11-5 俺の世界


「ここは……」


 オシマ・レッドマインがつぶやく。

 彼の周りは深い霧に覆われていた。

 見渡すと自分の体、そして灰色で真っ平らな地面が確認できる。

 その事から、視界2メートル程度だというのは理解しているだろう。


「何だ……!」



ブロロロォォ……



 遠くから轟音とともに、二つの光る目が。

 それはものすごい速度で彼へ近づく。

 気がついたときにはもう遅い。

 すでに回避できない距離、時速は100キロオーバーだ。



キキィィィーーー!!


バゴォッ!!



「ぐぉあああああ!!」


 オシマは鉄の塊にぶっ飛ばされ、十数メートル飛ばされた。

 着地してからも地面を転がり、やっと平らな地面の上に止まる。

 それでも流血はしていない。不死身か。


「おいおい、首都高のど真ん中に突っ立ってたら、そりゃこうなるよ。」


 安全のため路側帯に避難していた俺らが、彼に近づく。

 だんだん霧が晴れてきた。


「グゥッ……ここは……貴様何をした……。」


「うわ、まだ起き上がれるのかよ! 長距離トラック正面衝突だぞ!?」


 ここは現実世界。

 早朝の高速道路。


 ――――を召喚した。


 デッキケースの『世界を創造する技巧』というのに賭けてみた。

 俺が異世界である"現実世界"を理解し、再現した結果がうまくいったようだ。


「ここがリクシンの故郷……?」


「壁も地面も平らで……綺麗な場所ですね。」


「いやいや無理して褒めなくていいよ。

ここはただ、俺の世界の巨大な橋の上みたいなもんだからさ。」


「貴様、何者だ……。」


 オシマが立ち上がった。

 すごい形相でこちらを睨む。


「何者って……奇抜なコンボが好きなただの『ファンデッカー』だよ。」


 カードゲーム用語【ファンデッカー】。

 大会ではあまり見かけない『ファンデッキ』を愛用する人のこと。

 勝つことだけに執着せず、好きなキャラ・好きなコンボを使った上で勝つ事に命を賭ける。

 俺はそんな化学反応コンボが好きだからこそ、この空間を考えついたのかもしれない。


 俺の話を聞いてないのか、懐に手を入れるオシマ。

 まだ何か反撃しようと考えているのか。


「DECK――……」



パシュン



「グオッ! ……何だ! どこから撃った!?」


 懐からデッキケースを取り出したところを射抜かれるオシマ。

 このときを待っていた。

 ケースをもう一度使うだろうと予測し、機動隊を配備していた。

 スナイパーライフルで確実に狙い、ケースは数メートル先まで飛ばされた。

 魔力の痕跡無しで正確に狙われるなんて予想もしてなかっただろう。


「ならば! わが呼び声に答えよ!!」


 シーン。

 懐から召喚札を取り出し、叫ぶオシマ。

 しかし何も反応しない。


「おいおい、この空間での"召喚方法"を知らないんだろ?

この世界での召喚は、これを使うんだよ。あー、もしもし、大統領?」


 俺はスマホを使い、電話で呼び出した。

 要は概念。

 「魔界」では「召喚札」でモンスターを呼ぶ。

 「現実世界」は「スマホ」で人を呼ぶ事が出来る。

 それが博士が作ってくれた「スマホ」だとしても同じだ。

 俺が作り出した現実世界はかなり曖昧だが、そこがうまく機能している。


「ふざけるな……私が今までどれだけの!」


「ふざけてなんかいねーよ。さっきまで散々痛めつけられてたからな。

最初に仕掛けたのがこっちだとしても、やられっぱなしでいられるかよ。」


 後ろを見ると気を失ったタタミ、手を怪我しているクラウがいる。

 オリティアも魔力と体力が底をついてるようでフラフラだ。

 みんなありがとう、俺も頑張るから。


「ここからは俺のターンだ!」


 喋っているうちに、米軍がオシマを取り囲む。

 戦闘態勢が整った。


「撃て!」



ダダダダダダッ!



 米軍によるマシンガン一斉射撃。

 人間一人を相手にするには多すぎる数の兵士で彼を囲み、逃げ場を無くした。

 いくら魔法使いでもこの数の鉛弾はダメージを受けるだろ。


「……いやいやいや。お前の父ちゃんやっぱり魔族なんじゃねぇの?」


「私も初めて見た……。」


 全ての弾を、体の周りに展開している炎の壁で防ぐオシマ・レッドマイン。

 赤黒い蒸気が体から出ていて、目が赤く光っている。

 黒いコートもボロボロで、デュエル中の真摯な大人の時とは大違いだ。


「こんな攻撃で、私を退けられるとでも――」



パァン!



「ぐっ! 何だこれは! 目が……」


 オシマの足元に転がった催涙弾が破裂。煙が広がる。

 中のガスは魔法使いにも効いたみたいだ。

 目を押さえてよろけている。


「《キュアポイズン》! 小賢しい真似を!」


 うわしまった、今更だけど回復魔法が使える。

 やはり白石の魔力で作った擬似現実世界だ。

 創造主オレの一声で米軍兵士がたくさん沸くように、魔法も使えてしまう。



ピーポーピーポー……



「よし! これに乗って逃げるぞ!」


 到着した救急車にタタミを乗せ、俺らも乗り込む。

 その間米軍・自衛隊にはありとあらゆる手で足止めしてもらう。

 戦車の主砲さえ、レッドマイン家の神剣で切り裂いてしまうこの男。

 恐竜映画並みの総戦力で望んでも足止めが精一杯だ。


「グオッ、貴様ら、何だこの統率の取れた動きは!

私を舐める……カハッ、グッ、ウオォォォォ!!!」


 次から次へと絡め手で攻める、非魔法使いの人間たち。

 さすがにオシマも対処しきれず、その場から身動きが取れない。

 魔力も切れてきて限界が近いようだ。


 救急車の中で応急処置を受けるタタミ。

 クラウの手も止血された。


「ねぇ、逃げるってどこに行くの!?」


「とにかく遠くへ! 急いでください!」


 高速道路をひたすら走り、オシマから離れる救急車。


「すごいです、地面から浮いてないのにほとんど振動が無い……」


「まあ魔法が使えないからな。振動制御の技術だよ。」


 救急隊員からこれを、とタブレットを渡された。

 そこにはドローンに映されたオシマの姿が中継されている。


「え、うそ、これは魔法でしょ? こんな薄い板にお父様が!」


「違うって。電気とか半導体やらなんやかんやして出来るんだって。

よし、だいぶ疲れてきてるな、みんなを下がらせて。」


 俺は救急隊員に指示をお願いする。

 そしてスマホを取り出した。


「オリティア、君のお父さんだけど。

……物騒なこと言うけど、これをすると五体満足でいられるかわかんないんだよね。

それでも一発お見舞いしていい?」


「ええ、もちろん。あの男にはVLD界に迷惑をかけた罰を受けてもらわないとね。」


「マジか回答早っ。うーん、そうだねわかったよ。えーっともしもし、大統領?」


 この世界での俺は大統領より偉い。

 俺の希望を確実に通してもらえる。


「リク君、一発って何をするんですか?」


「相手はさっきのデュエルで伝説級の竜神を使ってきたんだ。

じゃあ俺も"都市"伝説級の『神の杖』で応戦だ。」


 神の杖。

 米空軍が開発しているという、都市伝説の宇宙兵器。

 簡単に言うと、宇宙空間から金属の柱を地上に落とす兵器だ。

 字面だけ見るとショボそうだが、隕石並みの速度で落ちる柱は核兵器以上の破壊力だと言う。

 俺は信じているので、この世界では実装している。


「放て。」


 俺は電話で命じた。



ゴゴゴゴゴゴゴゴ……



「私がッ! この世界を創り変えるのだ!! あの男のように!!

この世界は奴の玩具では無い――――――」



カッ!



 救急車後方から、激しい光を感じた。

 その後、地響きと共に地面がめくれ上がっていく。

 地響きは轟音となり、すさまじい音量で耳に刺さった。

 ぜんぜん逃げ切れない。俺らは救急車ごと吹っ飛ばされた。


「きゃあああ!!」


「ごめん解除!! 解除おお!!」



◆◆◆



「へぶっ!」


 床に転がり落ちる俺ら。

 空間が解除され、元の社長室に戻った。

 床が絨毯になっててよかった。


「……うっ……ここは?」


「いてて、タタミん気がついたか。手荒ですまんな。」


 オリティア、クラウも起き上がる。

 全員無事だ。


「そうだ、お父様は!」


 少し離れているところに、大の字で倒れている男性がいる。

 ピクリとも動かない。

 生きてるのか?

 近づこうとした瞬間、入り口が開き大量の人がなだれ込む。


「うわ、何だ何だ!?」


「くっ……」


 全員黒服のガードマンだった。

 俺らは取り囲まれ、黒服の何人かが手のひらを見せてきた。

 あれは動くなって意味じゃなくて、動いたら魔法を撃つぞって事だろうか。


 倒れていたオシマ取締役の近くには女性がいた。

 ガードマンと同じような黒い服だが、シャツの色が紫。

 髪も長くて綺麗な紫のストレートだ。

 黒いめがねをかけていてデキる女って感じ。

 隣に座り、彼の体を起こす。


「グッ……ガハッ、ガハッ。」


 咳をして目が開いた。

 本当、核兵器並みの直撃を受けて生きてるのが不思議。


「あなた達。今の状況を理解していますか……?」


 オシマに付き添っている女性が喋った。

 冷静なように聞こえるが、見た目から怒りを感じる。

 状況と言っても、デュエルをけしかけたのはこっちだが最終的には正当防衛だ。

 と思ったが、不法侵入とかいろいろ不味い事をしていたんだった。


「待ってくださいカイヨウさん! 貴女こそお父様がしてきたことを知っていたの!?」


 この人はカイヨウさんって言うのか。

 名前を知ってるって事は役員なのか? 秘書?

 お父さんがこんな綺麗な人と一緒にいることをオリティアはどう思うんだ。


「全て知っています。この世界を救う重大なプロジェクトです。

貴女こそ上辺の情報だけを鵜呑みにして行動を起こし、

莫大な被害をもたらしていることを自覚していますか?」


 世界を救う。

 また壮大な話が出てきたせいで、俺らは混乱してしまう。

 確かにオシマが言っていた言葉や、デッキケースに秘められた謎は多い。

 しかし世界を変えるってどういうことだ。

 そもそもこの世界は魔界と切り離され平和そうに見えるのに、危機だと言うのだろうか。


「待て、カイヨウ。もういい。」


 オシマが普通に喋った。

 もう喋れるだけ回復したのか。

 しかも秘書に支えられ、立ち上がった。

 俺らも警戒し、立ち上がる。

 取り囲む黒服たちも一歩前に出て、場に緊張の空気が流れた。


「オリティアの友人、君の名は?」


 オシマはそう言って俺を見る。

 目があったって事は俺の名前を聞いてるんだろうか。


「俺は西……じゃなくて、リクシン・ニシオだ。」


「ニシオ……なるほど。」


 オシマが少し笑みを浮かべる。

 また何か思いあたることがあったんだろうか。

 この人は察しが良すぎる。


「オリティア。」


「は、はい!」


 急に呼ばれて元気良く答えるオリティア。

 厳しい躾による条件反射なのかもしれない。


「今回は君達の努力に免じて要求を呑もう。

世に出た"改造ケースとやら"は私が責任を持って回収する。

ここに来るまでのお咎めも無しだ。」


 言葉を聞き、俺達は安堵と喜びで顔が緩んでしまう。

 改造ケース問題に対する俺達の作戦はうまく行ったようだ。

 恐らくオシマは改造ケースに関わる記憶を無くしてしまっている。

 デュエル空間の上乗せが解除され、デュエルで賭けた誓約が適用されたようだ。


「カイヨウ、本社へ。」


「でも取締役、記憶が……」


「問題無い。私が記憶を失っても資料がある。研究は続けられる。」


「ちょっと! お父様!!」


 オリティアが近づこうとすると、お父様の後ろに紫色の物体が現れた。

 何も無かったところに大きな楕円の鏡のような形。

 まるで空間に穴が開いたみたい。


「オリティア。君もそのうち知るかもしれない、この世界の闇を。

それでも止めたいと言うなら、次は本気で行かせてもらう。」


「うぅ……」


 オリティアを冷徹な目で見つめるお父様。

 待て、あれで本気じゃなかったのか!?

 いやいやでも最初から油断しないで来られたらどうなっていたか。


「あまり無茶をするな、オリティア。」


 お父様の表情が笑みに変わった。

 そして秘書と共に、背後の紫色の物体に向かう。


「ちょっと待って! 最後にひとつ!!」


「……どうした? リクシン・ニシオ。」


「『赤石』を盗んだ犯人、見当つきます?」


 敬語になってしまった。

 俺はこの情報を仕入れるためにここまで来たんだった。

 この人は勘が良すぎるくらいだ。しかも改造ケースの製作者。

 何か知ってるかもしれない。


「さすがに証拠も無いのに特定の人物を挙げる事は出来ないな。

ただ……」


「ただ?」


「彼が持っているのであれば安心出来る。彼はモンスターに愛されている。

だからVLDも強い。」


「それって――」


 追加で質問しようと思ったが、取締役と秘書はもう紫の空間に飲み込まれている。

 紫の楕円は少しずつ小さくなっていく。


『娘を大事にしてやってくれ……』


 空間から声が反響して聞こえた。


「ちょっと待ってお父様! 大事にってどういう事よ!!」


「え、オシム様? 誰に言ってるんですか!?」


「……親公認!」


 おいおい最後に何言ってるんだお父様は。

 急にお父さんらしくしなくていいわ。ギャップに戸惑う。


 いつの間にか取り囲んでいた黒服たちはいなくなった。

 緊張の糸が切れ、俺達は座り込んでしまった。

 嵐が去った後のように、会社はシーンとしている。

 もう会社に残ってる人はいないかもしれない。


 俺達はその場で休憩しながら、情報の整理をした。

 いろいろとありすぎて頭が混乱する。

 しかし満場一致で次の行動が決まった。


 『赤石』を奪った犯人と思われる、彼の元へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る