もしもカードゲームが流行ってる異世界に、デュエルガチ勢が転移されたら。

えのき

第一話 VSお嬢様

1-1 学院編入


「今日は暖かいなぁ。」


 並木道を歩いていると、思わず独り言を言ってしまった。

 春だ。

 この世界に季節という概念があるなら、紛れもなく春。

 編入先の学院は今日が始業式だと言うし、道端の植物も芽吹いている最中って感じだ。

 このあたりの風景は元の世界と変わらないため、異世界だってことを忘れそう。



 ―――そう。ここは異世界。

 どう見ても古き良き日本の並木道に見えるが俺は今、異世界にいる。

 事の発端は二週間前。

 大学に忘れ物を取りに行っただけなのに、気づいたらこの世界に転移されていた。

 しかもそれは手違い。ミス。 

 勇者をこの世界に呼び戻したつもりが、一般ピーポーの俺が現れてしまったようだ。

 おまけに俺を召喚した"博士"によると、転移装置の魔力不足だから俺を帰還させられないと。

 帰還したいんだったら、魔力調達のためにカードゲーム専門学校に忍び込んでねって。

 なんとも無責任な任務を言い渡された。



 そんなこんなで俺が今向かっているのは、召喚術師育成学校「赤国エボカー学院」。

 怪しい専門学校みたいな名前だが、俺が転移してきたこの異世界の有名学校らしい。

 カードゲームの専門学校が有名って……大丈夫かこの世界の若者は。

 でも現実世界に帰るためだ。頑張って任務を遂行するしか無い。


「すみません、第二棟ってどうやって行けばいいんですか?」


「第二棟だったら、この道の最初の十字路を左に行って看板が見えて来たら――」


 学院の正門まで辿り着いたので、そこに立ってた守衛さん?に道を聞いた。

 今日の目的地はこの学院内の第二棟・小会議室。

 そこで"ある人物"と落ち合うことになっている。

 第二棟内部の地図は博士に書いてもらったけど……

 そこに向かうまでの道のり書いてねーし!

 俺の通う田舎の大学みたいに、無駄に広大な敷地しやがって。


 敷地内は自然公園の林道みたいになっている。

 周りを見ると俺と同じような服装をした人が沢山いる。

 この学院は高校のように制服を着るシステムだ。

 まさかこの年になって制服を着るとは思わなかった。


 赤茶色ベースの、薄い緑チェック柄のブレザー。

 男子女子ともにネクタイ。

 女子は白っぽいスカート、男子はグレーのパンツ。


 ……それにしても女子の制服はどうなってるんだあれ?

 胸の形がブレザーにくっきり浮かんでる。

 ふくよかな胸の形も、控えめな形もくっきり。

 えろい!

 そうか、これがアニメでよくある「乳袋」ってやつなのか。

 異世界の女の子は大胆ね、と思いつつ第二棟へ向かった。



◆◆◆



「え、あれ、ここでいいんだよな……」


 結局迷った。

 なんとか辿り着いた目の前には、第二棟だと思われる四階建ての建物。

 しかし自身が持てない。教えてもらった構造と違う。

 ま、とりあえず四階に行こう。


「ここか?」


 階段で四階まで登り、地図に書いてあるっぽい部屋の前まで辿り着いた。

 建物内部はファンタジー感まったくなく、明治時代を題材にした映画でよく見る雰囲気。

 ドアや窓枠が木でできていて、一応窓はガラス製のようだ。

 勇者を召喚するような世界観だが、剣と魔法の世界から随分年月が経ってるらしい。

 せっかく異世界に来たのに、ちょっと田舎の施設に来た程度の感覚しか無い。


 部屋のドアには文字が書いてあるが、異世界の字で読めない。

 建物に人の気配は無いが、密会をするには丁度いいか?

 ドアをノックして中に入る。



コンコン、ガラガラ



「失礼しまー……す?」



!?



 なんと。

 そこには女の子が。

 上半身に……何も着ていない。


 逆光で顔があまり見えないが、赤い髪のツインテール。

 大学生の俺より少し若いくらい?

 透き通るような肌ってこれか。色白でキレイ。

 二の腕で隠れて全ては見えないが、下乳具合を見るに胸はまあまあ大きい。

 制服のスカートを履いてる。この学院の生徒なのか。

 腕に白いシャツをかけてるところを見ると……着替え中?


「……え? 何? え!?」


 女の子がうろたえる。

 俺だってうろたえる。


「え? ごめん! あれ、あれぇ!?」


 とっさに視線を外す。

 しかし嫌な予感が。



ボワッ……



「え? ……おわぁぁあ!!」


 視線を前に戻すと、目の前には「炎の塊」。

 寸前でしゃがんでかわした。


「あっぶね! 今何ぬわぁぁっと!!」



ボシュゥゥ!!



 しゃがんだところにも炎が飛んできた。

 自分でもびっくりするほどの反射神経でバックステップ。

 廊下に出てしまう。


「ちょっと! 待ちなさい!」


「ごめんなさいごめんなさい!!」


 彼女の方を見ると、シャツで上半身を隠しつつ片手が勢い良く燃えている。

 あれは……魔法ってやつか?

 もう一撃、来る!


「逃げるな!」


「そりゃあ逃げるでしょぉよ!!」


 小さい頃から憧れてた「魔法」。

 今現実に、目の前で本物が披露されている。

 しかしこうも狙われるとビビって逃げるしかないだろ。


 もう一撃はまた足元。

 ジャンプでかわしたが体勢を崩してしまい、勢い良く廊下の窓へ。

 ガラスを割りそうな勢いなので、全力でブレーキ。


「おっと危ない! ……え?え? うそだろおおおお!?」


 ガラスにぶつか……らない。


「なんで開いてるのおおぉぉぉぉぉぉーーー」


 何故か廊下の窓が開いていた。

 ブレーキしきれなかった俺は四階から真っ逆さま。


 ああ、ここで俺の冒険は終わってしまうのか?

 それともまさかの死に戻り?

 嫌だ、それでも死にたくない!



バゴッ! ダン! バタッ……



 地面で体が二回バウンドする。


「カッ……ハッッ……ハァ、ハァ、ああああ痛てええぇぇぇぇ!!」


 生きてる。

 一瞬呼吸できなかったけど生きてるよ!

 なんで?

 俺は首からぶら下げたペンダントを握る。

 もしかして"博士"からもらったこの魔石で「魔法障壁」的なものが身についた?

 俺ってばいつの間にか異世界人。



ダンッ!



「うっそ……だろオィ。」


 音に反応して目を向けると、俺の数メートル横で先程の女の子がしゃがんでいた。

 今の音、砂埃。

 こいつ、四階から飛び降りやがった。


「あなた……学生証を持っていないようだけど。まさか生徒じゃない……?」


 ブラウスとブレザー、前のボタンを軽く閉めてワイルドに着こなす彼女。

 ええ、学生証はまだ貰ってませんが。何故わかる。

 10メートルの高さから飛び降り着地するスーパーウーマン。

 やばい、殺される。


「ちょっと待って間違っただけだからあぁぁぁ!!」


 俺もあの高さから落ちて生きてるとは言え、色んなとこがすっごく痛い。

 それでも4WDで這いつくばり、勢いをつけて二足歩行でダッシュ。


「あ! 待ちなさい!!」


 今思い出すと、乳の前……じゃなくて。

 着替えしてた女の子の目の前にロッカーがあったかも。

 てことは更衣室だったのかな。

 じゃああの建物、第二棟じゃなくね?



バシュゥゥゥ! バシュゥゥゥ!



「おおおお! うぉぉあぶね!!」


 テニスボール大の火の玉が飛んで来る。

 それをギリギリかわす俺。


「ハァ、ハァ、コヒュー……」


 普段運動してないオタクなので、全力疾走で肺から変な音がする。

 歩道から離れ、広い芝生の方まで逃げたとき。

 背中に熱いものが当たる。


「熱っつ!! 熱っ……あ、いやそんなに熱くないけどなにこれ!?」


 体が「炎で出来た縄」で縛られていた。

 見た目よりは熱くないのが不思議だが、上半身がホールドされて転びそうになった。


「さあ、大人しくして下さい。

 騒ぎは大きくしたくないので、警察にまでは突き出しません。」


 お、警察というセリフが出た。

 この世界にもポリスはいるのね。

 たしかに、この学院の編入手続日にポリスのお世話にはなりたくねーわ。


「えっと……だから地図が間違って……」



「――――――え? あなた、その腰につけているものは何ですか?」


 腰に装備していたアイテムに目をつけられ、彼女から驚いた様子で質問をされた。

 俺は通学用肩下げカバンとは別に、あるアイテムを装備していた。


 そのアイテムの大きさは、例えるなら豆腐一丁サイズくらい。

 縦10cm、横7cm、奥行き5cmくらいの小さなケース。

 実はこのケース、ここの学生はみんな腰に着けていた。


「これ? これは……『デッキケース』でしょ。」


 そう。

 これはこの世界で流行っている【VLDカードゲーム】という"スポーツカードゲーム"専用アイテム。

 そのカードを入れる「デッキケース」だ。

 スポーツカードと言ってもプロ野球カードではない。


 【VLDカードゲーム】とは。

 お互いが「デッキ」と呼ばれるカードの束を用意し、それを交互に引き合う。

 手持ちのカードに「召喚カード」があれば、魔力を使って魔界からモンスターを召喚できる。

 召喚されたモンスターを戦わせて競い合うゲームだ。

 俺の世界では「トレーディングカードゲーム(TCG)」と呼ばれているようなゲームに近い。


「デッキケース!? その黒いのが!?」


「そうだよ。」


 確かに、他の生徒は赤だったり白だったり。

 黒いケースを持ってる人はいなかった。

 が、それってそんなに珍しいこと?


「まさかあなた……『黒の魔術団』のメンバー!?」


「黒の? 何? いや、違うよ、これは貰ったものだから。」


「貰ったって……それは嘘です! トッププレイヤーでもないのに貰えるなんてありえない!」


「でも、だって本当に……」


「その色、その刻印……どう見ても本物……? まさか盗品!?

―――そうね、わかったわ。」


「え、何が?」


 炎の縄を消してくれたのはありがたいが、状況が読み込めない。

 予想できる事としては、博士からもらったこの黒いデッキケース。

 有名なスポーツチームの専用品だったみたいで、俺が所持しているわけがない、と。

 そこが引っかかるようだ。


「あなたに、決闘を申し込みます!」

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