11-4 魔界


 あたりを見渡すと溶岩の川に囲まれ、足元は火山岩、空は雷雲に埋め尽くされている。

 空気も薄く、流れる溶岩から熱気が感じられる。


「……ここは……デュエル空間……上書き?」


「いえ、タタミちゃん、どうやら違うようです。」


 クラウに否定されたが俺もタタミと同じ予想だった。

 黒いデッキケースの特殊トレーニングモードを発動したんじゃないのか。

 確かに暑いし呼吸もしづらく、デュエルをするには環境が過酷すぎる。

 俺達の知ってるトレーニングモードとは違いを感じる。

 別の魔法か?

 俺たちは突然の状況変化に、腰を低くして臨戦態勢を取る。


「お……お父様! 何をしたの!」


「何をしたか。そうだな、説明をすると長くなってしまう……」


 少し困った表情をするオシマ。

 灰色のコートの胸ポケットから何かを取り出した。

 布切れ……紙?


「誇り高き竜の騎士よ。わが呼び声に答えたまえ……。

"モンスター"召喚、[ハイドラゴン・ナイト]!」


 モ、モンスター?

 オシマがそう唱えると、手に持っていた紙切れのようなものが燃える。

 そして前方に投げ捨てると巨大な魔方陣が地面に描かれた。

 魔方陣から出てきたのは身長3メートルほどの、鎧で武装した竜人型モンスター。

 さっきデュエルで見たユニットだ。

 しかしVLDカードゲームの幻影と違い、その存在感を肌で感じる。

 まさか本物のモンスターか?


「[ハイドラゴン・ナイト]よ、《爆炎のブレス》だ。」


 竜人型モンスターの口から炎の弾がいくつか発射された。

 それは俺たちの足元に着弾し、爆発を起こす。


「きゃああ!!」

「うわぁああ!!」


 俺たちは爆風で吹っ飛ばされ、散り散りに倒れる。


「わかったかい? この空間がデュエル空間おあそびで無い事を。」


「ぐっ……」


 かろうじて動ける。

 足元で起こった爆発は、現実世界なら確実に手足を持っていかれる規模だ。

 この世界の魔法防御のようなものが働いていないと致命傷だった。

 しかし魔力で守られているにもかかわらずこのダメージ。

 あのモンスターはやはり本物。

 ということはここは……魔界?


「ユ……ユニット召喚! [スケルトン戦士]!!」


 ――――何も起こらない。

 俺も召喚できると思ってカードを取り出し、デュエルの時のように叫んでみた。

 しかし全く反応がなかった。


「何をしている。君はこの空間での"召喚方法"を知らないだろう。

召喚とはこうするのだよ。……ん?」



バチィン!!



 いつの間にかオシマの近くにいたタタミが、吹き飛ばされた。

 10メートルほど飛んで、地面に叩きつけられる。


「がはっ……!!」


「タタミ!」

「タタミちゃん!!」


 俺たちは力を振り絞り、タタミのところに駆け寄る。

 タタミは気を失ってるようだ。


「いつの間に。小さくて気がつかなかったよ。《スティール》をする気だったんだね。

ただ残念なことに、魔法対策をしていないわけがないだろう。」


 おそらくオシマが俺に気を取られている隙に、タタミはデッキケースを奪おうとしたんだろう。

 しかしこの魔法世界、そういったデバフ対策に呪詛返しのような魔法があるはずだ。

 タタミは一か八かそれを確認するため、俺らのために突撃してくれたようだ。


「タタミ! ッくそ!!」


「私は何もしていない。その子が勝手にやっただけだ。

さあ君たちも同じように眠りなさい。やれ、[ハイドラゴン・ナイト]。」


 竜人が咆哮を上げながら、手に持った大剣を振りかぶる。

 まずい、何か手は!


「『詠唱破棄』!!」



ガキィン!!



 剣と剣がぶつかる音。

 巨体な竜人の剣を、華奢なオリティアが神剣で受け止める。

 彼女はいつか見た炎の巫女族に伝わる神の剣を召喚し、守ってくれた。

 彼女の足元は地面が割れ、体からは赤いオーラが出ている。


「早く! 逃げて!」


「逃げてって……どこ行けばいいんだよ!」


 とにかくタタミをかかえ、クラウとともに少し離れた。


「ほう。オリティア、天之尾羽張あめのおはばりを扱えるようになったのか。」


「うるさい! やめさせてよ! 何考えてるの!? 私たちを殺す気!?」



ガン! ガキン!



 攻撃の手をやめない竜人。

 身長差から子供相手に剣を振るっているように見えるが、オリティアは必死にいなす。

 魔力で身体能力を上げているとしても、さっきの爆発のダメージは大きいはず。

 いつまで持つか。


「――わが呼び声に答えよ。[ハイドラゴン・ランサー]召喚。

殺しはしない。生きていればの話だがな。」


 まずい、いつの間にか追加でモンスターを召喚された。

 オリティアと戦っているナイトより、一回り小さいハイドラゴン兵。

 長い槍を軽々と振り回している。


「[ハイドラゴン・ランサー]、行け。」


「お願い、出てきて! [フェアリップ]!!」



ボワッバジジジジジ!!!



 いきなり目の前にチューリップ形の妖精が現れたと思ったら、ドーム型のシールドが展開された。

 そしてランサーの突撃がシールドに阻まれている。

 召喚したのは、クラウ?


「クラウ! これは……?」


「すばらしい、さすがストンマイン家の娘だ。まさか手書きで召喚術を成功させるとは。」


 クラウの足元をよく見ると、複雑な魔方陣が描かれている。赤い字で。

 赤……まさか!

 クラウの腕をよく見ると、血が流れ伝っていた。


「クラウ! お前!!」


「大丈夫です! 専属の魔術教師から、簡単な召喚術を学んでおいて正解でした。

リク君とタタミちゃんは私が守ります!!」


 それでもランサーはあきらめずに前へ進もうとする。

 シールドが押されている感覚がある。

 妖精も、それに魔力を供給しているのかクラウも、かなり厳しそうな表情だ。

 何か……何か手はないのか?


「オリティア! デッキケースだ! 空間を上書きするんだよ!!」


「くっ、やってるわよさっきから!! くっ、でも反応しないの! きゃあ!」


「オリティア!!」


 オリティアもだいぶ苦戦している。

 このままじゃ最低でも死、よくても魔法によって記憶が消される未来が見える。


「エンカウント残存魔力を利用したデュエル空間の展開、この世界で使えるわけがないだろう。

いや、この空間と言ったほうがいいかな。君たちは勘違いをしているが、ここは魔界ではない。」


「え、どういうことだよそれは!!」


 ヤツに聞こえるように叫ぶ。

 解決策を思いつくまでの時間稼ぎではあるが、魔界ではないというのも引っかかる。


「魔界に限りなく近い、私が作り出した空間だ。」


「そんなこと出来るって、お前魔族かよ!!」


 自分でもめちゃくちゃな事を言っているのはわかる。

 しかし、少しでも情報を得たい。


「何を言っている。私が異世界である"魔界"を研究し、理解しているから出来る結果だ。

とは言ってもこのデッキケースのおかげでもあるがな。」


「デッキケース!?」


「このデッキケースには『世界を創造する技巧』が隠されている。」


 世界?

 またとんでもなくスケールのでかいアイテムだな。

 それとも宗教じみた話か?


「お父様は! くっ、それで何をしようって言うのよ!!」


「トヨネのいる世界を創る。」


「はぁ!? お母様が!?」


 お母様?

 今トヨネとか言ったけど、それがお母さんの名前なのか。

 まさか世の中に危険なアイテムが出回ってるのも、俺らが本物のモンスターと戦ってるのも。

 全てその、亡くなった奥さんに会いたいからっていうイカれた思考に振り回されてるのか?


「これ以上話しても君たちには理解できまい。私も歳で魔力が落ちてきたものでね。

次の召喚で最後にしよう。」


 オシマがまた懐から召喚札のようなものを取り出した。


 まずい。


 まずい!


 これ以上は耐えられない!


 ちくしょう、結局今回も何も出来てねーよ。

 ここまでたどり着いたのも、守ってもらうのも、全て人任せ。

 俺の人生、こんなのばっかりだ。


 勉強に集中せずにカードゲームばっかり。

 将来のことなんて考えてない。


 今の大学に入るのだって、面白そうだからという理由だけで、そこに深い考えは無い。

 日々をただなんとなく過ごしてる。


 普段から、何も考えずに生きている。




 いや。


 待て待て。


 思考は働かせている。

 まじめに生きている人にとってしたら言い訳みたいなものだが。


 カードゲームが好きだ。

 配られた手札で、どうピンチを回避するか。

 相手はどんな行動をしてくるか。

 そんな思考はずっとしてきた。


 考えろ。


 そう、ここは異世界。

 現実世界とは違い、より想像力が必要だ。

 俺が今出来ることは。

 俺の持っている物、手札は。


 クラウのカードケース。

 魔属性デッキ。

 白石ペンダント。

 スマホ。


 カードケースはここに来るとき、クラウと交換した。

 このケースには改造が施されていない。

 VLDのカードもこの空間では意味が無いようだ。


 そうだ白石! クラウに渡す?

 だめだ、追加のモンスターを召喚する余裕は無い。

 オリティアに渡す?

 だめだ、魔力はあっても体力が持たない。


 スマホ! そうだ博士に連絡を!

 魔力干渉を受けないこのスマホなら、博士と連絡取れるかも……。

 だめだ、何故か圏外になっている。



 何か、何か――――



―――――――――――……

「まずねぇ、赤石の箱が空いたら、『白石』の力を開放するの。」

「手をおいて白石ーーって念じればいいのねぇ。」

「そのすっごい魔力で『DECK ON』って言えば、このデッキケースの"特殊機能"が発動してぇ……」

―――――――――――……



―――――――――――……

「何をしている。君はこの空間での"召喚方法"を知らないだろう。」

「召喚とはこうするのだよ。」

―――――――――――……



―――――――――――……

「私が異世界である"魔界"を研究し、理解しているから出来る結果だ。」

「とは言ってもこのデッキケースのおかげでもあるがな。」

―――――――――――……



 ――――そうか。



 走馬灯のように出てきた言葉。

 ここにヒントがあったんだ。

 出来るかもしれない。

 やってみる価値はある!


「クッ……!」


「リク君! どこへ!?」


 俺はクラウのモンスターが展開したシールドから抜け出す。

 内側からは出られるみたいだ。

 そのままオリティアのところまで本気ダッシュ。

 竜人と鍔迫り合いしているオリティアの、腰の装備を奪い取った。


「あいでっ!!」


「な……なにを?」


 盛大にコケた。

 しかしそれを突っ込む余裕は、今のオリティアには無かった。


「君、何をしている。」


 冷静に俺のことを見つめるオシマ・レッドマイン。

 俺は首からぶら下がってる白石ペンダントを握り締め、大きく叫んだ。


「白石ィィーーー!!」


 俺が叫ぶと、ペンダントから白いオーラのようなものが溢れ、俺を包んだ。


「それは……[ハイドラゴン・ナイト]、先にそいつを片付けなさい。」


 オシマの指示を聞いた竜人は、体重を込めてオリティアを押し出す。

 彼女が体勢を崩した隙に、巨体が俺めがけて突撃してきた。


「リクシン!!」


「頼む!! デッキ オォォォォン!!!」


 黒いデッキケースを握り締め、叫ぶ。

 竜人が大剣を振りかぶって近づいた時、俺もろとも真っ白な霧に覆われる。

 その後、俺から発生した霧は全員を包み込んだ。

 あたりは真っ白。視界ゼロ。

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