2-2 剣と魔法は時代遅れ


 泣き止んだ女性に、無理やりテーブル横の椅子に座らされた。

 女性は俺の斜め前の椅子に腰かける。

 女性が指をパチンと鳴らすと、テーブルの上のランプが明るくなった。

 お? なんだ今の。

 音認識機能?


「……えっとぉ、取り乱してごめんなさいね。

もう一回聞くけどぉ、あなたラストネームがニシオって言ってたわよねぇ。」


「ラスト……ああ、苗字はニシオです。」


「そう……

勇者様と同じ……

でもどこを間違ったのぉ? 完璧に転移できたと思ったのにぃ!」


 女性は手で顔を覆い、下を向く。

 てんい?

 よくわからない。

 ただ、この人がまた殺すとか言わないよう、じっとしていよう。

 とにかくこの人の言葉から情報を探るんだ。


「あ! もしかして子孫とか先祖とかぁ?

あなたの時代、タイヤが四つある『ジドウシャ』とか茶色い飲み物の『ココア』ある?」


「あ、はい。あります……。」


 時代って、自動車もココアもかなり昔からあるぞ。

 どういうことだ。


「えー、失敗したぁ。もっと時代を特定できるものを聞いとけばよかったぁ~。」


 お姉さんが頭を抱えてテーブルの上に肘を置く。

 ついでに大きなお胸も乗せてる。

 重いのか。


「えっとぉ、じゃあこれからしゃべる話をよーーく聞いて理解してね?」


「……はい。」


「まずあなたは、異世界に召喚されました。」


「……はい。 ……はい? え!? はい!?」


 一発目からわけわからないことを言われ、また固まる。


「いいから聞いてね?

私の名前はねぇ、ヴェアロックっていうの。この研究所で、異世界について研究してるのよぉ。」


 研究!?

 研究棟の地下ってそんなことも研究してたのか!?

 いや違う、異世界とか言ってたな。

 とりあえず、「わからないものはわからないまま理解」しよう。

 話に置いてかれる事のほうが問題だ。

 この人の話にしっかり耳を傾けて、上辺だけでも良い、情報を飲み込もう。


 内容はだいたいこうだ。


 彼女―――ヴェアロックは異世界から人間を召喚する方法を研究してるそうだ。

 実験は半分成功で、異世界から人間を呼び出すっていう部分はうまくいったみたい。

 ただ、目的の人物ではなかったが。


 今この部屋を含め、この世界は俺からしたら異世界になるという。

 基本的には俺がいた「科学と発展の世界」(そう呼ばれてるらしい)とほとんど変わらない。

 空気も人間も言葉も。

 ただ、ここは「剣と魔法の世界」だという。

 「動物」よりも高い知性と魔力を持った「モンスター」が外を歩く。

 人々はほぼ全員、体の力を変換して炎や水を出す「魔法」がつかえる。

 まさにRPGの世界って感じ。


 ただ違うのは、なんともう魔王がいない。

 100年以上前に「勇者様」が魔王を倒し、魔界と人間界を引き離した。

 それでもう大型のモンスターは人間界にはめったに出ないらしい。


 勇者様の話になるとヒートアップしていき、こっちが聞いていてつらい。

 どうもこの人、勇者様という人にベタ惚れらしい。

 リア充の恋愛話とか胃が痛くなる。

 話が長くなりそうなときは、大きな胸元をチラ見して落ち着かせてる。

 これ、白衣の下に何も見えないけど、なんも着てないんじゃね?

 ワイルドだなぁ。


 ……で、勇者の話。

 長く繰り広げられた人間とモンスターの戦いに突如現れた救世主。

 方法はわからないが、100年以上前に、勇者もこの世界に転移してきたらしい。

 しかも俺と同じ「科学と発展の世界」からだそうだ。

 魔力を持たない勇者だったが、持ち前の機転と特殊なスキルで見事魔王を撃破。

 世界に平和をもたらした。

 そして数年後、勇者は元の世界に帰ったらしい。

 その時一緒にパーティを組んでいた「魔法使い」が、このヴェアロックだと――


「え!? じゃああなた何歳なんですか!?」


「ちょっとぉ、女性に年齢聞くの?」


「あ! すみませんでした!!」


 この世界でも女性に年齢を聞くのは失礼なのか。


 ……とりあえずわかった。

 俺は異世界に召喚されたらしい。


 異世界転移ものの小説とか読んでいると「そんな設定信じるのかよ」と、今まではそう思ってた。

 ただ実際目の前でこんなことを話され。

 「これが魔法ね」と手の上で水の玉がくるくる回ってるのを見せられ。

 もしかしたらトリックやTV番組のドッキリかもしれない。

 けど肌で感じているこの状況、信じるしか無かった。

 いや、信じることで心を落ち着かせたい自分がいた。


「でも、これからどうしようかしらぁ。」


「例えば俺が元の世界に帰って、もう一回実験をすることは出来ないんですか?」


「元の世界に返したいんだけどねぇ、これ、見てよ。」


 ヴェアロックと名乗る魔法使いは、俺が出てきた実験器具のほうへ行った。

 俺も自分の出てきた装置が気になったため、恐る恐る近づいた。


 装置のドアは開けっぱなしになっていたので中を見る。

 あれ? ただの箱だ。

 しかもぜんぜんエレベーターより小さい。

 上に動いたりはしなそうだ。


「これ! このアイテムは私が作った『白石』っていうんだけどぉ。」


 俺が入ってた大きな箱につながっている、もう一回り大きな装置の小窓を開けている。

 中からチロルチョコサイズの半透明の白い石―――はくせきを取り出して見せてきた。


「これがねぇ、一回使ったら魔力をためるのに50年くらいかかるのよぉ。」


「え、ご、五十年!? 昔いた勇者様はそれで帰ったんですか?」


「違うの。勇者様が帰ったのはもっと大きな術式でぇ。

『マジドラシル』の魔力を使って帰ったの。」


「ま、まじどら? なんですかそれ」


「この世界にはねぇ、濃~い魔力が地面から噴き出してるところがあるのよ。

それも小さい島が収まるくらい太くってぇ、遥か天空にどおおんって。

それが遠くから見るとぉ、巨大な樹みたいに見えるんだって。」


「……なるほど。その地面から噴き出してる魔力を使ったんですか。」


「だけど今はもう立ち入り禁止! あたしですら立ち入らせてくれないんだよぉ!」


 あたしですら、って言ってるがこの人の立ち位置がわからんし。

 偉い人なのか?

 ただ残念ながらその方法は使えないってことか。

 じゃあどうやって帰ろう……


「あ! そういえば思い出した!

あなたの体から魔力が感じられないけど、やっぱり魔力無いのぉ?」


「ええ……そりゃまあ異世界人ですし。」


「だったらねぇ、あなた死ぬわよ。うふふふふ。」


 おいおい笑いながらなに物騒なこと言ってんだ。


「え? どういうことですか!?」


「この世界で魔力の加護が無いってことはぁ。

魔力を持った生き物の影響ですぐおかしくなるの。」


「……魔力に酔っちゃうみたいな?」


「そうそう! わかってるじゃなぁい。」


 対策はあるらしい。

 この世界にも魔力を持たない子供が生まれてきたりするらしく、その治療と同じことだと。

 ただその対策に使うマジックアイテムはここにはない。

 しかし、あるマジックアイテムで代用可能だという。

 それは……


「じゃあこの『白石』を……ネックレスにしたからつけてねぇ。」


 あれ、いつのまに!

 さっきまで魔法石単体だったのに、金持ちマダムが着けてそうな宝石ネックレスになっていた。


「でもこれ魔力無いんじゃないですか?」


「異世界転移に使う魔力がないだけでぇ、国家魔法使いレベルの魔力は残ってるわよぉ。」


「え、そんなレアアイテムを……で、どうしたらいいんですか?」


「そこに立っててねぇ。……ねーーーえ! オルモアきてぇーーーー?」


 おるもあ? 人の名前かな。

 そう思ってドアのほうを見てみると、一人の少女が入ってきた。

 中学生? 子供だ。背丈は150無いくらい。

 髪は真っ白。肌も真っ白……ってか蒼白? 顔色悪いと思えるくらい。

 飾り気のない薄いグレーのワンピースを着ている。

 しかしそれが入院したときの服みたいで、さらに病弱さを加速させる。


「オルモア? この人の背中押さえててー?」


「はい、わかり、ました。」


 声はそんなに高くなく、か細い。

 カタコトってほどじゃないけど、喋るのが苦手そう。

 ん? あれ?

 今背中押さえてって!?


「ちょっと、何するんですか!?」


「魔力の回路を通すだけよぉ。飛ばされないように踏ん張ってなさいね?」


「飛ぶことあるの!? おお、マジか……よし!」


 足を少し開き、衝撃にそなえる。

 理解できない内容を語られて混乱したか、恋愛話を聞かされてマヒしたか。

 俺は少しこの魔法使いを信用し始めていた。 

 魔力の回路とかいうやつ、試してみたくなった。


 オルモアと呼ばれた少女が俺の背中を支えてくれた。

 むしろこの子で支えられるのか?


「じゃあいくわよぉーーー、えい!」



パシュッ!



「エンッ!」


 カメラのフラッシュのような一瞬の光だった。

 別に後ろに飛ばされるような衝撃はなかった。

 ただ、俺は変な声を発して気を失ってしまった。

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