2-3 博士と勇者様


 ――――いわゆるこれは「知らない天井」ってやつか。


 目を覚ますと見覚えのない一室のベッドに寝ていた。

 どうやらあの後、俺はベッドに運ばれたらしい。

 死なずに済んだのか。


 ここは俺が気を失った部屋より少し狭く、壁が木とレンガでできていた。

 家具はテーブルと椅子と、俺の寝てるベッドしかない。

 ベッドの頭側に、大きい窓があった。

 窓は木でできた内窓で覆われていて、隙間から太陽光が差している。


「気が付き、ましたか?」


 このしゃべるのも大変そうな、か細い声は。

 オルモアって子か。

 いつの間にかドアが開いて、彼女が入ってきた。

 手には透明のコップが。


 そうそれが欲しかった!

 俺はここに来てから何も口にしてない。

 天使かあんたは。

 俺はコップを手渡された。

 この中に入ってる液体は水だよなきっと。

 一気に飲んだ。


「はああ……」


 少し落ち着いた。

 オルモアは部屋の大きな窓まで歩いていき、窓をすっと開けた。

 え、そんな軽々と開けるの?

 力はあるのか。意外。


 外に広がる景色は―――――――

 すごい。

 街が一望できる。


 俺が寝てたこの部屋は、高い山の上のほうに建っているらしい。

 しかもここは地面から四階くらいの高さかな。

 下のほうには森が続き、途中から住宅地が広がっている。

 街は結構でかい。

 山に囲まれているが、奥に地平線が見える。

 海は見えない。

 なんとなーくだけど、赤を基調とした建物が多い気がする。

 レンガでできた建物が多いのかな?

 旅番組で見たヨーロッパのどこぞの風景に似ている気がした。


「下で、博士が、待ってます。」


 博士?

 ああ、ヴェアロックだっけ?

 白衣みたいの着てるし実験してるし、魔法使いってより博士だよな。


 は!

 今気が付いた、俺の服が変わってる。

 オルモアと似たような入院服みたいなワンピースだ。

 俺男だぞ……

 ってことは俺裸みられちゃってる? いやーん。

 それにしてもこれ、貧相な俺が着たらマジで入院患者だわ。

 オルモアの事いえねぇな。


 部屋を出て、階段を下りる。

 この建物自体もレンガと木材でできてるようだ。

 階段を下りて目の前の部屋のドアを開けると、天井の高い空間が現れた。

 レンガの暖炉があり、大きいテーブルと椅子が並んでる。

 高級ペンションの食堂みたいな雰囲気。

 窓から光が差し込んでる。

 なんとなく今は朝かと思い時計を探してしまう……と、変なものを発見した。


「あ。時計がある。……あれ!?」


 後ろに大きな丸い時計がかけられていた。

 時刻は7:00すぎを示していることはわかる。

 しかし時計の盤面がおかしい。

 「13」がある。


「はいこれ。口に合うかしらぁ。」


 またテーブルに視線を戻すと、ヴェアロックが食べ物を運んでいた。

 レタスっぽい緑色の植物と、茶色い丸い物体。


「あ……ありがとうございます。」


「そんなかしこまらなくていいわよぉ。さあ、座って食べて?」


「はい。」


 腹は減っている。

 よくわからないものだけど、パッと見サラダとパンに見えなくもない。

 大丈夫。

 さっき水もおいしかった。


 ……食べてみると、おいしい。

 いや、普通。

 普通にパンだわ。味気ないけど。


「あ、これおいしいです。」


「よかったぁ。」


 とりあえずおいしいって言っておこう。

 あと疑問に思った事を聞いてみる。


「あのー……あれって時計ですか?」


「なに~? そうそう、時計、時計。」


「俺らの世界じゃ半日は12時間なんですけど……」


「あ! やっぱりそうなんだぁ。勇者様も同じこと言ってた!」


 やっぱり勇者とやらは俺と同じ世界出身なんだろうか。

 そうなると疑問がどんどん湧いてくる。

 時間の考えに違いはあるのだろうか。

 一年は何日なのか。


 そんなことを質問しながら、コップに入った黒くて暖かい飲み物を飲んだ。

 ん、甘い!


「あ、これココアだ。」


「そうなのーーーーーーーーー!!」


「ええ!?」


 びっくりした。

 いきなりヴェアロックが反応した。


 なんでも、勇者様はココアが好きでずっと飲みたいと言っていたそうだ。

 でもこの世界、甘いお菓子などは発展していなく、かろうじて隣の国に少しあるくらい。

 その国で発見した木の実の香りがココアに近い、と勇者様から聞いたそうだ。

 勇者様が帰った後もココアについて研究を重ねた。

 そして勇者様から聞いたものに近いものが出来上がった。


 しかしその時すでに勇者様はいない。

 本物を飲んだことがある、味見してくれる人がいなかった。


「だからねぇ、これをココアって言ってくれてすっごくうれしいの!!」


 そう言う彼女の目には、少し涙が浮かんでいる。


「そうだったんですね……

あれ、あそこにあるのは牛乳?」


「ぎゅう……? ああ、ミノミルクのことぉ?」


 ミノ……

 なんとなくミノタウロスを思い出すけど、とりあえずミルクって単語は異世界共通だと思いたい。

 一口飲んでみる。


「あ、牛乳だこれ。

ごめんなさい、少し冷めるけどこれをこうして……」


 ココアが俺の口に合わなかった時のために、用意してくれたミルクだろうか。

 俺は半分飲んだココアのコップに、少しミルクを注いだ。


「これこれ。もう少しクリーミーな方が好きです。」


「どれどれぇ……なにこれおいしいいい!!」


 びっくりした。

 そんな驚くことか?

 ぬるくなるし味も薄くなってるけど。

 こんな行動で「さすが異世界人!」とか言うのやめてくれよ。


 うおっと。

 昨日に引き続き、またヴェアロックに抱き付かれた。


「ありがとう、ありがとう、これで勇者様もおいしいって言ってくれるかも……」


「よかったですね……」


 また泣かれた。

 あ、でも今回は事情を知ってるからかな。

 もらい泣きしそう。

 俺が転送されてきたことで、勇者様と会える日が遠くなっちゃったんだよな……


「よし、ご飯食べたら、もとの世界に帰る方法を教えてください!

そして次の異世界転移実験に備えましょうよ!」


「うん……うん! そうだねぇ!」


 俺は残りのサラダのようなものとココアを完食した。

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