いても美味しいはず、網に乗せた。


 おっと、もう肉が焼けてきてる。

 高級な肉だから半生でも食えそうだな。

 ひっくり返して……


「味付けどうしよう。そこの調味料取ってー。そのしょっぱくて白いその……」


「ああ、塩のこと?」


 塩って言うんかい!!

 なんだよ、中途半端に現実世界と同じ名称やめてくれよ。

 ついでにその隣の香辛料も取ってもらった。

 これは胡椒に似た香辛料だ。

 これを組み合わせて、シンプルに塩コショウで味付け。

 いい匂いがしてきた。



カシュッ!



「ん? クラウさん今開けたその瓶に入ってる飲み物は?」


「これはディオニューのお酒です。リクくん飲めますか?」


「お酒!? 君らお酒飲むの!?」


 何の酒かは知らないが、君ら何歳だよ。

 ってか学校で酒飲むとか、意外と不良ねあなた。


「飲む! 私飲むよ!」


「オリちゃんはダメ! まだ17歳でしょ?」


「え! ちょっとまってちょっとまって。」


 焼きすぎないようお肉を皿に盛りつつ、今放たれた言葉の意味を考えよう。

 この世界のお酒が18歳からだってのは今の会話からわかった。

 が、一年先輩のオリティアが17歳ってどういうことだ!?


「オリちゃんは私の一個下なんですけど、二年飛び級でこの学院に入ったんです。」


「マジか! 天才少女だったのか。」


「……天才少女、非行に走る……。」


 いつのまにかオリティアが、自分のコップに酒を注いでた。


「オリちゃん!」


「まあまあ硬いこと言わないの~。」


「もぅ。」


「……ウチも飲もう。」


 俺もその酒が気になった。

 この世界の計算では俺は19歳だが、元の世界では20歳を超えている。

 俺の世界の法律でも問題ない。


「あー、このお肉おいしい!」


「本当ですね、炭で焼くと味が変わるって。」


「な? うまいだろ?」


 いや、この肉そのものもうまい。

 口に入れた瞬間、じゅわっと脂がひろがり口いっぱいに美味しさが広がる。

 肉の臭みがあるような気がするが、牛のそれと似ていてむしろ好きな風味だ。

 木炭も異世界共通だった。

 余計な脂を飛ばし、香ばしい香りがする。

 塩コショウを若干かけすぎたか?

 肉本来の味だけでも、充分楽しめそうだ。


 そしてこのお酒。

 スパークリングワイン、ぶどう酒に近い。

 ワインほどお酒臭さが無いので、子供舌の俺でも美味しく飲める。

 甘みも多めなので、さすが甘いの大好きクラウさんセレクトだけはある。

 しかも今日、俺らは制服。

 制服で飲む酒の背徳感ったら無いね。


「寒くもないし暑くもない、お肉は美味しいしお酒も美味しい。なんか楽しいね!!」


「……オリティアさん、もう酔ってる……?」


「酔ってないよ! オリティアさんなんてやめてよ、オリちゃんでいいよタタミん~。」


 こいつ、絡み酒か。

 木箱をL字型に配置して、上からタタミ、オリティア、角に食材、俺、クラウの順に座っている。

 オリティアの隣にタタミが座っているので、ターゲットにされてるみたい。

 俺も座りながら肉を焼こう。



◆◆◆



「……《ヨグソトース》!」


 カチャッと屋上のドアのカキが閉まった。


「タタミんすごい! 闇属性の魔法?」


「……うん。これで屋内への侵入もバッチリ。」


 何を物騒な話をしてるんだ。

 鍵を締めたってことは開けることも出来るのか?

 俺が変わり種でソーセージチックな肉を焼き始めたとこで、二人が魔法を見せ合っていた。

 オリティアとタタミの組み合わせも珍しい。

 オリティアの手が炎を纏い、タタミに説明する。


「じゃあ次は私が見せるね! この魔法でリクシンを縛り上げたことがあるんだから!」


「縛り上げた!?」


 おい、そこに反応するなクラウ。

 何を想像している。



「あの、リクシン、さん」



!?



 え? オルモア!?

 誰も居ないはずの屋上で急に呼ばれたからびっくりした。

 声がした方向を見ると、博士の助手の女の子・オルモアが立っていた。

 何でここに!?


「あー! オルモアちゃんだ! えー、何でここにいるの?」


 オリティアが話しかける。

 そういえば、今日来るって言ってたっけ。

 ……え、ここ四階建ての屋上だよな。

 なんで屋上の柵の「外に」立ってるわけ?



ヒュッ



 なんというジャンプ力。

 2mくらいある鉄の柵を軽々超えてきた。

 この世界の女子、怖い。


「誰ですか? あの子。」


「あー、俺の知り合いの博士の助手だよ。オルモアって言うんだ。」


「オルモアさん、ですか。」


 何故か険しい顔をするクラウ。


「今日はどうしたの? オルモアちゃん。」


「博士からの、荷物持って来ました。」


 そうだった。

 これを待っていた。


 パンパカパンパンパーラーラーー!!

 《ブルートゥース》~!

 博士の発明品。

 イヤホン型の小型ヘッドセット。

 左右とも無線タイプで、ヘッドフォンジャックが無いスマホに使えそうなやつだ。

 通話機能のみだが、スマホと同じく魔力の干渉を受けない。潜入調査にぴったし。

 ちなみにスマホにペアリングして使わなくても単体で使える。名前は気分。


「……ブルー……言いにくいね。」


「おー、オルモアありがとう。あれ、今日はよそ行きの格好だね。」


 涼し気な、船の上にいそうな水色のワンピース。

 髪型はボーイッシュなショートカットだが、頭にリボンを付けている。


「ちょっと、かわいいって言ってあげなさいよ。まったく気の利かない……」


「ああ、ごめん可愛いね今日の服!」


「いえ、そういう、訳では……」


 顔を赤くして下を向く。

 普段色白だから色の変化がはっきり分かる。耳が真っ赤。


「そうだ、肉焼けたから食ってかない? 今みんなで食べてたんだよ。」


「いえ、私は、大丈夫です。」


「そっかー。」


「では、失礼します。」



シュッ!



 だめだ、笑う。

 彼女は真面目かもしれないが、屋上からジャンプで飛び降りるとか忍者か。

 しかもさっきまで恥ずかしそうにモジモジしてた子が、だ。

 そのギャップにしばらくツボってしまった。



◆◆◆



「リクシ~ン、お酒もうらいって~」


 だめだこいつ、完全に酔ってる。

 お肉もある程度食べ終え、気温もだいぶ涼しくなってきた。

 もう夕方だ。

 昼から飲み始めてた俺らは、わりと出来上がっていた。

 何種類かあった酒を飲み比べてた俺も、ちょっとフラフラ。


「ああ、おなかいっぱいだと眠くなりますね。暑いです……。」


 クラウですら言ってることが支離滅裂。

 そしてクラウさん、制服のネクタイはどこ行った。あとボタン開けすぎ。


「……お酒無くなっちゃった。……調達してくる?」


 タタミだけは全く変わらない。

 強いなこの子。


「いや、この肉が焼け終わったら解散しようか。」


「リクシ~ン。」


「はっ! オリちゃん!」


 おわっと。

 オリティアが俺の膝に横たわった。

 俺の太ももに乳が当たる。


「リクシ~ン、撫でて。」


「オリちゃん!」


「まあまあクラウ、いいよ撫でるくらい。」


 目の前のツインテールを撫でる。


「うへへ……」


「なんだその声。」


 しばらく撫でる。

 クラウが焼けたお肉を取ってくれた。

 ツインテールが邪魔で食えないので、クラウに食べさせてもらった。

 なにこの王様気分。

 ちなみにタタミも食べてる。その小さい体でよく食うな。


「手が止まってる。」


「すみませんお嬢様。」


「もう、オリちゃんったら。」


 手を止めると怒られるので、撫で続ける。


「リクシン……もう少し、下撫でて。」


「え? ここ?」


 手を頭頂部から少しずらす。


「うん。……もうちょっと下。」


「え、まだ下?」


 後頭部を撫でる。


「まだ……もっと。」


 首、肩。



「もうちょっと下を撫でて……。」



「え、ここ……背中だよ。」



「うん……そこ撫でて。撫でて……さすって。さす……」



「うっ!」





オロロロロロロ



「ええええ!? あぶね、ギリギリセーフじゃん! ナイスタタミん!」


 リバースのタイミングで袋を渡したタタミ。

 この子良く見てるな。


「……そんな気がしたもん。」


「オリちゃん、飲み過ぎ!」


 その後、タタミはオリティアの介抱、俺とクラウで後片付けをした。

 ゴミや証拠を一切残さないようにして、俺らは撤収した。

 こうして「第一回・赤石追跡の会BBQ大会」の幕が降りた。


 第一回って言っても、第二回は無いと思うけど。

 せっかく異世界に来たんだ。

 帰る前に思い出を作ってもいいじゃない。


 思い出を作ると、この世界に残りたくなる、じゃない。

 思い出を作って、この世界から未練を無くしていくんだ。

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