6-5 底辺のVLD


「俺はな……小さいころ親に捨てられてからずっとスラム街で育ってきた。」


 ヤクザが急に語りだした。


「社会に見捨てられ、仲間に裏切られ。孤独に戦うために『賭けVLD』を覚えた。

『臓器』や『脳の記憶』を賭けて戦ったことがあるか?

無ぇだろうなテメェら上級国民はよ。俺は常に死と隣り合わせで生きてきた。」


 急に狂ったように笑いだした。


「……ハッハッハ! そうだ! テメーを犯して殺して見世物にしてやる!

俺ら底辺国民を蔑ろにしてきた罰だッ!!」


 あまりにも突然物騒なことを言い出したので、意味を理解できなかった。

 カードゲーム漫画はカードゲームでヤクザと戦うなんてよくある。

 でも違う。リアリティが違う。

 本当に、頭がイカれてる人を相手にするもんじゃない。


「俺のターンドロー!! うおおおおおおおおおお!!」



シュウウウウウ……



 ヤクザが力むと、体から煙が出てきた。


「アニキ! それ以上はマズイです!」


「うるせぇ黙れ!!」


 ヤクザが叫ぶと手下どもが黙る。


「あなた! 何をやってるんですか!?」


「生命維持に必要な魔力をギリッギリまで使う!

うおおおおおおおおおおッ!!」


 おい! マジかよ!!

 そんなことが出来るのか!?


「……最ッ上級ユニット、召喚ッッ!!」



パシィィン!!



 目の前の透明なテーブルにサモンカードを叩きつけると……ヤクザは気を失った。


「ア、アニキ――」



ダンッ!



 倒れる寸前で片足を立てるヤクザ。

 残念ながら一瞬で意識が戻ったようだ。

 地面に片手を付き、クラウを睨みつけている。


 あたりは薄暗くなり、暗雲が立ち込めた。

 少し風も出てきて、彼に集まっているような気がした。

 俺はこの情景を知っている。


「最上級ユニット[サンブレイズ・ドラゴン]!!」



カッ!!



 地面に巨大な魔方陣が現れ、強く光を放った。

 光が消えて気がつくと、空には巨大な竜が浮かんでいた。

 オリティアが使ったときと同じく、天空に浮いてる胴体から上半身部分までが伸びてきている。

 ってことはあの効果も。


「[サンブレイズ・ドラゴン]のスキル!! 召喚した時[ヴァルカン・クロコダイル]を破壊!!

そしてテメーに5,000ダメージィィィ!!」



ドゴォォォォオオオ!!



「きゃああああああ!!」


 ドラゴンの口から放たれる太陽のような火球。

 シールドに当たった爆風で体が倒れるクラウ。

 ついにシールドが無くなってしまった。


 そう、こいつ。

 『火属性でバーン効果』と言ったら、このドラゴンが頭をよぎっていた。

 だからライフを減らすことは得策ではない、とクラウに伝えたかった。

 予想は合っていた。間に合わなかった。

 だがまさか、あの魔力の少なさで最上級ユニットをひねり出してくるとは。


「ククク……あと一撃だぁ。」


「まだ……まだです!」


 そう、シールドが無くても戦える!

 直接攻撃を食らうまでゲームエンドにはなっていない!

 このターン耐えきれば。

 うまくスペルを駆使して……


「一撃……そうだなぁ。一撃も必要ねーか。」


「え? どういう――」


「[サンブレイズ・ドラゴン]のスペル枠2個使用、重スペルカード《大戦の残火》。

このターンバトルフェイズは無くなり……お互い1,000ダメージだ。」


「そんな!」


 おい!

 そんな終わり方は……そうだ、スペル無効化するカードは!?



ボウッ……!



 荒れた荒野の所々で火事が起きる。

 そしてプレイヤー二人にも炎が襲う。

 まさか……



YOU LOSE



 アナウンスとともにデュエル空間が消えていった。



◆◆◆



「おいクラウ!」


 気がつけば元の路地裏。

 俺はクラウに近づく。


「動くんじゃねぇ!!!」


 ビクッ!!

 今までで一番大きな声。

 手下の一人だ。

 その声に立ち止まってしまった。


「やりましたねアニキ。」


「あたりめーだ。さてどうするか……」


 フラフラになりながらも強がるヤクザ。

 おい何をする気だ。

 変なことをしたらマジ許さねぇぞ。


「脱げ。」


「え?」


「まずは上半身を脱げ。」


「おい何を言ってんだ!」


「あぁ? 言うこと聞くって約束だろ~?」


 ヤクザたちがハーッハッハと高らかに笑う。


「……そ、そうだ! デュエルだ! 俺とデュエルしろ!」


 調子に乗ってるこいつらを止めるにはデュエルしかない。

 こんなクズ相手に、負けねー。

 絶対に勝ってやる!


「はぁ~? するわけねーじゃん。なんのメリットがあるわけ?」


 ……え?


「メリットって……お前デュエリストだろ!」


「バカかお前。あーいいよいいよ。てめー邪魔だからどっか行ってろ。」


 そんな。

 普通カードゲーム世界なら、ここで敵を討てる流れじゃないのか。

 カードで全てを決めることは出来ないのか。

 じゃあ俺は無力なのか?

 これが現実なのか?

 俺に出来ることなんて、何も無いのか?


「その服、上からずらせるだろ? まずはそのデケー乳を見せろや。」


「おいクラウ、逃げる――」


「は……い……」



!?



 そうか、これは賭けデュエル。

 たしか相手の自由を奪うっていうアバウトな効果だったが。

 まさか「誓約」効果が効いてしまったのか?


 クラウが元々露出している肩を、さらにずり下げた。


「やめろって!」



ダンッ!!



 今、何か飛んできた。

 足元を見ると矢のような鉄の棒が刺さってる。

 俺はへたり込んでしまった。


 見ると、手下の一人が俺を指差している。

 魔法で撃ったんだろうか。

 でも硬い地面にしっかり刺さってる。

 魔法だろうがなんだろうが、確実に殺せる威力だ。


「黙ってろ殺すぞ!」


「アニキ、この女、魔法耐性強いんですかね? 脱がないですぜ。」


「早く脱げよ。デュエルのルールは絶対だろぉ?」


 ヤクザ共が調子に乗って命令する。

 くそ!

 何がNTRだ! レイプ物だ!

 読んでる物語の中では他人事だったのに。

 実際にリアルで目の前で親しい女の子が、醜態を晒されている。

 こんなに胸糞悪いことだとは思わなかった。

 しかも俺は恐怖で足がすくんで立てない。

 自分の無力さにも腹が立つ。


「くう……うううーーーーー!」


 声にならない声。

 クラウは必死に堪えている。

 目には涙。


 しかし、両肩はガッツリ見えてしまっている。

 真っ白い肌。

 ここまで襟を下げ、柔らかそうな谷間が見えているのに頂点はまだ見えない。

 外から見ただけでなく実物も相当大きいのがわかる。

 襟を掴む彼女の手は震えている。

 胸の先端、色が変わる部分がギリギリ見えるか見えないかのところで止まっている。


「オラ、早く脱げ。」


「うううーーーーっっ!!」



スルッ



 ついに。


 片方の胸が露出してしまった。


 プツッと。

 俺の中で何かが切れた。


「うわああああああああああ!!」


 俺は起き上がり彼女の前に立ちふさがった。


「おいテメー殺すって――」


「まっでぐだざい!!」


 恐怖と自分の不甲斐なさに涙が出ていた。

 結局、俺は異世界に来てもヒーローにはなれない。

 女の子も助けられない。

 でも動いた。

 体が勝手に動いた。


「デュエルを! ……俺とデュエルをして下さい!!」


「ハッハッハなんだこいつキメェ。だから誰がするかってんだよ!!」


 何か手は……


 そうだ!


「これを……」


「ああん? なんだそのカード。」


 俺はカバンからカードを取り出した。

 ヤクザが近づいてきて、バシッと無理やり取られた。


「なんだよ、キャッシュカードじゃねぇか。」


「ん? 一、十、百、千、万、十万……バカだ!! こいつバカですぜアニキ!!」


「どうした?」


 俺がカバンから出したカード。

 博士から貰ったキャッシュカードだ。


「800万G!! こいつ800万Gも持ち歩いてやがる!!」


「はああああ!? マジで!? イカれてんなこいつ!!」


「おい800万なんて大金見たことねぇよ俺!!」


 イカれてるのはあの博士だ。

 金銭感覚がわからず、俺にとんでもない額が入ってるキャッシュカードの所有権を渡してきた。


「えっと……俺を殺してもその金は手に入りません! これを賭けるのでデュエルしてください!」


 所有権の譲渡がなければキャッシュカードは使えない。

 800万Gという大金を見せられ、気分が高まった今なら乗ってくれるか?


「はぁ? めんどくせえ。おい、手足もぎ取って譲渡するよう脅せ。」


「へい!」


「ひっ……!」


 クラウの引く声が聞こえる。

 だが俺もイカれてしまったらしい。

 手足がなくてもデュエルは出来る、と考えていた。


「痛い目見たくなかったらよぉ、さっさと譲渡しろや!!」


 手下が近づいてくる。

 不思議だ。何も怖くない。

 表情を変えず、手下をじっと見ていた。


「あー待て待て。いいわ。こいつ雑魚そうだから倒すわ。」


 その声に手下が止まった。


「いいんですかアニキ。さっき魔力かなり使って……」


「俺を誰だと思ってる。もうポーションドリンク飲んで全快だ。」


 くそ、ここだけゲームみたいなこと言いやがって。

 ヤクザは俺の足元にキャッシュカードを投げた。

 急いで拾う俺。


「じゃあ始まったらすぐサレンダーしろよ~。

Holen Wette~、そいつのキャッシュカード。

Wette~、俺のキャッシュカード?」



ブッブー



 謎の電子音。

 デュエルが始まらない。

 ヤクザから俺のデッキケースに伸びている「デュエルのお誘いレーザー」のような光が赤い。


「ああ!? めんどくせぇ釣り合わねぇっていうのかよ。」


 どうやら「賭けデュエル」はある程度釣り合っていないと始まらないらしい。

 今回は預金額の差がありすぎるんだろう。


「じゃ、じゃあこういうのはどうですか?

Wette(賭ける) 俺のキャッシュカード。

Holen Wette(賭けてもらう) 皆さんの体の自由。」


 デッキケースから伸びてる光は、通常の白いものになった。

 釣り合ってると判断されたのか?


「はぁ~? アニキ、こいつ何言って……」


「ああいいよもう、早く終わらせっぞ。」


 よかった。

 ここまでくれば安心だ。

 俺のカードゲーム経験をすべて出し尽くして『反撃』だ。


「「DECK ON!!」」

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